上 下
177 / 207
第6章 川下の町と虹色の人魚

6-18 異種族の会合

しおりを挟む

 ポコポコ……、と【酸素山菜ボンベ】から空気が漏れてゆく。絶えず酸素を送ってくれるこのボンベと、人魚姫ディーテの加護があれば、海の中でも不都合なくイルカの背に乗れた。

 一時期、ディーテがいなくなったこと(家出)で海竜により荒れ狂った海も静けさを取り戻し、海面を見上げれば差し込む陽がところどころ宝石のように海の中の岩に反射して光り輝く。

 小魚たち――あれは図鑑で見たクマノミだろうか――はディーテの周りを楽しそうに付き従って泳いでいく。さすがは人魚姫だ。

 イルカの背は、思ったより乗りごこちがよかった。背びれをつかみ足でしっかりホールドすれば、落ちる心配もなくスイスイと泳いでゆく。うさみは背びれをつかみきれないので、ゼラの背に掴まっている。
 差し込む陽のおかげなのか、ディーテの海魔法のおかげなのか、暗闇の不安感もなく、珊瑚や貝殻、海藻や魚……たくさんの海の幸を見ながら進む行程は最高だった。

 そして、そんなにかからずに海底宮殿に到着した。ボンベの残数は半数程度。30分くらい泳いだところに海底宮殿はあった。

「ようこそ、海底宮殿へ」

 さすか人魚姫。海の中でも会話ができている。
 ミミリたちはディーテとイルカに導かれるまま、宮殿の中に入っていった。

 ◇

 どういう原理か、宮殿の門扉をくぐると床があり、床に上がればそこはもう陸のようだった。宮殿は貝殻のような素材で精巧に作られ、内装までこだわって作られていた。
 ミミリたちは床を歩き、ディーテは横の水路を行く。どうやら、どの場所も二足歩行にも対応しているようだ。

 ミミリは、全員からボンベを回収し、とりあえず新しいボンベと交換しておく。会合の行く末次第では、どうなるかわからないからだ。

「来てくれてありがとう。会議室はこっちよ」

 ディーテの声と同時に、赤い扉が従者のような男性の人魚の2名によって押し開けられる。人魚は、先端が尖ったパルチザンのような武器を持っていた。おそらく、会議室の門番というところだろう。

「ようこそ。人間たちよ」

 海竜、という名にふさわしく、立派な白髭と白髪を蓄えた筋骨隆々の人魚が挨拶をした。鱗はディーテと違って、紺碧の蒼をしている。
 隣には、参謀のようなタツノオトシゴが黒のスーツに赤い蝶ネクタイを巻いている。

 そして……。
 もう1体、威厳のあるサハギンが立ち上がった。黄色の鱗に銀の胸当てと額当て、長い尻尾には薄いピンク色の背びれ。腰にはサーベルのような武器を携え、横脇に鉄の盾も置いてあった。
 おそらくこのサハギンが王将だろう。
 後ろには、同じ格好をした青い鱗で少し小柄なサハギンが2体立っている。

 海竜もサハギンの王将も、2メートルくらいの体長で圧巻そのものだった。

「我は、海の王、海竜である。そしてこちらは……」
「サハギンの長、王将だ」

 流れのままに、ミミリたちも挨拶する。

「私は川下の町の町長サザンカ。こちらは……」
「見習い錬金術士のミミリ、魔法使いのうさみと見習い冒険者のゼラくんです」

「かけたまえ」

 海竜の指示に従い、大きな会議室の円卓を囲んで従者を除く全員が着席した。

「今日は公私多忙の折、お集まりいただき感謝申し上げる。此度の議題は、『前向き』かつ『平和的』に話し合いたい」
「海竜殿、一言、よろしいか」

 王将が手を上げた。

「なんじゃ」
「先日、川下の町にて我が同胞が大勢虐殺された。それについて、川下の町の町長よ、なにか言葉はないのか」
「それについては、こちらも多大なる被害を受けている。痛み分けということで、特段言及するつもりはない」

 サザンカは渋い顔をして発言するが、決して首は垂れなかった。

「同胞を虐殺しておいて謝罪の言葉もないとは」
「こちらとて甚大な被害を被っている。過去について謝る気は毛頭ない」

 王将は、3本の指をギュッと握り、拳をテーブルの上に置いて怒りを露わにしている。

「あの~……質問していいですか?」

 場の空気にそぐわず、ゆるゆると質問したのはミミリだった。

「発言を許そう」
「ケンカになるとわかっていて、どうしてポイズンサハギンたちが陸に上がってきたんですか? 理由もわからずいきなり戦闘体制に入ってこられたら、迎撃はもちろんすると思うんです」

 せいぜい14、15歳に見えるミミリからの真っ直ぐな質問に、痛いところをつかれたと思う王将。

「それに、最近人魚さんとの境界線も超えてるってディーテから聞きました。ダメってわかっててやってるんですよね?」

 ぐうの音も出ない、が小娘ごときに反論しないわけにもいかず、王将は苦し紛れに一言発する。

「同胞のためだ」
「もしかして、食糧難ですか?」
「そうだ……」

 いがみあい、とっつきあいになるかと思った会合は、意外にも冷静さを欠かなかった。
 それは、思ったより王将に倫理観があったからかもしれない。

「人魚と我々では食すものが違う。我々は海藻を食べるだけでは生きられない」
「もしかして、サハギンさんってものすごく鼻がききますか? 木の実が鈴なりに成っているのを嗅ぎとったからなんじゃないかって、私思ってます」
「その……とおりだ……」

 海竜でもなく、ディーテでもなく、名探偵のうさみでもなく。
 一錬金術士の視点から、それも一番年下の少女によって議題が進められていく異様さに、誰も異論は唱えなかった。論点も筋道も思うとおりの方向へ進められていく。

「やっぱり、そうじゃないかなって思ったんです。人間の世界では、『不要の木』って呼んでますけれど、サハギンさんたちの世界にとってはご馳走なんじゃないかって。それでわらわらと、実を目指してやってきてたんじゃないかと思って」
「そのとおりだ。失敗は……私が統率しなかったことだ。低位の同胞は口が利けない。私が出向けば良かったのだ。口が利けないため、人間を攻めながら食糧を目指して進むしかなかったんだ」
「では……、先日の件については、両者痛み分けってことでもうケンカはなしでいいですね?」
「「ああ」」

 うさみは、立派になったミミリをアルヒに見せてあげたくなった。異種族間の抗争を、まとめあげられるようになったミミリの姿が、保護者として誇り高い。うさみは会議中だというのに思わず泣きそうになってしまった。

「それはそうとして、さて、どうしたものか」

 海竜は、ひと段落ついたところでようやく口を開いた。
 ディーテはミミリたちをチラリと見る。
 ミミリたちも、にこりと首肯する。


 ――いざ、解決策のプレゼンテーションだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」 結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。 それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。 不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました) ※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。 ※小説家になろうにも掲載しております

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

処理中です...