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第6章 川下の町と虹色の人魚
6-12 童話からのヒント
しおりを挟む――パチパチパチパチ!
「えへへ……」
童話『人魚姫の涙』を読み終えたサラに、拍手が降り注ぐ。
「ありがとうサラちゃん。読むの上手だね」
「……うん。シスターがいつも読んでくれていたから」
シスターは小首を傾げニッコリと微笑んだ。それをサザンカは目で追い、胸元を抑えている。そして噛み締めるように、目と口をギュウッと閉じている。
鈍いミミリでもわかった。間違いなく、サザンカはシスターに恋に落ちていると……。
「まさか私が読み聞かせしていた童話の主人公さんとお会いできるなんて」
シスターの言葉に、ディーテは照れ臭そうにはにかんで笑う。
「私伊達に歳とってないもの。それでミミリ、なにかヒントになることはあった?」
ミミリの【白猫のセットアップワンピース】は、ブゥンブゥンと元気に左右に揺れ動く。うさみやゼラも、興奮が隠せない。
「ヒントしかなかったです! 酸素山菜ボンベも、【アンティーク・オイル】も……」
「【アンティーク・オイル】?」
「実は……」
一同に、ミミリたちはアルヒのことを説明した。
◇
「なるほど、世界は広いわね。人魚姫の私が言うのもなんだけど。機械人形が存在するだなんて」
「まだ決まったわけじゃないけれど、人魚姫の涙は【アンティーク・オイル】を作る錬金素材アイテムの一つなんじゃないかなって。あと……。お礼は特にできないけど、スズツリー=ソウタさんの本、私に見せてくれませんか? ……できれば、欲しいんですけれど……」
ミミリは、申し訳なさそうにおずおずと言う。ミミリは人にお願いされるのは得意(?)だが、お願いするのは大の苦手だ。どうしても、申し訳ないと思ってしまう。
そのミミリを見て、ディーテはクスリと笑った。
「もともと、サハギンとの闘いで与みして欲しいとお願いしに釣られにきたのは私よ?
お礼はこちらがすべきだわ」
「じゃあ……」
と言ってうさみはテーブルの上に立ち上がった。どこから出したのかは不明だが、手にはハリセンを持っている。
「んじゃ、ちょっとお尻出して。ちょっとひと泣きしてもらおうかしら。ほーら男共! 後ろ向け~いっ」
あまり動揺しないサザンカだが、なんて突飛なうさぎのぬいぐるみだと思い、固まってしまう。結果、サザンカ以外の男性が後ろを向いた。
「サザンカさん……お尻を叩かれる様を見ようだなんて。それはあまりにも、ひどいですわ……」
片頬に手を当て、残念そうにするシスター。
まさか、サザンカのその行動でシスターとの溝が生まれるとは。サザンカは落雷にあった気分だった。
「いや、そんなつもりは、決して……!」
「とりあえず、後ろを向きましょうか」
「は、はい……」
物事に動じないサザンカも、シスターにはタジタジである。悪いと思いながらも、ほとんどのメンツは堪えきれずに笑ってしまっていた。
と、ここで、ディーテからの止めが入る。
「ちょちょちょ! 盛り上がってるみたいだけど、まさかそのハリセンで私のお尻叩くわけじゃないわよね? うさみ」
「そのまさかよ。さぁ、ぴえーんと泣いてカラーンと人魚姫の涙を出してちょうだい」
――鬼畜――鬼畜うさみ――!
