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第3章 人と人とが行き交う街 アザレア

3-39(幕間 中編)緊急依頼! ローデ討伐ミッション

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「ゔゔ~! ゔゔ~!」

 煌めく月下、ミミリの工房の裏手の井戸脇にある一本の木から、世にも奇妙な呻き声が熱帯夜に響き渡る。
 かろうじて見えるのは、葉の隙間を掻い潜って漏れた月明かりに照らされる、声の主の輪郭のみ。
 呻き声に合わせて、もぞり、もぞりと動いている。

「悪いわね、コブシ。邪魔されるわけにはいかないのよ。また、後で様子見に来てあげるから」

 うさみは拘束魔法――しがらみのくさびで木に縛り付けた、コブシに向かって小さく手を合わせた。

「ほんと、ごめんね。妹想いの貴方の気持ちは重々承知のうえだけれど。
 ――じゃ、行ってくるわね、健闘を祈ってて」

「ゔゔゔゔゔゔ~!」

 うさみはコブシにウインクして、工房の正面側――騒めきが聞こえてくる噴水広場へ、意気揚々と歩いていった。

 重厚な葉の傘の下、月光の微かな明かりだけが頼りのコブシを、その場に残して――――。

 ◆ ◆ ◆

 ーー場面は、アザレアの噴水広場。
 盛大な催しよろしく、広場を囲む建物や木々にカラフルなガーランドが飾られている。

「さぁ! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 酒ワングランプリ、始まるわよ~ん! 司会は私ッ、スーパー魔法使いのプリティラビット、うさみちゃんよ」

「よっ! うさみちゃん、アザレアのマスコットキャラクター」
「今日も可愛いわ」

 いつの間にか酒ワングランプリの司会に就任していたうさみ。
 広場の中央に位置する噴水の手前に設置された長机にお行儀悪く立ち上がり、拍手喝采を浴びている。

 『酒ワングランプリ』の垂れ幕で装飾された長机には、今宵の主人公――多様な参加者たちが顔を並べている。

「それじゃ、紹介していくわよん。エントリーNo.1 イベントの発起人、酒乱のデイジー!」
「あ、あはは……、そろそろ別のあだ名が欲しいです~」

 ――ハハハハ!
 
 気まずそうに頬をポリポリと掻くデイジーの姿は観客の笑いを誘った。

「エントリーNo.2 陽気なガウル~!」
「ガハハハ! 負けないぜぇ~!」

 ガウルは兄二人に張るくらいの筋肉を隆起させ、見事な力瘤を作ってアピールする。

「エントリーNo.3 新婚ホヤホヤ! 冒険者のサザン~!」
「ユリ~! 見ててくれ~! ゼラよりカッコいいところ、見せてやるから~!」

「へぇっ? ゼラくん?」
 
 予想だにしない決意表明に、観客としてうさみを見守っていたミミリはこの上なく驚いた。

 どうやら、サザンという男性は居酒屋食堂ねこまるでゼラに絡んできた新婚さんらしい。
 ――なんと、公衆の面前で、愛妻の心を奪うゼラに宣戦布告をしてしまった。

「あぁ、もう、恥ずかしい……。うちの人が、すみません……」

 新妻のユリは顔を押さえて華奢な肩を震わせている。

(奥さん、可愛そうに……)

 会場にいる誰もが、ユリの胸中を慮って同情した。


「可愛い奥さんだね、ゼラくん。

 あれ……? ゼラくん? どこだろ……」

 急に槍玉に上げられたゼラは、居づらくなったのか先程までミミリの隣にいたはずだがーー気がつけばいなくなっていた。

「大トリは~! エントリーNo.4 酒豪のローデー!」
「皆様、ご参列ありがとうございます。よろしくお願いします」

 ローデはスクリと立ち上がり、胸に手を当てて丁寧にお辞儀する。

「綺麗……」

 ミミリは、思わず呟いた。
 ローデの艶やかで凛とした所作は、ミミリを含めて老若男女の心を奪う。短い髪を耳にかける仕草もまた、外気温と相まって胸が焦がれるようだ。

「それじゃあ、今日のグランプリの内容を説明するわよん。

 ゼラ、お願~い!」

 参加者が並ぶ長机の上で勝ち気に胸を反ったうさみは、ミミリたちの工房を指し示した。

「オッケー!」

 うさみの合図とともに、工房からカフェ店員風のゼラが姿を現した。いつの間に作ったのか、大きな立て札を抱えている。



 ――その瞬間、主婦層もといアザレアマダムたちの視線がギラリと光った……!

 カフェ店員風のゼラを一目見れないものかと機会をうかがっていたアザレアマダムたち。推しに出会えたことで、むせかえるような熱気が充満し、今にも会場が沸騰しそうだ。

「キャアアアァァ! ゼラ、こっち向いて~」
「ゼラくん、投げキッス欲しいわああぁ~」

 そして、新婚のユリまでも……。

「ゼラさん、素敵……」

「――――!」

 ――――!
 
 ――――――嫉妬の炎が、噴き上がる。
 
 ――――――ゼラ、許すまじ――――――!

