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王立学園の生徒会役員である、公爵令嬢のアラーナは一人、生徒会室に向かっていた。窓から漏れる夕暮れの光はもう、暗くなりつつある。
今日の仕事は終えたのだが、忘れ物をしたことに気付いたのは、学園の外に出てからだった。明日でもいいかとも思ったが、あいにく明日は休日。それは図書室で借りた、ずっと楽しみにしていた本だったので、アラーナは疲れた身体を動かし、元来た道を戻った。
生徒会室の前に、一人の見知った男子生徒が立っていた。それは、この国の第一王子の側近であり、生徒会役員でもある、トマスだった。アラーナは、小首をかしげた。
「トマス? どうしてここに……何をしているのですか?」
声をかけられたトマスは、ぎょっとしていた。
「アラーナ様……お、お帰りになられたのでは」
「生徒会室に忘れ物をしてしまって……」
「そ、そうですか。私が取ってきましょうか?」
「いえ……もう、生徒会室は目の前なので」
第一王子のエイベルは、生徒会長だ。そのうえ、父親である国王の執務の手伝いもある。多忙ゆえ、エイベルの婚約者であるアラーナは、王妃教育も日々こなしつつ、本来はエイベルの仕事である生徒会長の仕事の、ほとんどを請け負っていた。
今日も、エイベルは国王に任された仕事があるからと、早々に学園を後にした──はずだったのだが。
ならどうして、側近候補のトマスが、しかも見張りのように生徒会室の扉の前に立っているのか。
「……あっ」
生徒会室から、微かに女性の艶っぽい声がした。トマスがぎくりとしながら、咳払いをする。
「えと、ですね。エイベル殿下から、仕事に集中したいから、誰も通すなと命令されていまして……」
苦しい言い訳なのは、重々承知しているのだろう。そもそも、先に王宮に帰ったはずのエイベルがここにいることじたい、おかしいのだから。
「そう、ですか……」
アラーナが、静かに目を伏せる。エイベルが、自分を愛していないことは知っていた。けれど、頼りにはされていると思っていたから、頑張ってこれた。ただ、それだけを支えに。
生徒会室で何が行われているか。想像はついていた。このまま何もせず、帰るのが正解なのだろう。でも、いま、不貞行為の真っ最中に、この扉を開けたら。婚約者である自分に、エイベルは何か、言い訳をしてくれるだろうか。
ごくり。
アラーナは緊張から生唾を呑み、生徒会室の扉の取ってに手をかけた。
「アラーナ様?!」
トマスが驚愕し、アラーナを止めようとする。けれど、アラーナの真剣な眼差しに、トマスが怯んだ。アラーナは、ごめんなさい、と謝罪しながら、いつもより重く感じる扉を開けた。
今日の仕事は終えたのだが、忘れ物をしたことに気付いたのは、学園の外に出てからだった。明日でもいいかとも思ったが、あいにく明日は休日。それは図書室で借りた、ずっと楽しみにしていた本だったので、アラーナは疲れた身体を動かし、元来た道を戻った。
生徒会室の前に、一人の見知った男子生徒が立っていた。それは、この国の第一王子の側近であり、生徒会役員でもある、トマスだった。アラーナは、小首をかしげた。
「トマス? どうしてここに……何をしているのですか?」
声をかけられたトマスは、ぎょっとしていた。
「アラーナ様……お、お帰りになられたのでは」
「生徒会室に忘れ物をしてしまって……」
「そ、そうですか。私が取ってきましょうか?」
「いえ……もう、生徒会室は目の前なので」
第一王子のエイベルは、生徒会長だ。そのうえ、父親である国王の執務の手伝いもある。多忙ゆえ、エイベルの婚約者であるアラーナは、王妃教育も日々こなしつつ、本来はエイベルの仕事である生徒会長の仕事の、ほとんどを請け負っていた。
今日も、エイベルは国王に任された仕事があるからと、早々に学園を後にした──はずだったのだが。
ならどうして、側近候補のトマスが、しかも見張りのように生徒会室の扉の前に立っているのか。
「……あっ」
生徒会室から、微かに女性の艶っぽい声がした。トマスがぎくりとしながら、咳払いをする。
「えと、ですね。エイベル殿下から、仕事に集中したいから、誰も通すなと命令されていまして……」
苦しい言い訳なのは、重々承知しているのだろう。そもそも、先に王宮に帰ったはずのエイベルがここにいることじたい、おかしいのだから。
「そう、ですか……」
アラーナが、静かに目を伏せる。エイベルが、自分を愛していないことは知っていた。けれど、頼りにはされていると思っていたから、頑張ってこれた。ただ、それだけを支えに。
生徒会室で何が行われているか。想像はついていた。このまま何もせず、帰るのが正解なのだろう。でも、いま、不貞行為の真っ最中に、この扉を開けたら。婚約者である自分に、エイベルは何か、言い訳をしてくれるだろうか。
ごくり。
アラーナは緊張から生唾を呑み、生徒会室の扉の取ってに手をかけた。
「アラーナ様?!」
トマスが驚愕し、アラーナを止めようとする。けれど、アラーナの真剣な眼差しに、トマスが怯んだ。アラーナは、ごめんなさい、と謝罪しながら、いつもより重く感じる扉を開けた。
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