こんな時に止められるのは、やはりミミリだ。
「ディーテって、どんな涙の理由でも結晶になるんですか?」
「さすがよ、ミミリ~! 私は心が動いた時に流す涙が結晶になるの。悲しかったり、切なかったり、嬉しかったりね」
「それを早く言いなさいよ」
――鬼畜うさみは、どこかへハリセンをヒュッとしまった。
鬼畜は置いておいて、この騒動でシスターのサザンカに対する株が大暴落したのはいなめない。さっき笑った面々は、心の中で黙祷した。
「今度人魚姫の涙ができたら、ミミリたちにあげるわ。助かるといいわね、アルヒ」
「うん、ありがとう……」
◇
そこからは、それぞれの仕事に没頭した。
ミミリはガウディを助手に酸素山菜ボンベの錬成に励んでいる。
ガウディに酸素山菜の中身の酸素の粒を出してもらい、全て練金釜につめて高圧力で圧縮する狙いだ。
童話には、酸素山菜ボンベが大仰に描かれていなかったことから、見た目は普通で中身にコツがあるのだろうとミミリは考えたのだ。
ガウディに捌いてもらった酸素の粒に、【ミール液】と【瞑想の湖の結晶】の液体をひと匙ずつ加えて、魔力で蓋をし高濃度に仕上げてゆく。【しずく草の原液】よりも高圧力の魔力で蓋をするこの作業は、見た目よりかなり難儀だ。きちんと蓋をしないと、今すぐにでも空気中に放出されてしまいそうな勢い。
それに、これだけの酸素だ。火気が近くにあろうものなら、大爆発しかねない。
ミミリの必死の錬成に、ガウディは少年のように胸を躍らせた。まるで、設計図の細部を詰めていくような、そんな感覚を覚えている。
サラはミミリの横に踏み台をもう一つだし、ミミリの汗を必死で拭いてくれた。
三人四脚で行われる錬成。うまくいけば今日中には完成するかもしれない。
一方で、教会の立て直しの方も名大工と名高いガウレのおかげもあって、基礎工事は終えていた。柱と柱、外壁と壁の間に断熱材も入れるようで、もう隙間風に震えることもない。
そして教会の防衛には、サザンカ指揮のもと、川下の町から船乗りたちが交代で行うこととなった。今は大シケで漁にも出られないことだし、適役だと言うことだ。それに、蛇頭のメデューサに攫われた子は川下の町の子もいたのだ。家族はミミリたちに多大なる恩義を抱いている。
鬼畜うさみは、子どもたちに魔法を見せてあげていた。特に拘束魔法――しがらみの楔は大人気で、転用させてブランコを作ってあげたようだ。さすが、面倒見がいいと言われるだけある。たまに(?)鬼畜なだけであって、本来は優しいのだ。
◇
そうしてそれぞれが任務に全うしているうちに……。
「錬成終了! ――回収!」
酸素山菜ボンベは出来上がった。
ミミリはほっとして、ペタンとその場へ座り込む。見た目は変えず中の濃度は上げているので、見た目にはわからないミミリの苦労が詰まった大作だ。
「すごい! ミミリ、出来たんだな」
「うん、一時間は持つと思う。あと何個か作って、ストックも準備しなきゃ。でも今日のところはこれでおしまいかな。魔力がないや」
「お疲れ様、ミミリ」
ゼラはミミリの頭をそっと撫でた。
「ありがとう、ゼラくん」
優しい空気の中に、またまた,怪しい空気感を放つ男が。
なんと……意外や意外!
ガウディだ。
ガウディは錬成をするミミリを見るうち、絶対神のようにミミリを崇めてしまっていたのだ。
ガウディには、その絶対神に気安く触れるゼラが許せない様子。
「ゼラくん、ちょっといいかい」
「なんでしょう」
「女性に気安く触れるとは、紳士としてあるまじき行為!」
「え……ごめん、ミミリ」
「ううん、嬉しかったよ、労ってくれてありがとう、ゼラくん」
ここでガウディは嬉々とする。
「なんと! 私も誉めて差し上げてもよろしいということか!」
「おい」
――――――――――ガウレ登場。
「お前何やってんだマジで」
「私は……」
「そっちの仕事終わったんなら、本業に戻ってこいや」
「ああああ! ミミリさーん!」
――ガウレに引きずられ、ガウディ、退場。
サザンカといい、ガウディといい、変わった男性が多いと思う女性たちなのであった。
「人間って変わってるわね」
「気が合うわね。特に人間の男は変わってんのよ」
ディーテとうさみの呆れ声で、この寸劇は幕を閉じた。
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