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ジェマは紅茶を一口飲むと、カップをテーブルに置き、ほうっと屋敷の応接室を見渡した。
「……こんなに立派なお屋敷に入るの、はじめて」
呟くと、ようやく落ち着いたのか、姿勢を正し、目の前に座るミアに向かって頭を下げた。
「ミア様。これまでの無礼、お許しください」
「や、やめてください。立派なのはお父様たちであって、わたしではありません。それに、わたしなどよりよほど、ジェマさんの方がすごいです」
ジェマは「お優しい方ですね」と面を上げ、ミアからエディに視線を移した。
「伯爵令嬢の婚約者ってことは、あなたも、貴族の子息なの?」
「まあ……そんなとこ、かな」
「歯切れが悪いわね。別に、隠すことないじゃない。でも、そっか。随分、遠くに行ってしまったのね」
「そんなことないよ」
「あるわ。ミア様もだけど、あなたも、ちょっとした仕草やアクセントが、庶民のあたしとは違うもの」
はあ。大きく息を吐くと、ジェマは天井を仰いだ。
「……いいなあ。あたしの欲しいもの、ぜんぶ持ってる。きっと、苦労なんて知らずに生きてきたんだろうなぁ。怖い目にだって、一つもあったことなくてさあ」
独り言のように小さく呟いたあと、はっとしたように、ジェマはミアに謝罪した。
「す、すみません。あの男に会ってしまったせいで、つい弱音を……っ」
「……いえ。それに、本当のことだと思いますので」
欲しいもの、の中にはきっと、エディが入っているのだろう。確信に近いものを感じ取ったミアは、怒りなど、一つも湧いてこなかった。
──でも。
「貴族の子どもだからって、なにも苦労してないわけじゃない。怖い目にだって、あっている人もたくさんいるよ」
エディは、そうではなかったようだ。穏やかな口調はそのままに、けれと、少しの責めのようなものも混じっていて。
ジェマは、ショックを受けたように瞳を潤ませた。
「──なによ! あたし、王都には一人で来たから、親も友人もいなくて、すごく不安で、しかも変な男に恨まれて、いつなにをされるかって……なのにっ」
すくっ。ジェマは、勢いよく立ち上がった。
「いつでも何処でも傍にいて、守ってくれる人が、あたしには一人もいないの! でも、ミア様にはあなたがいる! 護衛の人も、使用人の人たちもたくさん! 誰がどう見たって、可哀想なのはあたしでしょう? 少しは優しくしてくれたっていいじゃない!」
「……あの男のことについては、僕も、できる範囲で協力する。でも、ミアのこと、そんな風に言わないでほしい」
「もういいわよ!」
ジェマは泣き叫ぶと、応接室を出て行った。
「……こんなに立派なお屋敷に入るの、はじめて」
呟くと、ようやく落ち着いたのか、姿勢を正し、目の前に座るミアに向かって頭を下げた。
「ミア様。これまでの無礼、お許しください」
「や、やめてください。立派なのはお父様たちであって、わたしではありません。それに、わたしなどよりよほど、ジェマさんの方がすごいです」
ジェマは「お優しい方ですね」と面を上げ、ミアからエディに視線を移した。
「伯爵令嬢の婚約者ってことは、あなたも、貴族の子息なの?」
「まあ……そんなとこ、かな」
「歯切れが悪いわね。別に、隠すことないじゃない。でも、そっか。随分、遠くに行ってしまったのね」
「そんなことないよ」
「あるわ。ミア様もだけど、あなたも、ちょっとした仕草やアクセントが、庶民のあたしとは違うもの」
はあ。大きく息を吐くと、ジェマは天井を仰いだ。
「……いいなあ。あたしの欲しいもの、ぜんぶ持ってる。きっと、苦労なんて知らずに生きてきたんだろうなぁ。怖い目にだって、一つもあったことなくてさあ」
独り言のように小さく呟いたあと、はっとしたように、ジェマはミアに謝罪した。
「す、すみません。あの男に会ってしまったせいで、つい弱音を……っ」
「……いえ。それに、本当のことだと思いますので」
欲しいもの、の中にはきっと、エディが入っているのだろう。確信に近いものを感じ取ったミアは、怒りなど、一つも湧いてこなかった。
──でも。
「貴族の子どもだからって、なにも苦労してないわけじゃない。怖い目にだって、あっている人もたくさんいるよ」
エディは、そうではなかったようだ。穏やかな口調はそのままに、けれと、少しの責めのようなものも混じっていて。
ジェマは、ショックを受けたように瞳を潤ませた。
「──なによ! あたし、王都には一人で来たから、親も友人もいなくて、すごく不安で、しかも変な男に恨まれて、いつなにをされるかって……なのにっ」
すくっ。ジェマは、勢いよく立ち上がった。
「いつでも何処でも傍にいて、守ってくれる人が、あたしには一人もいないの! でも、ミア様にはあなたがいる! 護衛の人も、使用人の人たちもたくさん! 誰がどう見たって、可哀想なのはあたしでしょう? 少しは優しくしてくれたっていいじゃない!」
「……あの男のことについては、僕も、できる範囲で協力する。でも、ミアのこと、そんな風に言わないでほしい」
「もういいわよ!」
ジェマは泣き叫ぶと、応接室を出て行った。
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