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第4章 ゼラの過去

4-5 ゼラの過去〜かくれんぼとトラウマ〜

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「も~い~かいっ」
「「「まーだだよっ」」」

 教会に住む子どもたち全員でかくれんぼ中。
 隠れ役は、サラ、双子のジンとシン。
 見守り役兼お昼寝役兼みんなのアイドルはユウリ。
 鬼役は僕だ。

「も~い~かいっ」
「「「もーいーよっ」」」

 ここの生活にもすっかり慣れた。
 年下の子たちが隠れやすい場所も把握済みだ。

 まずは1人目。
 ひび割れた窓を補修したテープと、元々は白かったはずの薄茶のカーテンとの間から、身体のほとんどがぜ~んぶ出てる。頭隠して尻隠さずとはこのことだ。

「見~つけたッ」

「ちぇっ。見つかっちゃったぁ~」

 カーテンをめくられ、不満げなジン。双子のうちの、黒髪のほう。不貞腐れてしまうところも、とっても可愛い。

 お次はサラだ。
 サラは多分……ほら、あそこ。
 2段ベッドのフレーム枠からはみ出るサラのワンピース。多分、元々は赤だったワンピースは、色褪せた赤めのピンク色に。

「サラ、見~つけた!」
「もー! ゼラお兄ちゃん、乙女のお布団を剥ぐなんてエッチなんだからぁー!」

 僕はコツンと軽く、サラのオデコにグーでお仕置き。

「サラ、言い方、ジンが真似したらどうするんだよ」
「やーい! ゼラお兄ちゃんのエッチ~……ってなぁに?」

 ……あぁ、手遅れ。
 まったくサラはおませで困る。
 でもきっと今まで年上として気を張ってた部分もあるんだろう。サラより年上の僕に甘えることで気持ちが楽になるのなら、いくらでも甘えてくれて構わない。

「ジン、それはね、人をからかう言葉だからあまり気安く使っちゃいけないよ」
「はぁ~い」

 素直なジン。
 そういうところも可愛いんだ。

 ――そして最後は。

「シスター、今日のご飯はなぁに~?」
「あらあら、シン、かくれんぼはしなくていいのかしら?」
「あ! 忘れてたぁ。わはは~」

 隠れることすら忘れている、双子の銀髪のほうのシン。
 シスターが一生懸命料理してくれているところを、リビングテーブルに頬杖をついて眺めていた。
 3歳になったばかりじゃそうだよな。
 しっかりかくれんぼに参加できるジンがすごいだけで、シンみたいにゲームのルールがふんわりとしかわからないのが一般的だと思う。

 ……といっても、僕も多くのことを知っているわけではないけれど。

 2歳の時の僕はどんな子だったか、
 3歳の時の僕はどんな子だったか……、
 4歳の時の僕は……?

 母さんは、何度も何度も、僕の話を嬉しそうにしてくれたんだ。だから僕は、年齢の特徴がなんとなくわかる。

 ……と、こうやって想い出を振り返るだけで、目頭は自然と熱くなる。

「……母さん……」
「ゼラ……お兄ちゃん……?」

 心配そうに覗き込むサラ。

 ――ダメだな、お兄ちゃんとして、しっかりしなくっちゃ。

 僕はブルンと首を振った。


「さぁさ、ご飯までもう少しですよ。かくれんぼなら、もう一勝負できるかもしれませんよ。遊んでらっしゃい」

 美味しそうな匂いのするスープをかき混ぜながら、シスターが言った。
 多分今日のメニューは、細かい野菜と小さなお肉の塩のスープと、パンだ。パンは時々石じゃないかなって思うくらい固いし、スープもあんまり味がしないけれど、もう慣れたし、僕は嬉しいんだ。

 この教会に着いたその日に、『女神フロレンス様なんていない』だなんて、悪態をついたにもかかわらず、家族として受け入れてくれて……優しくしてくれて、ご飯をくれて。みんなで囲む食卓が、何より嬉しいんだ。

「よーし! じゃあもう一回かくれんぼする人~!」
「「「はーいっ」」」
「ふふふ、いってらっしゃい」

 ――父さん母さんを思えば辛いことはたくさんあるけれど……。僕は……僕は今……幸せも感じられるようになっている。

 ◇ ◇ ◆ ◆

 ――もう、どれくらい経っただろうか。
 僕は今、かくれんぼの隠れ役。
 鬼役はシンだ。

 もしかして、鬼役の意味があまりよくわかっていなくて、探すことをやめてしまっている?
 それとも、僕が隠れるのがうますぎて探せないだけ?

