上 下
121 / 207
第4章 ゼラの過去

4-0(序章)事件と依頼は突然に

しおりを挟む

 ――バタン! カラン! カランカラン!

 工房の内扉につけた鐘が大仰に来訪を告げる。
 ノックもなしに突然やってきたにしては、いささか乱暴な来訪。
 ちょうど工房内の掃き掃除をしていたゼラは、腰に忍ばせた短剣に手をかけて玄関を見る――が、すぐに緊張を解いて椅子へ案内した。

「こちらへどうぞ。今日はどうされましたか?」

「あ、ありがとうございます……。でも……!」

 突然の来訪者――茶髪で華奢な女性は、椅子に座ることなく目の前のゼラの腕に縋った。女性は、肩で大きく息をしている。

「と、とにかく落ち着いて……」

 30代に届くか届かないかの妙齢の女性がゼラにもたれかかるような構図は、あらぬ誤解を招きかねない。ゼラは急いで着席を促そうとするも、悪いタイミングというのは図られたようにやってくるもので……。

「ああーん? ゼラ、麗しい女性に何してんのよ!」

 ちょうど2階から降りてきたうさみが、女性をしているゼラに血相をかえて階段をピョンピョン駆け降りてきた。
 やはり誤解されたゼラは、まるで伝説の暴漢のような扱いだ。
 言いがかりだけならば耐えらるのだが、うさみはなんと、駆け降りざまに右手を上げている。

 ……あの格好は、まずい。この上なく、まずい。

「ちょっと待った……うさみ! ストーップ、ストーーーーッ」
「問答無用~! ――風神の障壁ッ」

 ――ビュウウウウ!

「うあああああああ!」

 工房内に突如現れた緑色の風壁ふうへきに、ゼラは一瞬のうちに捉えられてしまった。
 腹部を両腕とともに締め上げられたゼラ。拘束魔法――しがらみのくさびの風属性バージョンだ。


「えぇっ⁉︎ な、なになにっ⁉︎ どうしたの?」

 ここまできて、ようやく工房の主――見習い錬金術士のミミリが作業をしながら振り返った。

 突然工房へやってきた女性は、振り返ったミミリを上から下まで確認する。

 ウェーブがかったピンク色の髪。
 透き通るような白い肌。
 筋の通った鼻。
 晴れた空色の大きな瞳。
 若草色のボウタイ付きワンピースの裾のプリーツは、振り返りざまにフワリとなびいている。

「……貴方が噂の錬金術士さん! お願いです! 助けてください!」

 ええと……、と言いながらミミリは状況を整理する。
 ミミリは錬成に夢中になるとまわりの音が耳に入らなくなってしまう。今は錬成にキリがついたのと、騒動の大きさにたまたま気がついただけで、普段ならうさみの魔法とゼラの叫び声くらいならば集中力の妨げにはならない。

「う~ん……」

 ミミリは改めて、まじまじと工房内を見渡してみる。

 うさみが上げた右手。
 うさみの風属性の攻撃魔法に捕らえられたゼラ。
 青ざめた顔で、助けてくださいと懇願する綺麗なお姉さん。

「ええと……、ゼラくん、何か悪いことしちゃったの……?」
「――ちがっ……」

「そうなのよ、ミミリ。ゼラがこのお姉さんをね、身体にもたれかけようとしていたのよ」
「――ちがっ……」

 ゼラの青ざめていく顔色に呼応して、ミミリも2、3歩と後ろに退がる。

「あの~、ミミリ……誤解……」

 この状況下、ゼラの誤解は解けるはずもなく。

「ゼラくん、やらしいよ……」

「――‼︎」

 ――ミミリのトドメの一撃により、ゼラ、戦意(?)喪失。
 このタイミングで風神の障壁を解かれたゼラは、力なく床に膝をついた。

 ◇ ◇ ◆

「えええっ⁉︎ 誤解いぃ~?」

 うさみは、ゼラに一瞥をくれてから、気まずそ~に目を逸らした。反してミミリは素直にペコリと謝る。

「ゼラくん、ごめんね」
「いいんだ。誤解が解ければ。それで、助けてくださいって、どういうことですか?」

「噂の錬金術士さんですよね? アザレアで今有名な……」
「有名だなんて、そんな……」

 急いで両手をブンブンと振って否定するミミリの両脇で、うさみとゼラは妙に誇らしげ。
 クスリと微笑んでしまいたくなる光景も、切羽詰まった女性にとっては、それどころの話ではない。

 女性は未だ肩で息をしながら、胸を押さえて涙声を上げた。

「実は……うちの子が、行方不明なんです」

「「「えええっ⁉︎ 行方不明⁇」」」

 
  ――バタン! カラン! カランカラン!

 3人揃って驚いたタイミングで、血相を変えてやってきたのは――バルディだった。

「ごめん、突然……! あのさ……」

 少し息を切らしながらバルディが話を切り出そうとした時、コンコン、と扉を叩く音がする。
 既に開かれた扉をノックしながら、陽を背に浴びる女性が1人。
 バルディに遅れてやってきたのは、アザレア町長の秘書、ローデだった。

「失礼いたします、ミミリさんたち。……やはり先にいらしていたんですね。ソフィアさん」

 ――この女性は、ソフィアというらしい。
 ローデの目配せに、神妙な面持ちでコクン、と頷いた。

「すでにソフィアさんからお聞きになったでしょうが、冒険者ギルド――いえ、アザレアから錬金術士ミミリさんたちに指名依頼させてください」

 ローデの言葉に続いて、バルディは深々と頭を下げる。動揺し続けていたソフィアも、バルディに倣って慌てて頭を深く下げた。

「巻き込んでゴメン、本当は俺たちで……アザレアで対処しなければならないというのは重々承知だ。年端もいかないミミリちゃんたちを頼るのはお門違いだってわかってる。本当にすまない」
「どうか……どうかお願いいたします」
 
