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第3章 人と人とが行き交う街 アザレア
3-10 黄昏の噴水で
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「わぁ! び、びっくりしました。……あ、この特等依頼の件ですね。これは特等依頼の中でもかなり別格なんです。このモンスター、アザレアの街を挙げて追ってるんですよ。でも全然つかめなくて。数年がかりの依頼なんです」
「じゃあ、どこにいるかわからないんですか?」
「そうなんです。目撃情報だけで、30万エニーという報酬が出るくらいなんです。でもその情報を元に調査して、信憑性を測ってからですけどね」
「そう、です……か……」
窓口のカウンターに両手をついてデイジーに迫ったあの鬼気迫る勢いはどこへやら、今は肩の力が全て抜けて、もぬけの殻といった様子。ゼラの背中から、落胆、という表情すら読み取れてしまうミミリは、腕の中の頼れる存在、うさみの小さな灰色の手をそっと握る。
「あの、ゼラくん、大丈夫……?」
――。
――――。
ゼラが起こした騒動に、冒険者ギルドはしーんと静まり返った。
「デイジーさん、この依頼書、ボードから取った時に少し破いちゃいました。すみませんでした」
「い、いえ、そんなことはいいんですけど……」
ミミリの質問に答えないままデイジーに一言謝罪をして、ゼラは俯いたまま冒険者ギルドから出て行った。
そして冒険者ギルドは、憶測が飛び交い騒めきだした。
「ミミリ、追いかけるわよ! もしかしたら、そっとしておいてほしいのかもしれないけれど、心配だわ」
「うん、行こう! でもその前に……」
ミミリはゼラを追いかける足を止め、くるりと向き直った。すると、予想外にたくさんの冒険者たちと目があったので、注目の的となっていたことに気がつき思わず顔を赤らめる。
「あ、あの、お騒がせしました!」
謝罪とともにペコリと一礼した後、駆け出すミミリ。
「あ、ミミリちゃん、俺も……」
バルディが呼び止めようと手を伸ばしたところで、ポン、と肩に手を当てて止めたのはコブシだった。
「本人たちに任せよう」
「でも、放っておけなくて」
「……お前の気持ちは、痛いほど、わかるけどよ……。出会ったばかりの俺たち大人ができることは、成長をそっと見守ることさ」
ニコッと明るい笑顔をバルディに向けたコブシは、ミミリが冒険者ギルドを出て行ったことを確認してから、パァン、と大きく手を叩いた。
「みんなも心配だろうが、深く詮索するのはやめておこうぜ! 困って相談にきた時に、カッコよく助けてやるっていうのが俺たち先輩冒険者だろ?」
「コブシも大人になったもんだなぁ!」
「ちょ、せっかくいい話してるんだから、からかわないでくださいよ、先輩!」
騒めいていた冒険者ギルドは、コブシの計らいで賑わいのある雑多な雰囲気を取り戻していた。
そんな中、コブシは未だ心配そうなバルディの背をポンと叩いて気合いを入れる。
「ホラ、バルディ、元気出せって。あの子たちと一番仲がいいのはお前だろ? 頼ってきたら助けてやらねぇと。……と言ってもお前もまだ未成年だからな。お前が困ったら俺が助けてやるから、頼ってくれよな」
「コブシさん……」
コブシの優しい心配りに、『人情屋』バルディの目頭はじぃんと熱くなった。
バルディは、ローデから借りたままのハンカチでそっと涙を拭こうと思い、ピタリと止まる。
「あ、濡れすぎててもうダメだ」
「泣きすぎだぞ、バルディ!」
