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第3章 人と人とが行き交う街 アザレア

3-31 アンスリウム山の秘湯と高嶺の華

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 アンスリウム山の地面は水分量が少なく、固く所々ひび割れている。
 山といえば草木の緑で満ちたものを想像していたが、アンスリウム山は岩山のようだった。乾燥の地に強い草木でないとあまり生えないのか、木も草もまばらにある程度。
 また、山肌を削ったように道幅が確保されているので、モンスターの出没率が低いのならば幌馬車で頂上を目指すのも良さそうだ。

 数回の戦闘を経ながら、お目当ての錬金素材アイテムを拾っていく。そのアイテムは――。

 ――スリウムの原石。

 スズツリー=ソウタの著書のとおり、見た目はただの石ころだった。煤けたようにも見える色。
 しかし、ミミリが魔力で覆った手で拾い上げると……、白とも銀ともいえるような光がぽうっと灯るように、煤けた石の内側から発光する。

 拾い上げると同時になされる選別で拾われた石ころの行き先は決まる。スリウムの原石ならば【マジックバッグ】、ただの石ころなら路傍へお帰り。落ちている石ころの8割方は【マジックバッグ】行きとなり、充実した採集作業にミミリの顔のにやつきとバッグのほくほくが止まらない。
 採集に夢中になりすぎるミミリの顔はいつのまにかスリウムの原石のように煤けていた。

 ミミリの白く透き通った肌についた煤汚れをどうにかして落としてあげたいとうさみが思った矢先にたどり着いたアンスリウム山の中腹。
 山の麓から続いていた傾斜も、中腹ではほぼ傾度を感じられない。

 ――それよりも――。

「わああああ! 綺麗」
「ほんとだな。夕陽みたいだ」

 今までの渋い印象を与える山とはうってかわった景色――オレンジ色と白の2色の花畑が目に飛び込んできた。
 乾いた土に力強く根を張るオレンジ色の花。花弁に包まれるようにふわふわと丸まるのは、白く柔らかな綿毛。ふわんと咲いたようにも見える白の綿毛と鮮烈なオレンジの花弁は、どちらも主役に見えて魅力的だ。花は横幅3メートル程度の池を隠すように囲んで咲いている。

 ……もしかして、これが!

 ミミリは期待に満ちた目でコブシを見る。

「コブシさん、これって、ルフォニアの綿花ですか?」
「そ! 大正解! これでミミリちゃんご所望のアイテムが一通り揃うはずだ」
「スリウムの原石に一角牛の革、ルフォニアの綿花……! ありがとうございます!」
「やったわね、ミミリ!」

 ミミリとうさみは、ぎゅうっと抱きつく。

「お役に立ててよかったよ」
「ありがとうございます! コブシさんっ、デイジーさん」
「いえ、お礼を言うのは私のほうです。冒険者ギルドへの復帰が叶うまでは一冒険者としてやっていかなければならないので……、今回の冒険はいい復帰戦になりました。といっても、何もできませんでしたけどね」

 デイジーは少し哀しげに微笑んだ。
 コブシはデイジーの頭にポンと手を置き、わしゃわしゃと撫でる。

「ま、気長にやってこうぜ、デイジー。俺がいるからさ。……そうだ! このまま帰るのは味気ないから、思い出作りでもして帰ろうか?」
「思い出作りですか?」
「そうそう! せっかくだから汗を流して帰ろうぜ!」

「「「?」」」

 コブシの意図がわからず、顔を見合わせるミミうさ探検隊。

 コブシは予想どおりの反応に満足しながら、ルフォニアの綿花が隠すように囲う、花畑の中央に位置する池を指差してククッと笑う。

「あれ、実はただの池じゃないんだよな、コレが」
「え、池じゃなかったら、沼ですか?」
「おっ、惜しいなミミリちゃん。実は、あそこ、アンスリウム山の秘湯なんだ」

「「「秘湯?」」」

「ははっ! ホントいい反応してくれるよな、ミミリちゃんたち」


「秘湯? や、やばいぞ……」


 カラッと笑うコブシの向かい側で、ボソリと呟くゼラ。内なるゼラの期待混じりの焦りが止まらない。

 ……や、やばいぞ。秘湯ってことは、温泉ってことで? 温泉ってことは、お風呂ってことで? お風呂ってことは……。

 どうする、俺?

