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第7章 海中宮殿と新たな試練
7-14(終話)海中宮殿の幕間と生命のオーブ
しおりを挟む海中宮殿から出ると、本当にアスワンが待ってくれていた。こちらの世界と、ダンジョンの中の時間軸が同じとは限らないのに、約束を果たしてくれたのだ。
ミミリはふと、海中宮殿を振り返ってみる。
入り口は塞がり、小高い丘も平坦になり、まるで何事もなかったように消え去った。
ーーまたね、ポロンちゃん。
ポロンは任務を果たすその時まで、眠り続ける。新たな冒険者や、新たな錬金術士がこの付近を訪れるまでーー。
ミミリは、前を向く。
アスワンさんは、こちらに向かって手を上げた。
アスワンさんが、「お疲れ様です」と言ってペコリと挨拶してくれる。
とりあえずミミリは、海面に出て船上に戻ることにした。
「アスワンさん、待っていてくれたんですね!」
「もちろんです。約束は違えません。ちなみに、こちらの世界では何日くらいの出来事だったんですか?」
「半月、ですよ」
「半月⁉︎」
せいぜい3、4日だと思っていた。
実際にはその程度のものだと感じていたからだ。
「さぁ、私は竜王様の海中宮殿に行ってきますね。ご報告をせねば。聞くところによると、ディーテ姫様は来る日も来る日も泣いていらっしゃるみたいですよ」
「ディーテ……」
「ありがとうございます、アスワンさん」
「お礼を言うのはこちらです。貴方がたのおかげで、ディーテ姫様にお会いすることができましたから。……利用する形になり、申し訳ないくらいですよ。では、行ってきます!」
ふと、ミミリは思った。
先程から、ゼラとうさみの姿が見えない。
ーーどこだろう。
何かあったのかな?
「ゼラくーん! うさみー?」
「ここだよ、ここー! ミミリ、大変なんだ! うさみが、うさみが息をしていなくて」
「エエッ⁉︎」
ミミリは船尾に向かってみると、そこには倒れたうさみと、必死に介抱するゼラがいた。
「きっと、連日連戦の戦いで魔力を使い果たしたんだと思う。俺はずっとうさみの手を握ってたけど、途中で握力がなくなって、守護神の庇護も消えてしまったんだ」
「エエッ⁉︎」
「それで慌てて、俺の【酸素山菜ボンベ】をうさみに渡したんだけど……。幸いにも海面に近かったし、俺はなんとか。でも……」
「うさみ? うさみっ?」
今までうさみがこんなになったことがあるだろうか。全身濡れたこと……といえば、審判の関所でそうめん流しの竹で流れていった時くらいだ。
「もしかして、生命のオーブに傷が⁉︎」
ミミリはうさみの手を持ち上げる。そうっと離すとペシャンと床に手が落ちる。
「嫌だ、嫌だようさみ! 私、私、どうしたら……」
「落ち着くんだミミリ。正直ミミリ頼みになっちゃうけど、考えよう。俺は、バスタオル持ってくるから……」
ゼラは船室に走って行った。
ミミリはとりあえず、うさみを絞ってみる。
耳、手、足、お腹、顔……。
びしゃびしゃ、びしゃびしゃと水が湯水のように流れてくる。ミミリは、涙が止まらない。
「濡れるのやだって、本当に濡れるのがダメだったんだね……。気づいてあげられなくてごめんね。なんで私、先に1人で行っちゃったんだろ」
ミミリの後悔は尽きない。
帰って来たゼラは、うさみをバスタオルで包み、ギュウッと抱きしめる。ポタポタと、こぼれゆく海水。それでもうさみは目を開けない。
「うさみ! うさみー!」
「だ……いじょうぶよ、ミミリ。乾けば少しは、元に戻るから。とにかく、天日に当てて。そうすれば、少しは……。多分、戦闘をしているうちに、【生命のオーブ】にヒビが入ったのかもしれないわ。泣かないで、ミミリ。海中宮殿でのミミリは、かっこよかったわよ。大きく、なったわね……」
うさみはびしょびしょの手でミミリの涙を拭く。
「ふふ。また濡れちゃうじゃない。泣かないの」
またミミリの涙を拭う。するとまた、ペシャリと床にうさみの手が落ちる。
ーーこのままじゃ、だめ。
きっとだめ。魔法も使えなくなって、ヒビが大きくなっていったら、うさみは……!