「かっ、からかわないでください、コブシさん」
後輩をからかいがちなアザレアの冒険者ギルドは、今日も変わらず優しさと笑顔で溢れている。
◆ ◆ ◆
「あのっ、すみません、ゼラくん見ませんでしたか? えぇと、金色の短い髪に黒いマントを羽織った15歳の男の子です」
「いいえ、見てないわ。ごめんなさいね。迷子なら、街役場へ行って相談してみたらどうかしら」
「大丈夫です! もう少し探してみます。ありがとうございました!」
ミミリは、アザレアの唯一の入り口、大門の近くまでやってきた。途中、道沿いに店を構える店員にゼラを見ていないか聞いて回るも、姿を見た者は1人もいなかった。
「どうしよう、うさみ」
「ゼラが【忍者村の黒マント】を着ている以上、私の探索魔法にもひっかからないし……と言ってももともと人物の特定まではできないから意味ないし」
「ああっ! そうだ、そもそもゼラくんがマントのフード被ってたら金髪の男の子って言ってもみんなわからないかも」
「あ……。ほんとだわ」
ミミリとうさみは、顔を見合わせ途方に暮れる。
「「ど、どうしよう……」」
気づけば、ミミリたちの周りには人垣ができていた。
それもそのはず。
少女に抱かれたうさぎのぬいぐるみがまるで生きているかのように喋っているからだ。
昨日この地へやってきたばかりのミミリたちの認知度は、当然ないに等しい。人の噂に耳聡い冒険者が集まるあのギルドでさえ、ピギーウルフの一件が歪曲されて伝わっていたのだから、当たり前の反応だと言える。
「この人だかりはなんだと思って見に来たら、やっぱり嬢ちゃんたちか。今日は小僧はいないのか?」
人垣のすぐ後ろで光る坊主頭。人垣から頭一つ分飛び出すほど背が高い声の主と目があったミミリは、思わず泣きそうな声を上げた。
「ガウラさ~ん」
「おい、どうしたんだ一体、ケンカしたのか?」
「それが……」
ミミリたちは、ゼラにとって繊細な事情だろうと思われる特等依頼のことは伏せ、少しケンカしてしまったので行方を探しているのだと説明した。
「そうか。俺は今日内側の門番の任務に当たっていたが、小僧らしき者は通らなかったぞ。身分証がないとこの街は出入りできねぇから間違いないな」
「でも、ゼラくんならこのアザレアの壁をピョーンて飛び越えられちゃうと思うんです」
「ああ⁉︎ この壁をか?」
ガウラも周りの人間も、思わずアザレアの堅牢な石壁を上まで見上げてしまった。
10メートルはあるこの壁をよじ登るではなくピョンと跳ぶ、と表現するほど、簡単そうに言ったことには驚いたが、あのピギーウルフを倒したミミリたちが言うのだから、おそらくこれは嘘みたいな本当の話なのだろう、とガウラは考えた。
「相変わらず、嬢ちゃんたちには驚かされてばかりだな。外に出たかもしれないと心配だろうが、俺はあの小僧が正規のルートを通らずに外に出るなんて筋の通らねぇことはしないと思うぞ」
「ずいぶんとうちのゼラのことを買ってくれてるのね」
うさみの言葉に、ガウラは少し誇らしげに腕を組んだ。
「そりゃあ、何年も冒険者をやっていたからな。人を見る目は養ってきたつもりだ。そろそろ日が傾く頃だ。一度嬢ちゃんたちも戻ってみたらどうだ? 案外小僧も頭が冷えて戻ってきてるかもしれないぞ」
「はい、そうしてみます」
「さ! みんなも仕事に戻ってくれ! 騒がせちまって悪かったな。もし小僧を見かけたら、嬢ちゃんか俺に声をかけてくれ。頼んだぞ」
ミミリとうさみは、ガウラをはじめ周りの人々にお礼と協力を依頼してその場を後にした。
◆ ◆ ◆
――シャアアァァァ!
