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「兄上は、あなたに甘え過ぎだと思います」

 リックがムッとしながら、コーヒー入りのカップを手に取る。

「せめて、公爵や父上に言って、注意してもらうべきなのではないでしょうか」

「いいえ、駄目です。そうしたらネイトだけでなく、アデラまで巻き込んでしまうことになりますから。アデラは──子爵令嬢ですから。どんな罰を受けさせられるか……」

 リックは「あなたは、アデラに嫉妬などしないのですか?」と不思議そうに首を傾げた。エリンは、そうですねえ、と窓から空を見上げた。

「わたしはどうも、笑顔が素敵な方に弱いようでして」

 リックはキョトンとした。

「アデラが、ですか? 兄上ではなく?」

「あら。リックもネイトの笑顔は素敵だと思っているのですね」

 リックは、ええ、まあ、と視線を床に落とした。

「……兄上の笑顔は、人を惹き付ける力がありますからね」

 僕とは違って。 
 エリンに届かぬほど小さくリックが吐き捨てると同時に、喫茶店の入り口の扉が開いた。

「遅れてごめんね、エリン。リックも、伝言ありがとう。助かったよ」

 少し息を荒くしたネイトが、エリンとリックのいるテーブルの傍に駆け寄ってきた。

「……いいえ。それで、アデラの様子はいかがでしたか? まあ、これだけ早く兄上が来たということは、大事はなかったようですが」

 表情を硬くしたまま、リックが訊ねる。含まれる嫌味に気付いているのか、いないのか。ネイトは頬を緩めた。

「うん。あたりだよ、リック。ぼくが行ったときにはまだ寝ていて、キョトンとしていたほどだ」

「なるほど。大事な婚約者とのデートに遅れる必要は、なかったわけですね」

「それは違うよ。きちんとアデラの体調を確認してきたからこそ、これからのエリンとのデートも心から楽しめるわけだからね」

 リックが「……あなたは」と目を吊り上げて席を立つ。続けて口を開こうとしたリックを、エリンが止めた。

「リック、よいのですよ。ありがとうございます」

「しかし、兄上の優先順位はおかしいと思います」

 ネイトは「何が?」と首をひねった。フリ、ではない。この男は、本当にわかっていないのだ。それはネイトと付き合うようになってしばらく経ってから、知ったこと。

「……部外者の僕が、口出しすることではありませんでしたね。帰ります」

 リックは席を立ち、エリンに軽く会釈してから、喫茶店を後にした。

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