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俯きながら唇を噛み締め、踵を返そうとしたアラーナに、アヴリルが後ろから声をかけてきた。
「そうだ、お姉様。言っておくけど、エイベル様とあたしが付き合っていること、お父様たちは知っているから。告げ口しても無駄ですよ?」
「え……?」
「うふふ。知らぬはお姉様ばかりってね。過酷な王妃教育は、あたしには耐えられないから仕方ないなって。お姉様は王妃になれて世間体もいいし、あたしは幸せになれるし、いいことだねって、笑って許してくれたのよ」
流石にアラーナも、愕然とした。両親がアヴリルを溺愛しているのは知っていたが、それほどまでとは思っていなかったから。
「……アラーナ様」
気の毒そうに、トマスが名を呼ぶ。アラーナは、顔をあげることが出来なかった。
「……帰ります」
一言、呆然と呟き、アラーナはその場を後にした。
ふわふわとした感覚で、アラーナは学園の外に出た。待機している馬車の前に立っていた男が、アラーナの姿に気付き、馬車の扉を開けた。
「お帰りなさいませ、アラーナお嬢様」
「……ええ」
心ここにあらずといった感じで馬車に入っていくアラーナに、お目付役兼護衛役の男──テレンスは小首をかしげながら、アラーナの後に続いた。
アラーナの正面に腰を落とし、馭者に「出してください」と命じたテレンスは、アラーナの様子を改めて見た。ぼんやりと外を眺めるアラーナは、覇気がなかった。いや、普段からにこにこと明るいのかと言われれば、違うのだが──それにしても。
「お嬢様。何かあったのですか?」
戸惑いながら、思い切ってたずねてみた。アラーナは一瞬、何か言おうと口を開きかけたものの、呑み込むように、一度口を閉じてしまった。
「……いいえ。大丈夫よ。ありがとう」
明らかに大丈夫ではない、無理矢理浮かべた笑顔。でも、そう言われてしまえば、使用人の自分には、もう、どうしようもなくて。
そうですか。
そう答えるしかなかった。
「ただいま戻りました」
ウェバー公爵の屋敷に着いたアラーナは、応接室でお茶をする両親に挨拶をした。両親は、お帰りとも言わず、まず、アヴリルがまだ帰っていないのだが、と口火を切った。
「まだ学園にいたか? それとも、また買い物に夢中になっているのかな」
「心配ですわ。あの子はアラーナと違って、か弱いですからね」
両親の会話に、アラーナの指がぴくりと動いた。どうしよう。ここで、アヴリルが言っていたことが真実か、問うてしまおうか。アラーナの心が揺れる。
応接室にいるのは、両親と、アラーナ。そしてテレンスを合わせた二人の使用人だけ。
アヴリルがいるところでは、聞けない。なら、チャンスは今しかないのではないか。
アラーナははやる気持ちを抑えるながら、思い切るように、口を開いた。
「そうだ、お姉様。言っておくけど、エイベル様とあたしが付き合っていること、お父様たちは知っているから。告げ口しても無駄ですよ?」
「え……?」
「うふふ。知らぬはお姉様ばかりってね。過酷な王妃教育は、あたしには耐えられないから仕方ないなって。お姉様は王妃になれて世間体もいいし、あたしは幸せになれるし、いいことだねって、笑って許してくれたのよ」
流石にアラーナも、愕然とした。両親がアヴリルを溺愛しているのは知っていたが、それほどまでとは思っていなかったから。
「……アラーナ様」
気の毒そうに、トマスが名を呼ぶ。アラーナは、顔をあげることが出来なかった。
「……帰ります」
一言、呆然と呟き、アラーナはその場を後にした。
ふわふわとした感覚で、アラーナは学園の外に出た。待機している馬車の前に立っていた男が、アラーナの姿に気付き、馬車の扉を開けた。
「お帰りなさいませ、アラーナお嬢様」
「……ええ」
心ここにあらずといった感じで馬車に入っていくアラーナに、お目付役兼護衛役の男──テレンスは小首をかしげながら、アラーナの後に続いた。
アラーナの正面に腰を落とし、馭者に「出してください」と命じたテレンスは、アラーナの様子を改めて見た。ぼんやりと外を眺めるアラーナは、覇気がなかった。いや、普段からにこにこと明るいのかと言われれば、違うのだが──それにしても。
「お嬢様。何かあったのですか?」
戸惑いながら、思い切ってたずねてみた。アラーナは一瞬、何か言おうと口を開きかけたものの、呑み込むように、一度口を閉じてしまった。
「……いいえ。大丈夫よ。ありがとう」
明らかに大丈夫ではない、無理矢理浮かべた笑顔。でも、そう言われてしまえば、使用人の自分には、もう、どうしようもなくて。
そうですか。
そう答えるしかなかった。
「ただいま戻りました」
ウェバー公爵の屋敷に着いたアラーナは、応接室でお茶をする両親に挨拶をした。両親は、お帰りとも言わず、まず、アヴリルがまだ帰っていないのだが、と口火を切った。
「まだ学園にいたか? それとも、また買い物に夢中になっているのかな」
「心配ですわ。あの子はアラーナと違って、か弱いですからね」
両親の会話に、アラーナの指がぴくりと動いた。どうしよう。ここで、アヴリルが言っていたことが真実か、問うてしまおうか。アラーナの心が揺れる。
応接室にいるのは、両親と、アラーナ。そしてテレンスを合わせた二人の使用人だけ。
アヴリルがいるところでは、聞けない。なら、チャンスは今しかないのではないか。
アラーナははやる気持ちを抑えるながら、思い切るように、口を開いた。
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