真実の愛は、誰のもの?

ふまさ

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 それからの学園生活は、ミアが予想していた通りのものとなった。もちろん、悪い意味で。

 学園への登下校。昼食。はては、授業と授業の合間の、短い休み時間ですら、コーリーはエディに会いにきていた。そして、休日のデートにすら、笑顔でついてくる。

『実の兄に対する態度じゃないわ』

 ドリスの抱いた感想を、学園に通う生徒たちも、日を追うごとに覚えていく。そして同じように、エディの評判も、下がっていく。

 もっと、注意をするべきでは?
 妹に甘過ぎますわ。
 婚約者様が、気の毒ね。

 ──一方で。

 エディ様は、婚約者より、妹が大事なのよ。

 こんな嘲笑すら、されるようになってしまった。コーリーが入学してくるまでは楽しかったはずの、学園生活。

 今では、顔を上げて歩くことすら、困難になってしまった。

「お嬢様たちは、色恋の話も、人の不幸も、大好物ですものねえ」

 廊下を並んで歩く、ミアとドリス。ドリスがため息まじりに吐いた言葉に、ミアは顔を下げながら、そうね、と小さく答えた。

「……ごめんなさい、ドリス。あなたまで、不快な視線に晒されてしまって」

「あら、そうでもないわよ? エディ様とあの妹はともかく、あなたに集まっているものは、ほとんどが同情のものだしね」

 同情、か。呟き、ミアは「三つ年上の婚約者とは、どう?」と、なんとなしにたずねてみた。ドリスが、なんともいえない顔をする。

「……答えにくいわ」

「そう。うまくいっているのね」

 いいなあ。ミアはぽつりと吐露し、面をゆっくりと上げ、窓からどんよりとした曇り空を仰いだ。



 ♢♢♢♢♢



 朝が、憂鬱となった。平日も、休日も。だって、どうせコーリーがいる。そんな風に思うようになってしまってから、三ヶ月後。朝の迎えの馬車の中に、コーリーの姿がなかった。

「……コーリーは?」

 たずねると、エディは「今日は、休みだよ」と、いつもよりどこか柔らかく笑んだ。

「風邪を引いてしまったみたいでね。熱もなくて、たいしたことはないんだけど、父上が大事をとって休んだ方がいいと」

 それを聞いて、ミアが真っ先に思ったことは。

「……看病、しなくてよいのですか」

 屋敷には、使用人がいる。看病のためにエディが学園を休む必要はない。そんなことは、ミアだって理解している。問題なのは──。

「……コーリーが眠っているあいだに、出てきたんだ」

 察したように、エディが口調を弱め、答える。あのコーリーのことだ。傍にいてくださいと駄々をこねる姿が、容易に想像できたミアは、よかったのですか、と重ねてたずねた。

「……いいよ。あとで、叱られるかもしれないけどね」

「……そうですか」

 それから少しの沈黙のあと、エディが、隣に座っていいかと聞いてきた。少し前のミアなら、喜んでうなずいていただろうが、とてもじゃないが、あの頃みたいには笑えなかった。それでもミアは、黙ってうなずいた。

 うつむいたままのミアの隣に、エディが座る。エディはミアの身体を引き寄せると、ぎゅっと抱き締め、ごめん、と謝罪した。なんの謝罪かは聞かず、抱き締め返すこともせず、ミアは、静かに口を開いた。

「……近頃のエディから出る言葉は、謝罪ばかりですね」

「……うん。ごめん」

 ──わたしとコーリー、どちらが大事ですか?

 胸中で、問う。コーリーがいない今は、きみだよ、と答えてくれるかもしれない。けれどそれでは、ミアの心は満たされない気がした。


 次の日にはコーリーは元気になり、学園に登校した。変わらぬ、兄への執着ぶり。卒業するまではきっと、こんな日々が続くのだろう。そんな風に諦めていた、数日後の休日。



 エディと一緒に、ミアの屋敷まで来たコーリーが、いつにもまして上機嫌で、こう告げた。

「どうぞ。今日は、お二人で出掛けてきてくださいな」

 ミアも、そしてなにも聞いていなかったであろうエディも、ぽかんとした。

「……なら、どうしてミアの屋敷まで着いてきたの?」

 エディがたずねる。確かにそれなら、自身の屋敷にいるのが自然だ。コーリーが、うふふ、と頬を緩める。

「お二人がデートを楽しんできたあと、お義姉様にお伝えしたいことがありまして」

 ミアが「わたしに?」と、訝しむように眉をひそめる。コーリーが、いやですわ、と苦笑する。

「そんな顔、なさらないでください。失礼ですよ?」

「え、あ、ごめんなさい……でも、伝えたいことって」

「それは、後のお楽しみです」

 すかさず、エディがあいだに入る。

「コーリー。それじゃあ、気になって楽しめないよ。どうしていまじゃ駄目なの?」

「これは、あたしのお義姉様に対する、優しさ、気遣いです。さあさあ、早くお出かけになって。あたしは、ここで待たせてもらいますので」

 ミアが「ここで、ですか?」と、ぎょっとする。コーリーの思考がまるで読めなくて、困惑する。

「はい。一刻も早く、お伝えしたいことなので」

「……なら、いま聞きますよ?」

「もう! ですから、お二人がデートを楽しんできたあとにと言っているではないですか!」

 それから、半ば追い出されるかたちで、ミアとエディは、馬車へと乗り込んだ。



 ♢♢♢♢♢



「……コーリーが伝えたいこととは、なんなのでしょう」

 静かに、問いかけるというよりは、独り言のように呟くミア。申し訳ないが、嫌な予感しかしない。あのコーリーが、ミアが喜ぶことをする姿など、想像できない。

「……僕にもわからない。ただ」

「ただ?」

「関係があるかはわからないけど。コーリーが風邪を引いて学園を休んだ日。寝ている間に置いていったこと、きっと酷く責められるのだろうなと覚悟していたら、想像よりも、ずっと機嫌がよくて」

「……それは、おかしい、ですね」

「──うん。もちろん、少しは怒っていたけど。それ以上に、なにかいいことがあったんじゃないかな。その日、父上も仕事を休んで、コーリーの傍にいたようだし、そのおかげかなって、思っていたんだけど」

「……コーリーは本当に、愛されているのですね」

 エディが「過保護過ぎると思うけどね」と、ぽそっと吐き捨てる。それはミアの耳には届かず、ミアは、首をかしげた。

「なにか言いましたか?」

「……いや、なんでもないよ。それより、これからどうしようか」

「そう、ですね。正直、コーリーのことが気になって、なにも楽しめそうにはないですけど……」

 エディが申し訳なさそうに「……引き返す?」と問うと、ミアは、ゆっくりと頭を振った。

「いいえ……コーリーにどんな思惑があるのかはわかりませんが、エディと二人で過ごせる時間は、大切にしたいですから」

 小さく笑うミア。エディは目を細め、噛み締めるように、ありがとう、と、心からの笑みを浮かべた。


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