ミミリは、【マジックバッグ】の中から、
【仕立て屋さんの裁縫セット 最高品質 特殊効果:【生命のオーブ】で活躍する個体への手術オペ専用。痛みを一切感じさせない】
を出した。
「うさみごめん! 背中、切るね」
「わかったわ。こわい、とか言ってられ……」
うさみは意識を失った。
ミミリはうさみの虹色のオーブにそっと手を触れ、優しく持ち上げた。
オーブには、薄らとヒビが入っていた。
「ゼラくん、私、アルヒにアユムくん、残して来たでしょ?」
「うん、確かアユムの【生命のオーブ】にもヒビがはいっていたんだよな」
「そうなの。私、その時は直すことができなかったの。錬金素材アイテムもわからなかったし」
「うん」
「でもね、思ったの。うさみを動かしたのは、生命のオーブだけじゃなくて、私のママだったんだよなって。私、フロレンスの女神様の加護をたくさん受けているママの娘だもん。少なからず、私にも力はあるはず。私、魔力の譲渡、やってみる!」
ゼラはミミリの両肩を掴んだ。
「何も、できなくてごめん。祈ってる。祈ってるから……」
「大丈夫、祈ってて。本当に一人前の錬金術士になれたというのだったら、やってみせるから」
ミミリはうさみの【生命のオーブ】全体に【フロレンスの傷薬】を塗った。
「ちょっとの間、持っててくれる?」
「わかった」
【マジックバッグ】から練金釜を出し、フロレンスの傷薬を半分と、マンドラゴラのシャンパンを大匙5杯入れた。
そしてゼラから、【生命のオーブ】を受け取り、そっと練金釜に入れる。
「ここから、私の魔力を注げば……」
ーーイメージするのよ、ミミリ。ただの錬金術ではないわ。魔法使いミミリとしての、魔力を注ぎながら、錬成するのよ。
ゼラは祈りながら、そしてぬいぐるみとなったうさみを抱きながら、ミミリの一挙手一投足を見守っている。
「頼む……頼むよ。俺は普段、神には祈らない。不遜だけど、許してほしい。お願いだ、今日だけは力を貸してくれ。お願いします!」
すると……。
ミミリのウェーブがかったピンク色の髪の毛も着替えた錬成服も、ふわり、ふわりと宙に昇っていく。
木のロッドで練金釜を回しながら、とてつもない力を注いでいるのはゼラにもわかった。
たぎるようなパワーを感じる。骸骨騎士のときに感じるパワーとは違う、とても優しく暖かいパワーを……。
「多分、できたと……思……」
ミミリは踏み台の上でふらつき、床に崩れ落ちた。
「ミミリ!」
「大丈夫、まだ、やれる」
ミミリは再び立ち上がり、練金釜に手を伸ばす。
「錬成終了! ーー回収!」
ミミリの手のひらに、光り輝く虹色のオーブが浮かび上がって来た。
ミミリはそっと、オーブをうさみに戻し、【仕立て屋さんの裁縫セット】で背中を縫う。
「多分、これで……だい……」
そしてミミリは、意識を失った。
ーーミミリ!
ーーーーミミリ!
ーー誰だろう、遠くから私を呼ぶのは……この声は、誰の声?
『大丈夫よ、目を開けてーー』
瞑想の湖の……アルヒに似たお姉さん……?
「貴方は、誰なの……?」
「ミミリッ!」
ミミリはそっと目を開ける。
周りには、たくさんの人がいるようだ。
海竜様、ディーテ、アスワンさん、ゼラくん。
ゼラくんてば、そんなに泣いて。
ディーテも。貴重な人魚姫の涙がたくさんこぼれてるよ。
「ミミリッ」
あとは、私の大事な大事な……
「うさみ……」
「ミミリ、私、戻ったわ。ミミリのおかげよ。ありがとう……。目を覚ましてくれて良かった。大好きよ、愛してるわミミリ……!」
「私も、だよ。ふふ。うさみ、乾いたんだね」
「そうよ、天日でカラリとね。もう、みんなお互いに無理するのはやめましょうね。そのために、無理しなくて済むように、強くなれば、いいんだもの」
「そうだね、ほんとそうだよ。頑張ろうね……」
ミミリは再び、目を閉じた。
連日連戦、錬成続きでボロボロになった、身体を癒すために……。
◇
「そんなところに腰掛けてると、また海に落ちるぞ、うさみ」
「ゼラ」
うさみは船の手すりに座りながら、足を投げ出していた。
「大丈夫。船の一部をちょこっと拝借して、しがらみの楔で、安全紐、巻いてあるから」
見れば船の木材から緑色の蔦が伸び、うさみの胴体を巻き上げていた。
「ぷはっ、ほんとだ」
「私ね……」
「うん」
「本当はもう、死ぬかと思ったの。本人には言わないけど、ミミリの【天翔る竜の雷豪】は、今の私には受けきれないわ。多分、連続で無理したから、ヒビが入ったんだと思うの。ミミリには内緒よ?」
「ああ」
「でも……」
うさみは満点の星空を見上げた。
「ミミリってば、私のこと完璧に直しちゃうんだもの。すごいわ。一人前の、錬金術士になったのね」
「……俺も、頑張るよ。うさみのことも。ミミリのことも守ってみせるから」
「これからも、よろしくね。相棒」
「ああ、よろしくな。うさみ、【ナイフ】」
……俺様も、少しは心を入れ替えるヨォ。不思議だナァ。嬢ちゃんには、人を惹きつける力がある。錬金術士の特性なのかもナァ。まぁ、俺は人じゃねえけどヨォ。
「人じゃなくても、仲間だよ。お前も、仲間だ」
……やめてくれヨォ、泣けるじゃネェか。
こうして、海中宮殿での冒険は幕を閉じた。
新大陸への冒険は、ミミリが復調してから。
それまで。
ミミリたちの冒険は、しばしお休み……。
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