夕陽の暖色が、噴き上がる水飛沫を柔らかに照らし、光を纏い水受けへ落ちてゆく。雪のように真っ白だった花は、もともと夕陽だったかのように染められて、花壇の前のベンチに腰掛ける少年をまるで一枚の絵画のように映えさせていた。
「あ、ミミリ、うさみ」
振り返った少年は、どこか憂いを帯びたような顔をして、しかしそれでも微笑んでみせている。
「ゼ、ゼラくん……」
「ゼラ……」
うさみは特に年長者として叱らなければ、と思っていたが、ゼラの顔を見てそんな気はすっかり失せてしまった。
「ゼラくん、無事でよかった」
「そうね、無事でよかったわ」
そうしてミミリたちは、ゼラの隣へそっと腰掛けた。
「ごめん……」
どこか儚げに呟くゼラの後ろで、和らげな噴水の水の音が、絶えずミミリたちの耳に響いてくるのだった。
「じゃあ、どこにいるかわからないんですか?」
「そうなんです。目撃情報だけで、30万エニーという報酬が出るくらいなんです。でもその情報を元に調査して、信憑性を測ってからですけどね」
「そう、です……か……」
窓口のカウンターに両手をついてデイジーに迫ったあの鬼気迫る勢いはどこへやら、今は肩の力が全て抜けて、もぬけの殻といった様子。ゼラの背中から、落胆、という表情すら読み取れてしまうミミリは、腕の中の頼れる存在、うさみの小さな灰色の手をそっと握る。
「あの、ゼラくん、大丈夫……?」
――。
――――。
ゼラが起こした騒動に、冒険者ギルドはしーんと静まり返った。
「デイジーさん、この依頼書、ボードから取った時に少し破いちゃいました。すみませんでした」
「い、いえ、そんなことはいいんですけど……」
ミミリの質問に答えないままデイジーに一言謝罪をして、ゼラは俯いたまま冒険者ギルドから出て行った。
そして冒険者ギルドは、憶測が飛び交い騒めきだした。
「ミミリ、追いかけるわよ! もしかしたら、そっとしておいてほしいのかもしれないけれど、心配だわ」
「うん、行こう! でもその前に……」
ミミリはゼラを追いかける足を止め、くるりと向き直った。すると、予想外にたくさんの冒険者たちと目があったので、注目の的となっていたことに気がつき思わず顔を赤らめる。
「あ、あの、お騒がせしました!」
謝罪とともにペコリと一礼した後、駆け出すミミリ。
「あ、ミミリちゃん、俺も……」
バルディが呼び止めようと手を伸ばしたところで、ポン、と肩に手を当てて止めたのはコブシだった。
「本人たちに任せよう」
「でも、放っておけなくて」
「……お前の気持ちは、痛いほど、わかるけどよ……。出会ったばかりの俺たち大人ができることは、成長をそっと見守ることさ」
ニコッと明るい笑顔をバルディに向けたコブシは、ミミリが冒険者ギルドを出て行ったことを確認してから、パァン、と大きく手を叩いた。
「みんなも心配だろうが、深く詮索するのはやめておこうぜ! 困って相談にきた時に、カッコよく助けてやるっていうのが俺たち先輩冒険者だろ?」
「コブシも大人になったもんだなぁ!」
「ちょ、せっかくいい話してるんだから、からかわないでくださいよ、先輩!」
騒めいていた冒険者ギルドは、コブシの計らいで賑わいのある雑多な雰囲気を取り戻していた。
そんな中、コブシは未だ心配そうなバルディの背をポンと叩いて気合いを入れる。
「ホラ、バルディ、元気出せって。あの子たちと一番仲がいいのはお前だろ? 頼ってきたら助けてやらねぇと。……と言ってもお前もまだ未成年だからな。お前が困ったら俺が助けてやるから、頼ってくれよな」
「コブシさん……」
コブシの優しい心配りに、『人情屋』バルディの目頭はじぃんと熱くなった。
バルディは、ローデから借りたままのハンカチでそっと涙を拭こうと思い、ピタリと止まる。
「あ、濡れすぎててもうダメだ」
「泣きすぎだぞ、バルディ!」
「かっ、からかわないでください、コブシさん」
後輩をからかいがちなアザレアの冒険者ギルドは、今日も変わらず優しさと笑顔で溢れている。
◆ ◆ ◆
「あのっ、すみません、ゼラくん見ませんでしたか? えぇと、金色の短い髪に黒いマントを羽織った15歳の男の子です」