「そ、それはもちろん、協力して当然……」

「――待って。他に言うべきことがあるんじゃないかしら。街を挙げて捜索するのは当然でしょ? それを、ここまで丁寧に、しかも重い前置きがあるなんてよっぽどのことじゃない?」

 ミミリの言葉を遮るように、少し口調を尖らせてうさみは言う。
 愛しい我が子の行方が知れないソフィアの胸中は推し計らなくとも察するに余りあるが……、うさみとてパーティーの年長者としてミミリたちを守る責務がある。
 うさみは心を鬼にして、敢えてローデたちに質問をしたのだ。ソフィアに申し訳ないと思いながらも……。

「「それは……」」

 ここまできて、言葉を濁らすローデとバルディ。
 うさみと2人の間に流れる沈黙の空気の後ろで、カチャリ、バサリと音がする。

 それは、ゼラの冒険の準備の音。

 ゼラは店員風の装いから冒険着に改めて、【マジックバッグ】を腰に据え、【忍者村の黒マント】の襟元をバサリと音を立てて居直した。

 いつものゼラは、どこへやら。
 ゼラは、真剣な眼差しをバルディに送っている。

「バルディさん。俺の予想が正しければ……蛇頭のメデューサの可能性があるんじゃないですか?」

「「――――‼︎」」

「沈黙は――正解と受け取ります」

 ゼラはフードを深々と被りながらバルディを見る。バルディは申し訳なさそうに首肯した。

 ――蛇頭のメデューサ。
 言わずと知れた、特等依頼のモンスター。目撃情報だけで高額の達成報酬が出ると言われている危険なモンスター――ゼラの両親の仇でもある。

「ミミリたちは危険だから……、俺1人で……」

「なーに言ってるのよ、ゼラ。この、スケコマシ~! ……は今は関係ないわね。水臭いのよ、ゼラは」
「そうだよゼラくん。私たち、なんと言われても絶対行くから」

 気がつけば、ミミリたちの冒険の準備も終えられていた。ミミリは【白猫のセットアップワンピース】に、うさみは深い葉っぱ色のローブを身にまとっている。

「ミミリ、うさみ……」

「バルディさん、ローデさん、ソフィアさん。詳しく教えてください」

 ミミリの晴れた空色の瞳は、申し訳なさそうに眉尻を下げたバルディを映す。

「ありがとう、ミミリちゃん。うさみちゃん。ゼラ。……そして、ごめん」

 ――事件と依頼は突然に。
 宿敵蛇頭メデューサとの闘いが、今、始まろうとしている。

 

 



しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

理想の王妃様

青空一夏
児童書・童話
公爵令嬢イライザはフィリップ第一王子とうまれたときから婚約している。 王子は幼いときから、面倒なことはイザベルにやらせていた。 王になっても、それは変わらず‥‥側妃とわがまま遊び放題! で、そんな二人がどーなったか? ざまぁ?ありです。 お気楽にお読みください。

フラワーキャッチャー

東山未怜
児童書・童話
春、中学1年生の恵梨は登校中、車に轢かれそうになったところを転校生・咲也(さくや)に突き飛ばされて助けられる。 実は咲也は花が絶滅した魔法界に花を甦らせるため、人の心に咲く花を集めに人間界にやってきた、「フラワーキャッチャー」だった。 けれど助けられたときに、咲也の力は恵梨に移ってしまった。 これからは恵梨が咲也の代わりに、人の心の花を集めることが使命だと告げられる。   恵梨は魔法のペンダントを預けられ、戸惑いながらもフラワーキャッチャーとしてがんばりはじめる。 お目付け役のハチドリ・ブルーベルと、ケンカしつつも共に行動しながら。 クラスメートの女子・真希は、恵梨の親友だったものの、なぜか小学4年生のあるときから恵梨に冷たくなった。さらには、咲也と親しげな恵梨をライバル視する。 合唱祭のピアノ伴奏に決まった恵梨の友人・奏子(そうこ)は、飼い猫が死んだ悲しみからピアノが弾けなくなってしまって……。 児童向けのドキワクな現代ファンタジーを、お楽しみいただけたら♪

生まれたばかりですが、早速赤ちゃんセラピー?始めます!

mabu
児童書・童話
超ラッキーな環境での転生と思っていたのにママさんの体調が危ないんじゃぁないの? ママさんが大好きそうなパパさんを闇落ちさせない様に赤ちゃんセラピーで頑張ります。 力を使って魔力を増やして大きくなったらチートになる! ちょっと赤ちゃん系に挑戦してみたくてチャレンジしてみました。 読みにくいかもしれませんが宜しくお願いします。 誤字や意味がわからない時は皆様の感性で受け捉えてもらえると助かります。 流れでどうなるかは未定なので一応R15にしております。 現在投稿中の作品と共に地道にマイペースで進めていきますので宜しくお願いします🙇 此方でも感想やご指摘等への返答は致しませんので宜しくお願いします。

ローズお姉さまのドレス

有沢真尋
児童書・童話
最近のルイーゼは少しおかしい。 いつも丈の合わない、ローズお姉さまのドレスを着ている。 話し方もお姉さまそっくり。 わたしと同じ年なのに、ずいぶん年上のように振舞う。 表紙はかんたん表紙メーカーさまで作成

悪女の死んだ国

神々廻
児童書・童話
ある日、民から恨まれていた悪女が死んだ。しかし、悪女がいなくなってからすぐに国は植民地になってしまった。実は悪女は民を1番に考えていた。 悪女は何を思い生きたのか。悪女は後世に何を残したのか......... 2話完結 1/14に2話の内容を増やしました

処理中です...