 ゼラは、うさみの支援魔法――剣聖の逆鱗もなしに、会場の男性陣の敵対心ヘイトを瞬時に集めてしまった。
 かつてないほどの敵対心ヘイトが、一斉にゼラへ向く。もちろん、会場一のを向けるのは、新婚のサザンだ。

「く……。性格が最悪なら堂々と憎めたのに……! いいヤツってところがまた憎いぜ」

 サザンはボソリと呟いて、拳をギュウっと握りしめた。

「――? なんだ? こんなに暑いのに、寒気がするような……」

 わけもわからず、ゼラに突如悪寒が走った。

 ◇

「さぁ、ゼラも揃ったところで、グランプリの内容を説明するわよん! みんな、ボードを見てちょうだいっ!」


『アザレアを盛り上げよう!
 ~第1回 酒ワングランプリ~

 《たくさんお酒を呑めるのは誰? 一位を当てて賞金をゲットしよう!》

エントリーNo.1 デイジー (単穴)オッズ15.5
エントリーNo.2 ガウル  (対抗)オッズ11.5
エントリーNo.3 サザン  (大穴)オッズ50
エントリーNo.4 ローデ  (本命)オッズ1.3

《参加料》
5,000エニー + 別途 掛け金

《参加資格》
成人済みの大人だけよん。もちろんね。
ちびっ子ちゃんたちには、ゼラ特製はちみつパンケーキをあげるからねん。無料よ☆

《用語説明》
(単穴)
 やるときはやれる子! ……かもしれないわ。
(対抗)
 本命に対抗できるのはこの人しかいないわ。……たぶん。筋肉量なら負けないわね。
(大穴)
 新婚パワーで本命を凌駕⁉︎ するかもしれないわね。……どうかしら。
(本命)
 この人に勝てる人いるのかしら。

(オッズ)
 誰が勝てるのか私が予想して、その確率を示したものよ。今回は、そのまま賭けの倍率とするわ。
 例えば……、大穴のサザンに10,000エニーかけてサザンが優勝すれば50倍、500,000エニーになってかえってくるわよ。本命のローデが勝てば1.3倍の13,000エニーね。
 もちろん、外れればノーエニーよ。

《重要》
 本命のローデにはハンデがあるわよ。
 ローデ以外には、酒瓶2本分が成績に加算されるわ。それくらいのハンデがないと、公平ではないものね?
 そして、ローデにもやる気になってもらうために、負けた場合はある究極の罰則が科されるわ。

 ――それは……。

 ローデが負けたら1ヶ月、禁酒、よ……。

 
 ――どう? みんな。
 興味がそそられたかしら。

 ――乗るか反るかは、貴方次第ッ!

 さぁ、
 アザレアの勇者たちよ、
 ――――運と度胸試し、いかがかしらん?

 企画 うさみ』



「うおおおおおお~! やってやるぜえええ!」
「俺は、今月の小遣い、全部いくぜえええええ」
「うさみちゃんっ! 俺もいくぜえええ」

 血気盛んな男性陣というものは、どうしてこうも語尾が似るのだろうか。
 暑苦しい男性たちが揃いも揃って「ぜえ」「ぜえ」言いながら迫ってくるので、受付担当のゼラは若干腰がひけてしまう。

「わわわっ! 順番に、順番にお願いしますっ」

 ゼラは慌てて交通整理を行いつつ、資金管理を始める。

「ゼラが受付のしてくれるのなら、私も参加してみようかしら」
「それじゃあ、私も……」

 意外や意外、受付のゼラ目当てにアザレアマダムたちも賭けに参加し始めた。

 うさみは、活気付いた会場にきゅるるんっと目を細めて、手を上げて元気に声を張る。
 気分はまるで、みんなのアイドル。
 アザレアのマスコットキャラクターだ。

「みんなでアザレアを盛り上げましょ~!

 みんなーっ! 心は一つよん!」


 ――わああああああ!

「うーさーみ!」「うーさーみ!」「うーさーみ!」

 盛大なうさみコール。
 アザレアの会場は、うさみ一色。
 うさみのふわふわな白いしっぽも、声援に応えるように高速で震える。



 ――うふ。ぐふふふふふふふふふ。

 
 可愛いマスコットキャラクターの仮面を被ったうさみは、仮面の下で悪魔的にほくそ笑む。


 ーーうふふふん。がっぽり、がっぽりよん。んふふふ~!


「ねぇ、うさみ、大丈夫……?」
「もちろん、大丈夫よん。がっぽ……、じゃなくて、アザレアを盛り上げましょう!」
「なら、いいんだけど……」

 うさみの隣にやってきたミミリは、ちょっぴり困り顔で、ほくほく顔のうさみ(ミミリ視点)を眺めた。
 下卑た笑みを浮かべるうさみ(真実の視点)は、きゅるるんっと可愛い仮面を被って「大丈夫よん」と言うものの、ミミリはなんだか胸騒ぎがする。

「……うーん。ちょっと心配だなぁ。……そうだ!」

 思うところがあり、ミミリは一人、工房へ向かっていった。


 一方で、受付に追われつつ集まってきたこどもたちにまではちみつパンケーキをねだられているゼラは、猫の手も借りたいくらいの忙しさだ。

「ごめんな、パンケーキもうちょっと待っててな
「えーー」
「ごめんごめん」


「ゼラ、受付、代わるよ」
「ありがとうございます、バルディさん」

 見かねたバルディはゼラの助けに入りつつも、ある人の姿がずっと見えないことに、若干の不安を覚えていた。

「……おかしいなぁ、妹さんが出場するっていうのに、コブシさん、どこいったんだろ……」

 ◇ ◇ ◇

「ゔゔ~! ゔゔ~!」

 ――人知れず、コブシは呻き声を上げていた。

 ……デイジー! 早まるな! また、また、悪評が広まるぞ~!

 妹煩悩な兄の、気苦労は絶えない。
 コブシは果たして、デイジーを止めることができるのだろうか。
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