「いいえ、見てないわ。ごめんなさいね。迷子なら、街役場へ行って相談してみたらどうかしら」
「大丈夫です! もう少し探してみます。ありがとうございました!」
ミミリは、アザレアの唯一の入り口、大門の近くまでやってきた。途中、道沿いに店を構える店員にゼラを見ていないか聞いて回るも、姿を見た者は1人もいなかった。
「どうしよう、うさみ」
「ゼラが【忍者村の黒マント】を着ている以上、私の探索魔法にもひっかからないし……と言ってももともと人物の特定まではできないから意味ないし」
「ああっ! そうだ、そもそもゼラくんがマントのフード被ってたら金髪の男の子って言ってもみんなわからないかも」
「あ……。ほんとだわ」
ミミリとうさみは、顔を見合わせ途方に暮れる。
「「ど、どうしよう……」」
気づけば、ミミリたちの周りには人垣ができていた。
それもそのはず。
少女に抱かれたうさぎのぬいぐるみがまるで生きているかのように喋っているからだ。
昨日この地へやってきたばかりのミミリたちの認知度は、当然ないに等しい。人の噂に耳聡い冒険者が集まるあのギルドでさえ、ピギーウルフの一件が歪曲されて伝わっていたのだから、当たり前の反応だと言える。
「この人だかりはなんだと思って見に来たら、やっぱり嬢ちゃんたちか。今日は小僧はいないのか?」
人垣のすぐ後ろで光る坊主頭。人垣から頭一つ分飛び出すほど背が高い声の主と目があったミミリは、思わず泣きそうな声を上げた。
「ガウラさ~ん」
「おい、どうしたんだ一体、ケンカしたのか?」
「それが……」
ミミリたちは、ゼラにとって繊細な事情だろうと思われる特等依頼のことは伏せ、少しケンカしてしまったので行方を探しているのだと説明した。
「そうか。俺は今日内側の門番の任務に当たっていたが、小僧らしき者は通らなかったぞ。身分証がないとこの街は出入りできねぇから間違いないな」
「でも、ゼラくんならこのアザレアの壁をピョーンて飛び越えられちゃうと思うんです」
「ああ⁉︎ この壁をか?」
ガウラも周りの人間も、思わずアザレアの堅牢な石壁を上まで見上げてしまった。
10メートルはあるこの壁をよじ登るではなくピョンと跳ぶ、と表現するほど、簡単そうに言ったことには驚いたが、あのピギーウルフを倒したミミリたちが言うのだから、おそらくこれは嘘みたいな本当の話なのだろう、とガウラは考えた。
「相変わらず、嬢ちゃんたちには驚かされてばかりだな。外に出たかもしれないと心配だろうが、俺はあの小僧が正規のルートを通らずに外に出るなんて筋の通らねぇことはしないと思うぞ」
「ずいぶんとうちのゼラのことを買ってくれてるのね」
うさみの言葉に、ガウラは少し誇らしげに腕を組んだ。
「そりゃあ、何年も冒険者をやっていたからな。人を見る目は養ってきたつもりだ。そろそろ日が傾く頃だ。一度嬢ちゃんたちも戻ってみたらどうだ? 案外小僧も頭が冷えて戻ってきてるかもしれないぞ」
「はい、そうしてみます」
「さ! みんなも仕事に戻ってくれ! 騒がせちまって悪かったな。もし小僧を見かけたら、嬢ちゃんか俺に声をかけてくれ。頼んだぞ」
ミミリとうさみは、ガウラをはじめ周りの人々にお礼と協力を依頼してその場を後にした。
◆ ◆ ◆
――シャアアァァァ!
夕陽の暖色が、噴き上がる水飛沫を柔らかに照らし、光を纏い水受けへ落ちてゆく。雪のように真っ白だった花は、もともと夕陽だったかのように染められて、花壇の前のベンチに腰掛ける少年をまるで一枚の絵画のように映えさせていた。
「あ、ミミリ、うさみ」
振り返った少年は、どこか憂いを帯びたような顔をして、しかしそれでも微笑んでみせている。
「ゼ、ゼラくん……」
「ゼラ……」
うさみは特に年長者として叱らなければ、と思っていたが、ゼラの顔を見てそんな気はすっかり失せてしまった。
「ゼラくん、無事でよかった」
「そうね、無事でよかったわ」
そうしてミミリたちは、ゼラの隣へそっと腰掛けた。
「ごめん……」
どこか儚げに呟くゼラの後ろで、和らげな噴水の水の音が、絶えずミミリたちの耳に響いてくるのだった。
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