 天使の俺――ここは護衛に徹すべきだ。
 本能の俺――このチャンスを逃す気か?

 どっちつかずの俺――まずはミミリに聞いてみよう!

「ミミミミミミミミミリサンは、入りますか! 入りませんか! どうす――……

 ――――!」

 ゼラが内なるゼラと対話している間に、コブシとゼラを残して女性3人は――いつのまにか置かれた木製の衝立の後ろで準備をしている様子。モンスター対策もバッチリで、モンスターが忌避する小屋も衝立の脇に建てられている。

 ――パサッ、パサッ

 衝立の下の隙間から、ミミリの【白猫のセットアップワンピース】が地面に落とされたのが見えた。他にもデイジーの白いニットも……。

「あら、ミミリちゃん、真っ白しっとりすべすべお肌ですね。うらやましいです」
「えへへ。そういうデイジーさんは、メリハリボディって感じで素敵です」
「ああん! 2人ともいい身体してるわん。ちょっと触らせなさ~いッ」

「「きゃあああ~!」」

 衝立の向こうから聞こえてくる天使たちの戯れに、ゼラは思わず手を合わせて天に祈りを捧げる。

「今日という日に、感謝します……。願わくば、何らかの恩恵に預かれますように……」

 ……ミミリが安心して温泉に浸かれるように、俺が守る!


「あ、あのさ……もしかしてなんだけど……」

 コブシは非常に気まずそうに、そして申し訳なさそうにゼラに話しかける。

「ゼラ、口に出す声と心の声、逆になってないか……? なんか、まずいこと言ってるぞ」

「――‼︎」

 ゼラはたちまち、全身が沸騰する。

「だ、大丈夫じゃないです! あああああ!」

 ゼラは頭を押さえてうずくまった。

「ゼラくん、大丈夫?」
「ああ、大丈夫じゃないかもしれ――

 ――――!」


 衝立の奥から出てきたミミリを見て、ゼラは言葉を失った。

 ミミリのゆるやかな髪はひとまとめに結い上げられるも、白いうなじに残る後れ毛。しっとりと見える華奢な肩は、陽の光を反射してさらに眩しく。

 ……そして……。

 身体に纏った白いバスタオルからは、ミミリの白い太腿が露わになっている。
 恥ずかしそうにもじもじと膝を擦り合わせ、照れ臭そうに上目遣いになりながら結い損ねた髪を耳にかけた。

「は、恥ずかしいな。どうかなぁ?」

「さ、さ、さ……」
「最高だよ、ミミリちゃん、ってゼラは言ってると思うぞ? 俺もそう思う。可愛いよ、ミミリちゃん。後ろのお姫様たちもな?」

 衝立の奥から出てきたデイジーとうさみ。

「お待たせ! 兄さんたちも着替えたらどうかな?」
「そうよん! いざとなったら私が守ってあげるから」

 ミミリと同じく身体に白のバスタオルを巻いたデイジー。褐色の肌とのコントラストがデイジーの魅力を引き立てる。

 そしてうさみは……。

 ピンクのビキニに水玉の浮き輪。
 そしておでこにはサイズの合わないブカブカの黒いサングラス。

「ふはっ! なんだそりゃ、うさみ。まさか温泉に入るのか?」

 ゼラの煩悩はうさみのお陰で現実世界に引き戻された。うさみは自慢気に水玉の浮き輪をさすりながら言う。

「ふふん、入るわけないでしょ? 雰囲気だけでも味わうのよ! さぁ、ゼラとコブシも着替えてきなさい? レッツバカンスよ」

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