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第5章 宿敵討伐編

5-12 アンスリウム山の内部ダンジョン〜たった1人の救護班〜

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 私の名前はヒナタ。これでもC級冒険者ですの。長剣を使うことに関しては、長けていると自負しておりますわ。でもないと、一人旅なんてやっていられませんもの。自信って、自分を鼓舞するために自ら纏うものでもありますのよ?

 そうそう。私、解せないことがありまして。
 私がみんなからなんて呼ばれるか知っていますか?

 『鬼神の大剣使い』でしょ、それに『レアキャラの迷い子ヒナタ』ですって。

 まったく、失礼しちゃうと思いませんこと?
 まぁ、鬼神に関しては、少し感情が昂るとトランスしてしまうのは自覚がありますので多めに見ますけれど……。

 『レアキャラの迷い子』だなんて、失礼しちゃいますわよね?
 誤解にも程がありますわ。
 だって、ミミリちゃんたちと別れて左側のこの一本道、一瞬たりとも迷ってないですもの。

 ……なぁんて、気を強く張っていないと、さすがの私でも緊張してしまいますから。
 バルディの可愛い弟妹を探すために旅をしてきた私の、鍵となる場面にやっと辿り着いたんですもの。


 ――あそこね。


 人が1、2人ようやく通れる通路の両脇には無造作に松明が並べてあり、その先にある鉄の檻。

 ……まったく。作り方がいやらしいですわ。一本道だなんて。
 四方八方に逃げることを防いで、確実に1人ずつ捕まえていく……そんな造りにしか見えませんもの。この通路。

「感じますわ」

 ――肌がヒリつくこの殺気。

 あの、男ね。ジトリとこちらを見てくる男。
 うさみちゃん曰く、危険度パープルの私たちの敵。

 ……アザレア市民かと危惧していましたが、やはりその可能性は捨てきれませんわね。
 何年もアザレアに帰っていない私の、知らない間に住みついた人かもしれませんもの。

 それにしても、隠そうとしないこの殺気。あの視線。向けられた刃。……震える手。

 ……迷いが伺えますわ。そんな敵は、よくよく注意しなければ。タガが外れると、なりふり構わず攻撃してくるはずですもの。私でなく、子どもたちへも。

 ――そうであるならば。

「もちろん、貴方は私のことが見えていますわよね? 一本道ですもの。それにしても、あまりにも稚拙じゃありませんこと? 真の武人は、殺気の使いどころがわかるはずですもの。
 そんなにダダ漏れの殺気で、私が怯むとでも?」

 私は、鉄の檻の前に陣取る包丁を持った男に敢えて言い放ちました。
 子どもたちにあの男の注意が向かないように。

「アァ、見えているサァ……俺はこの檻を死守することを命ぜられ…………。

 ……と、止めてくれ……俺を止めて……この子たちを逃がし……。

 イヤ、違うゥ! 闘わなければならないんだヨォ!」

 あの男性、やはり操られていますわね。
 ダダ漏れの殺気に、迷いと後悔を感じますもの。

「こういうのは、やりづらいですわね。さすがに」

 私は大剣を止めているベルトの留め具をパチンと外し、彼に向かって大剣を構えます。

 こんな……闘いは胸が躍りません。トランスする要素すらありませんわ。

 と思って軽くいなそうと思い大剣を振り上げたところ、聞こえてきたのは子どもたちの声でした。

「やめてー! そのおじちゃん! 操られているの」
「ご飯も、欠かさず私たちに運んでくれるの」
「お願い、傷つけないで~。優しいおじちゃんなんだよ」

 泣き叫ぶ子どもたち……。
 いやだわ。自然と、私の目頭に涙が浮かんでしまいますもの。

 ――本当に、闘いやりづらいですわ。

「この中に、マールはいますの?」

「僕だよ」

 答えたのは、あどけない男の子。柵の鉄棒を両手で掴み訴えてきた、幼い子。

「ねえ、お姉さん! おじちゃんは、本当は優しいおじちゃんなんだ! 助けてあげて! お願いだよお姉さん!」

 そう言うと、マールは地に両手をついて、嗚咽とも違わぬ泣き声を織り交ぜながら、必死に叫んでいます。

 ……初めて会った子たちの言い分だけれど、この男がどんな男かわかってしまいました……。

 根が良く、優しく……慕われている男。

「操られているかもしれないって、本当でしたのね」

「逃げて……、クレェ」

 男は右手で包丁を振りかぶって突き刺そうとしてきました。それは、料理するときに持つ包丁の持ち方ではなく、完全に――エモノを狩る時の持ち方……!

「くっ……」

 私は、大剣でとりあえず剣尖けんせんの軌道を逸らしますが、力の差も、武器の差も。男の剣自体の脆さについても、見てのとおり。

 ――ギィン……!

