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ジェンキンス伯爵の屋敷は、とても居心地が良かった。それこそ、ふいに、訳のわからない涙が溢れそうになるほどに。
ミアもだったが、ジェンキンス伯爵も、ジェンキンス伯爵夫人も、人の心の機微に聡く、そんなエディの様子を、心から心配してくれた。それがまた、涙を誘った。
「なにか困ったことがあったら、なんでも相談していいんだよ。力になるから」
ジェンキンス伯爵の言葉に、揺れたのは事実だ。けれど、やはり会ったばかりの相手に、なにもかもを打ち明ける勇気は、持てなかった。
(……子どもの言うことより、普通は、大人で地位もある、ルソー伯爵の方を信じるよな)
下手なことすれば、これまでの努力や我慢がすべて無駄になり、地獄を見ることになる。なにより、そんな賭に出なくても、希望の道を見つけることができたから。
「いえ、なんでもありません。心配してくださり、ありがとうございます」
笑顔で、そう返すことができた。
♢♢♢♢♢
ルソー伯爵から許されたのは、一泊だけ。むろん、エディを心配したのではなく、コーリーのためだ。
(……どこまでも、どこまでも、邪魔してくるな)
ふあ。
テーブルに置かれた燭台の蝋燭に照らされた、正面に座るミアが、小さく欠伸をした。エディは、はっと黒い思考を止めた。
「すみません、つい、長話をしてしまって。もう、眠る時間ですよね」
ミアの自室にある窓の外を見ればもう、真っ暗だった。二人きりの空間は、はじめこそ少し緊張したけれど、たまに訪れる沈黙も、苦ではなかった。だからこそ、時間をすっかり忘れてしまっていた。
「ち、違います。欠伸ではありません」
慌てたように手を左右に振るミア。気を使ってくれているのか。それとも、エディと過ごす時間を、惜しんでくれているのか。本当のところはわからなかったが、後者なら嬉しいなと、エディは立ち上がった。
あ。小さく、ミアが残念そうに声を出した。エディは素直に嬉しかったが、本来ならもう、とっくに寝ている時間だったので、後ろ髪を引かれる思いで、今日はこれで、と微笑んで見せた。
「おやすみなさい、ミア嬢。とても、とても楽しかったです」
「わ、わたしもです。お父様とお母様以外の方と、こんなにお話したのは、はじめてです」
「それは、良かったです」
エディは二つある燭台のうち、一つを手に持ち、部屋の外までミアにお見送りされたあと、隣の客室へと向かった。蝋燭の灯りを吹き消し、寝台へと身体を横たえる。窓からもれる微かな夜空の光に照らされた天井を見上げる。
おにいさま!
ふいに響いた幻聴に、勢いよく上半身を起こすエディ。だが、部屋には誰の気配もない。
ふう。息を吐き、再び寝台に仰向けに転がる。毎日、毎日。何度も、何度も聞かされているのだから、耳にこびりついていても、仕方のないことではある、が。
「……せめて、今日ぐらいは忘れさせてくれ」
ぽつりと吐露した科白は、薄闇の中、誰に届くことなく、消えていった。
ミアもだったが、ジェンキンス伯爵も、ジェンキンス伯爵夫人も、人の心の機微に聡く、そんなエディの様子を、心から心配してくれた。それがまた、涙を誘った。
「なにか困ったことがあったら、なんでも相談していいんだよ。力になるから」
ジェンキンス伯爵の言葉に、揺れたのは事実だ。けれど、やはり会ったばかりの相手に、なにもかもを打ち明ける勇気は、持てなかった。
(……子どもの言うことより、普通は、大人で地位もある、ルソー伯爵の方を信じるよな)
下手なことすれば、これまでの努力や我慢がすべて無駄になり、地獄を見ることになる。なにより、そんな賭に出なくても、希望の道を見つけることができたから。
「いえ、なんでもありません。心配してくださり、ありがとうございます」
笑顔で、そう返すことができた。
♢♢♢♢♢
ルソー伯爵から許されたのは、一泊だけ。むろん、エディを心配したのではなく、コーリーのためだ。
(……どこまでも、どこまでも、邪魔してくるな)
ふあ。
テーブルに置かれた燭台の蝋燭に照らされた、正面に座るミアが、小さく欠伸をした。エディは、はっと黒い思考を止めた。
「すみません、つい、長話をしてしまって。もう、眠る時間ですよね」
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「ち、違います。欠伸ではありません」
慌てたように手を左右に振るミア。気を使ってくれているのか。それとも、エディと過ごす時間を、惜しんでくれているのか。本当のところはわからなかったが、後者なら嬉しいなと、エディは立ち上がった。
あ。小さく、ミアが残念そうに声を出した。エディは素直に嬉しかったが、本来ならもう、とっくに寝ている時間だったので、後ろ髪を引かれる思いで、今日はこれで、と微笑んで見せた。
「おやすみなさい、ミア嬢。とても、とても楽しかったです」
「わ、わたしもです。お父様とお母様以外の方と、こんなにお話したのは、はじめてです」
「それは、良かったです」
エディは二つある燭台のうち、一つを手に持ち、部屋の外までミアにお見送りされたあと、隣の客室へと向かった。蝋燭の灯りを吹き消し、寝台へと身体を横たえる。窓からもれる微かな夜空の光に照らされた天井を見上げる。
おにいさま!
ふいに響いた幻聴に、勢いよく上半身を起こすエディ。だが、部屋には誰の気配もない。
ふう。息を吐き、再び寝台に仰向けに転がる。毎日、毎日。何度も、何度も聞かされているのだから、耳にこびりついていても、仕方のないことではある、が。
「……せめて、今日ぐらいは忘れさせてくれ」
ぽつりと吐露した科白は、薄闇の中、誰に届くことなく、消えていった。
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