 自分から出るのはなんだか負けた気分になるし、

「わぁーさすがゼラお兄ちゃん! 隠れるのうまいね!」
 とか、
「ゼラお兄ちゃんカッコいい!」
 とか、

 言われたいがためにジッとしていたけれど、そのうち……そんなことも考えられないくらい、なんだか具合が悪くなってきた。

 暑い……。
 いや、違う……。
 寒い……。
 おなかが、ぐるぐるする。
 胃が、気持ち悪い。
 眩暈めまいがする……。

 暗くて狭いこの場所が、なんだかとっても不快でこわくて仕方ない。

 だんだん、呼吸まで苦しくなってきた。
 

 ……意識が……だんだん……遠のいていく気がする。

 ……………………………………。

 ………………………………。

 ……………………。

 …………。


 『ひゃあああアハッハハァ~! 馬鹿な小僧だよ』

 ……ヤツの……蛇頭のモンスターの声が頭に響き渡る。

 『お前がそんな愚図だから両親が逝っちまったんだヨォ!』

 ――違う! そんなことない……! 僕のせいじゃない!

 『本当にそう言えるのかい? お前のことを庇わなければ、両親らは違う選択肢もあったろうニィ』

 ――違う……!

 『お前のせいサァ』

 ――違う!
 ――違う!
 ――違う!
 ――違………………わないかもしれない……。

「ハァッ、ハアッ、ハァッ」

 息をしているのに、うまく息が吸えない。
 吸っても吸っても息が吸えない……!


 ――父さん、母さん……!
 ――ごめんなさい………………!

 僕は狭い暗闇の中で意識を失った。
 ――これが僕の――トラウマの始まりとなった。

 ◆ ◆ ◆ ◆

「ゼラお兄ちゃん!」
「ゼラ……!」

 見慣れた、すのこ。

 ――どうやら僕は、無事に発見されたらしい。
 2段ベッドの下段に寝かされていたようで、シスターたちのほうを向くために寝返りを打つと、いつもどおりベッドのフレームがギシリときしんだ。

「あぁ……女神フロレンス様よ、貴方のご加護に感謝いたします」

 シスターは、両手を組んで瞳を閉じた。
 シスターの祈りは大袈裟なことではなくて、どうやら僕は危ない状態だったらしい。

 かくれんぼでどうしても見つからない僕を、シスターも参加して全員で、ようやく発見できたのは、の中。
 ――そう、僕は納屋の中に隠れていたんだ。
 中には農具なんかがたくさんあって、狭くて暗くてそしてかび臭くもあって、とにかく……苦しかった。

 発見当時の僕は脱水症状で、ありとあらゆる身体の血色が悪かったらしい。

 ――僕は、トラウマをみんなに打ち明けなかった。シスターも、サラたちも、

「納屋で隠れるのは、もう禁止にしましょうね」
「ゼラお兄ちゃん、お大事にね」

 とだけ言って、深くは追求しなかった。

 深い意味があると思わなかったのか、それとも、気遣ってくれたのか。
 真意は定かではないけれど、なんとなく後者だろう、と僕は思った。

 この教会は、似たもの同士の集まりだ。
 触れていいこと、だめなこと。
 越えていいこと、だめなこと。
 その一線が、各々にある。

 僕の心の線引きを、きっと、感じ取ってくれたに違いない。

 僕は、少しの間一人にしてほしい、とみんなに告げて、2段ベッドの上段のすのこを見ながら、考えた。――自分の、トラウマについて。

 僕は、蛇頭のモンスターから隠れていた場所――大きな木のウロの中――と似たような狭くて暗い場所、そしていつ終わるかわからない時間的な余裕のなさ……複数が重なると発作のようなものを起こしてしまうようだ。

 このトラウマは……きっと……。
 たぶん……そう。

 蛇頭のモンスターに、復讐を果たすその日まで、癒えないような、そんな気がした。

 ……誰にも負けない強さがほしい。
 強くならなきゃ、ダメだ。

 そう、悟りながら。
 僕は心身の要望の赴くままに……
 意識を、深く、深く……落としていった。


 

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