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「……いえ。わたしは結局、何のお役にも」
「そんなことないわ──こんな言い方、よくないかもしれないけど……アヴリルより、わたしを選んでくれた。それだけで、わたしは充分なの。ありがとう、テレンス」
「……アラーナお嬢様」
「わたしは大丈夫だから、あなたも部屋に戻って休んで。明日は王宮に行くから、またお願いね」
小さく微笑むアラーナに、テレンスはもう、何も言えなかった。
(……使用人のわたしでは、何も、できない)
主に意見を言うことも。逆らうことも。何もできないのだ。目の前にいる大切な人が、こんなにも傷付いているのに。傷付けられているのに。
「……はい。では、また明日」
頭を下げるテレンスに、ええ、とアラーナは返し、自室へと向かった。
その日の夜。
アラーナは一人、蝋燭の灯りに照らされた宝石を見つめていた。アヴリルに盗られないように、タンスの奥に隠しておいたもの。
机の上には、楽しみにしていたはずの本が置かれていた。まだ一ページもめくられてはいない。アラーナはもう、何をする気力も失せていた。それは、自分でも驚くほどだった。
明日、明後日は、王宮で王妃教育を受ける。それが終われば、また学園がはじまる。成績は上位のままでいないと、ひどく叱られる。だから学園の勉強も手が抜けない。その上、生徒会の仕事もある。自分の分だけでなく、エイベルの分までしなければならない。
──全ては、アヴリルのために。
ずっと。これから先も、ずっと。ずっと。
頑張って。頑張って。
それが、貴族の役目。
違う。妹のため。
(アヴリルの、ため……)
夕食のとき。アヴリルが、明日はエイベル殿下とお忍びでデートだと嬉しそうにしていた姿が脳裏を過った。
アラーナは宝石を大事そうに両手で抱きしめると、
「……どうしましょう、おじいさま。わたし、もう、頑張れないみたい」
掠れた声で一人、呟いた。
翌朝。
「行ってまいります」
アラーナが両親に挨拶をする。しっかり役目を果たしてきなさい。そういつものように声をかけられるが、もう、その意味を知ってしまったアラーナは、ガラス玉のような双眸で、小さく頷くだけだった。
「あら、お姉様。もう出かけるの?」
寝ぼけまなこで階段をおりてきたアヴリルが、声をかけてきた。
「王妃教育って、とっても大変そうね。あたし、本当に感謝しているのよ?」
近づいてきたアヴリルが、こてんと首を可愛らしく傾げる──少なくとも両親にとっては、だが。
ロブと似た笑い方だった。アラーナが怒り、傷付くとわかって、わざとやっているのだろう。
「そうね。あなたのために、わたし、頑張ってくるわ」
だからこそ、この返しが不満だったようで。アヴリルはこっそりと舌打ちをしていた。反対に両親は、満足したようだ。
「流石は我がウェバー公爵家の長女だ」
「ええ。あなたはわたくしたちの誇りですわ」
アラーナは、ありがとうございます、と言い、屋敷を後にした。事情を知る使用人たちは、複雑な表情をしながら、その背を見送ることしかできなかった。
「そんなことないわ──こんな言い方、よくないかもしれないけど……アヴリルより、わたしを選んでくれた。それだけで、わたしは充分なの。ありがとう、テレンス」
「……アラーナお嬢様」
「わたしは大丈夫だから、あなたも部屋に戻って休んで。明日は王宮に行くから、またお願いね」
小さく微笑むアラーナに、テレンスはもう、何も言えなかった。
(……使用人のわたしでは、何も、できない)
主に意見を言うことも。逆らうことも。何もできないのだ。目の前にいる大切な人が、こんなにも傷付いているのに。傷付けられているのに。
「……はい。では、また明日」
頭を下げるテレンスに、ええ、とアラーナは返し、自室へと向かった。
その日の夜。
アラーナは一人、蝋燭の灯りに照らされた宝石を見つめていた。アヴリルに盗られないように、タンスの奥に隠しておいたもの。
机の上には、楽しみにしていたはずの本が置かれていた。まだ一ページもめくられてはいない。アラーナはもう、何をする気力も失せていた。それは、自分でも驚くほどだった。
明日、明後日は、王宮で王妃教育を受ける。それが終われば、また学園がはじまる。成績は上位のままでいないと、ひどく叱られる。だから学園の勉強も手が抜けない。その上、生徒会の仕事もある。自分の分だけでなく、エイベルの分までしなければならない。
──全ては、アヴリルのために。
ずっと。これから先も、ずっと。ずっと。
頑張って。頑張って。
それが、貴族の役目。
違う。妹のため。
(アヴリルの、ため……)
夕食のとき。アヴリルが、明日はエイベル殿下とお忍びでデートだと嬉しそうにしていた姿が脳裏を過った。
アラーナは宝石を大事そうに両手で抱きしめると、
「……どうしましょう、おじいさま。わたし、もう、頑張れないみたい」
掠れた声で一人、呟いた。
翌朝。
「行ってまいります」
アラーナが両親に挨拶をする。しっかり役目を果たしてきなさい。そういつものように声をかけられるが、もう、その意味を知ってしまったアラーナは、ガラス玉のような双眸で、小さく頷くだけだった。
「あら、お姉様。もう出かけるの?」
寝ぼけまなこで階段をおりてきたアヴリルが、声をかけてきた。
「王妃教育って、とっても大変そうね。あたし、本当に感謝しているのよ?」
近づいてきたアヴリルが、こてんと首を可愛らしく傾げる──少なくとも両親にとっては、だが。
ロブと似た笑い方だった。アラーナが怒り、傷付くとわかって、わざとやっているのだろう。
「そうね。あなたのために、わたし、頑張ってくるわ」
だからこそ、この返しが不満だったようで。アヴリルはこっそりと舌打ちをしていた。反対に両親は、満足したようだ。
「流石は我がウェバー公爵家の長女だ」
「ええ。あなたはわたくしたちの誇りですわ」
アラーナは、ありがとうございます、と言い、屋敷を後にした。事情を知る使用人たちは、複雑な表情をしながら、その背を見送ることしかできなかった。
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