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まわりは信じてくれないかもしれないが、深く愛してくれている両親は、別だろう。エルシーがスペンサーにされていることを打ち明ければ、きっと疑うことなく信じ、怒り、罰をくだしてくれる。
──でも。
(……そうしたら、スペンサーと別れることになる)
どんな仕打ちを受けようと、それだけは嫌だった。スペンサーを、愛していたから。だからエルシーは、誰にも何も言わなかった。しかし、身の回りの世話をしてくれている侍女のカミラにだけは、隠し通すことができなかった。
それは、何度目かの着替えの手伝いを断ったときのこと。
「……お嬢様。どうしてお着替えの手伝いをさせてはもらえないのですか?」
カミラが心配そうな声色で訊ねる。エルシーは「だ、だって。これぐらい、自分でできるもの。もう子供ではないのだから」と、目線を泳がせた。
カミラがじっとエルシーを見つめる。十歳年上のカミラは、使用人とはいえ、姉も妹もいないエルシーにとっては、実の姉妹のように仲の良い存在だ。だからだろう。エルシーの様子がおかしいことに最初に気付いたのは、カミラだった。
「……お腹を痛めたのではないですか?」
エルシーが「ど、どうして?」びくっと肩を揺らした。
「何度か、お腹、押さえていましたよね」
「そ、そんなことないわ」
「湯浴みも着替えも、あるときからお一人でするようになりましたよね。理由を聞いても、はぐらかされてきましたが──」
「は、肌をみられるのが、急に恥ずかしくなっただけよ。わたしだって、もう婚約者もいる立派なレディですもの」
「…………」
「ほら、着替えの手伝いはいいから。カミラには他にもお仕事があるんでしょ?」
カミラは何か言いたそうな双眸を向けたものの、わかりました、と部屋を出ていった。
ほうっと息をつき、エルシーが制服を脱ぐ。下着姿になり、姿見の前に立った。お腹を見ると、青アザになっていた。他にも、服で隠れて見えない複数の箇所に、同じようなアザがあった。
(……大丈夫。だって、もう二度とこんなことしないって約束してくれたもの)
ぐっとこぶしを握る。
そのとき。
部屋の扉が、前触れもなく静かに開いた。
──でも。
(……そうしたら、スペンサーと別れることになる)
どんな仕打ちを受けようと、それだけは嫌だった。スペンサーを、愛していたから。だからエルシーは、誰にも何も言わなかった。しかし、身の回りの世話をしてくれている侍女のカミラにだけは、隠し通すことができなかった。
それは、何度目かの着替えの手伝いを断ったときのこと。
「……お嬢様。どうしてお着替えの手伝いをさせてはもらえないのですか?」
カミラが心配そうな声色で訊ねる。エルシーは「だ、だって。これぐらい、自分でできるもの。もう子供ではないのだから」と、目線を泳がせた。
カミラがじっとエルシーを見つめる。十歳年上のカミラは、使用人とはいえ、姉も妹もいないエルシーにとっては、実の姉妹のように仲の良い存在だ。だからだろう。エルシーの様子がおかしいことに最初に気付いたのは、カミラだった。
「……お腹を痛めたのではないですか?」
エルシーが「ど、どうして?」びくっと肩を揺らした。
「何度か、お腹、押さえていましたよね」
「そ、そんなことないわ」
「湯浴みも着替えも、あるときからお一人でするようになりましたよね。理由を聞いても、はぐらかされてきましたが──」
「は、肌をみられるのが、急に恥ずかしくなっただけよ。わたしだって、もう婚約者もいる立派なレディですもの」
「…………」
「ほら、着替えの手伝いはいいから。カミラには他にもお仕事があるんでしょ?」
カミラは何か言いたそうな双眸を向けたものの、わかりました、と部屋を出ていった。
ほうっと息をつき、エルシーが制服を脱ぐ。下着姿になり、姿見の前に立った。お腹を見ると、青アザになっていた。他にも、服で隠れて見えない複数の箇所に、同じようなアザがあった。
(……大丈夫。だって、もう二度とこんなことしないって約束してくれたもの)
ぐっとこぶしを握る。
そのとき。
部屋の扉が、前触れもなく静かに開いた。
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