 強い金属により造られている大剣と、ただの家庭用の包丁。雌雄がどちらに決するかは、言うまでもありません。

 ――バリィン!

 包丁は砕け散りました。砕けた破片は、男の頬をかすめて……すると男は、血を流しながら、包丁の刃をかき集め、自身の口へ運ぼうと……。

「もう俺は、耐えられネェ。俺の理性が働くウチに、早くッ」

 ――自決⁉︎

「やめなさいっ!」

 私は思考よりも先に私はを実行していたのです。

「お眠りなさいッ! 【メリーさんの枕】! ……でしたっけ?」

 枕をビニール袋から出し、男の顔面に向かって投げつけてます。枕はバシンと男の顔面に(そんなに力強かったかしら)、男はパタリとその場へ倒れました。

「お姉さん、枕投げしたいの……?」
「お姉さん、枕投げ上手……! 枕でやっつけちゃうなんて」

 子どもたちも、私にツッコミを入れます。

「……そ、そうなのよ。おほほほほ……。モノは使いよう、って言いますでしょ?」

 否定するもむなしい、とはまさにこのこと。
 頭のてっぺんを突き抜けて恥ずかしいですわ。この歳で、まさか枕投げすることになるなんて。

 それでも、えぇ。
 子どもたちの前では平静を保たねばなりませんから。当然であったかのように、胸を張ります。

 ……うう。

 ……誰が私を、褒めてください!
 この歳での枕投げ、恥ずかしさで顔が茹で上がりそうなのに、必死に強がっている私の努力を!

 ……ところが……



 ――ぐうううぅぅ。

 この音は、男のイビキなんかではなく。

「お、おほほほほほ」

 無惨にも、私のお腹が鳴ってしまいました。おほほ、じゃなくて、とほほですわ。

「お姉さん、お腹空いているの?」
「おっきな音~」

「……ッ! 大丈夫よ。ありがとう」

 ――もっ、もう穴を掘って埋まりたいですわ!
 私は感情が昂ると、余計にお腹が減るんですの。

「……そうでしたわ……檻を壊さないと! みんな、離れていてくださいね!」

 私は子どもたちが離れたのを確認してから、大剣を鍵目指して振り下ろします。

 ――ガシャアアン!

「なんてことかしら」

 檻は非常に……脆かったのです。
 ……ただ、私の力が強いというせいだけではありません。メンテナンスをしていなかったのでしょう。子どもたちが逃げられない強度さえあればいい、ということなのでしょうね。
 それにしても、なんて古びた鉄の檻。昔からここで同じような人攫いが行われていたのかもしれませんわ。それだけの、年月を感じます。
 ……腹立たしいほどに。


 ――きゅるるるるる。
 響き渡るは、可愛い音色。

「あ、僕もお腹なっちゃった」
「お腹空いたねぇ」

 ホッとしたのかもしれませんわ。
 痩せこけた子どもたちの顔に、ほんのり赤みがありますもの。

 数十人いそうな子供たちをこんなところへ押し留めて置くなんて、なんたる所業。こんなにもお腹を空かせているというのに。

 私は再び、ミミリちゃんから預かったある錬成アイテムをみんなに配ります。

「さぁみんな、【はちみつぷるんグミ】を一粒ずつとって。大事に食べるのよ。今からここを出るの。みんなで逃げましょう」
「美味しい……ありがとうお姉さん! ……でも、そのおじさんは?」

 どこまでも優しい子どもたち。見捨てられないということなのでしょうね。

 それだけこの男も、操られながらも子どもたちを気遣っていたのでしょう。

「大丈夫ですわ! 担いでいきますから」
「「ええっ? お姉さんが?」」

 私は睡眠成分を吸わないようメリーさんの枕をビニール袋へしまい、大剣をしまい、男を片手で担ぎ上げます。

「お姉さん力持ち~!」
「かっこいいー!」

「ふふふ。ありがとうございます。
 それにとっても強いから大丈夫ですわよ。みんな私についてきてくださいね。みんな必ず手を繋ぐこと。モンスターが出ても、私より前には飛び出さないこと。慌てない、騒がない、手は離さない。約束してくださいね」
「「「「「は~い」」」」」

 なんていい子たち。
 捉えられてなお、こんなにも健気で。


 ――歳をとるって嫌ね。涙もろくて。

 でも、こちらはなんとかなりましたわ。あとは、ミミリちゃんたちが、無事だといいのですけれど。

 ――ミミリちゃん、うさみちゃん、ゼラ、バルディ、どうかご無事で……!

「さあ、行きますわよ!」

 こうして私は、子どもたちをつれてアンスリウム山の頂上を目指したのでした。

 ミミリちゃんたちの、ご武運を祈りながらーー。





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