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第3章 人と人とが行き交う街 アザレア
3-7 アザレアの秘書、ローデさんは今日も有能です
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――グスン、グスン。
バルディはまた啜り泣いていた。ミミリたちの冒険の理由を知って、溢れる涙が止まらないようだ。
「ミミリちゃんは、物心ついた時から両親がいなかったんだなぁ。こんなに大きく、立派に育って……」
「わあああ、泣かせちゃってごめんなさい」
「ミミリのせいじゃないわよ、『人情屋』の特性だから放っておきなさい」
膝の上で手の指を組み、顔を俯かせながらミミリの話に静かに耳を傾けていたペラルゴは、なんだかひどく疲れたような顔を上げて、ミミリに質問した。
「さみしく、なかったかい……」
「はい、ちっとも!」
ミミリはペラルゴの疲れを吹き飛ばすくらいの満面の笑みを返してから、腕に抱くうさみに優しい視線を落とし、話を続ける。
「うさみもいてくれたし、アルヒもいてくれたし、それに今はゼラくんもいます。私はとっても、幸せです!」
「「ミミリ……」」
「そうか、よかった、本当によかった……」
ペラルゴは、自分のことのように喜びながら、先程まで汗を拭いていたハンカチで目頭に浮かぶ涙をそっと拭いた。
その様子を見たうさみはポツリと、
「そうか、この2人親子なのね」
と呟いた。
応接室の一同の様子を、少し離れた位置から見守るローデ。優秀な秘書、凛とした第一印象を与えるローデは、『人情屋の親子』2人へ、物憂げな眼差しを向けていた。
◆ ◆ ◆
「私たちに、何かできることがあるだろうか。先程は一方的に提案して、すまなかったね」
ミミリの境遇を知ってから、先程までは仕事口調だったペラルゴの話し方が、我が子に話すように和らかになった。
「俺にも協力させてくれ」
と言うバルディの涙は相変わらずだったが、ローデはミミリの話を聞き終わった後、先程見せてくれた『アザレアの街を経営難から救うために』という資料を何も言わずにそっと片付けてから、
「町長、まずは身分証を」
と、ペラルゴに助言をした。
ミミリはペラルゴたちの優しさが心に染み込んでくるようだった。ふと、隣に視線を向けてみると、先程まで警戒心から強張らせていたゼラの身体が少し緩んだようだった。
……お願い、してみようかな。我儘かもしれないけれど。
ミミリは少し躊躇いながらも、重たい口をゆっくり開く。
「あの、お願いがあるんです。アザレアの工房、もらってもいいですか?」
「「――! ミミリ?」」
「こちらとしては、願ってもない話なんだが、理由を教えてくれるかね?」
みんなの視線を一身に浴びるミミリはある人からの受け売りを披露した。
「あのね、私たち、この世界に来たばかりで、右も左もわからないでしょう? だからね、いろんなお仕事の依頼を引き受けて、依頼達成の報酬の代わりに情報をもらいたいなって思って」
「情報?」
「うん、なんでもいいの。錬金術の本のこと、錬成アイテムのこと。スズツリー=ソウタさんに繋がる情報なら、なんでも欲しいもの。それに、ママとパパの情報も」
「たしかに、そうね。手がかりとなるものは、1つでも多い方がいいわ。でもミミリ、よくそんなこと思いついたわね」
ミミリはうさみの褒め言葉に、クスリと微笑みながらうさみに言った。
「うん、くまゴロー先生がね、旅立ちの日にアドバイスをくれたんだよ」
「「「く、くまゴロー、先生?」」」
想像を掻き立てられる先生の名前に、思わずおうむ返ししてしまったペラルゴ一同。彼らの疑問をさらに深めたのは、ミミリの腕の中のうさみの言動。
「も、もう、過保護なんだからッ。もし、ダンジョンクリアが『忖度』だとか言われたら、どうする気なのかしら」
うさみはそう言いながらも、嬉しそうに両頬に手を添えて、しっぽをふるふると震わせていた。
◆ ◆ ◆
「1つ、ご提案差し上げてもよろしいでしょうか。ただ、こちらの利にもなってしまうため、ただの1案と捉えていただきたいのですが」
「ぜひ、聞かせてほしいわ」
軽く挙手するローデに、うさみはパーティーを代表して発言を促した。
「錬金術士の工房という魅力的な肩書きならば、無名の者が始める商店よりも、人々の興味を得やすいのではないかと推測できます。しかし、より質の高い情報を求めるのであれば、それなりの者からの依頼を受ける必要があると考えられます」
「そうね、そう思うわ」
「はい。高報酬の対価として求められるのは、高難易度の依頼ですから、遠方からでも自然と高難易度の依頼が舞い込み、質の高い情報を得られるようなサイクルを作り上げる必要があると思うのです」
ミミリは、ふんふん、と言いながら、【マジックバッグ】から出したメモ帳と【筆マメさんの愛用ペン】を出して必死にメモを取っている。
ゼラはいつの間にかミミリの所持品になっていた錬成アイテムを見て、くまゴロー先生の過保護っぷりを実感した。
「そこでご提案したいのです。工房の開店と並行して、冒険者ギルドに登録してみるのはいかがでしょうか」
「冒険者ギルド?」
「はい。冒険者ギルドでは常にたくさんの依頼を受け付けておりますので、たくさんの依頼をこなし、名声を集めるのはいかがでしょうか。冒険者の等級が上がればより高難易度の依頼が受けられます。実績を積み、その名を轟かせれば直接指名も入るはずです」
「説得力の高いプレゼンね」
「恐縮です」
ミミリもうさみも提案に好意的であることを横から見て感じたゼラ。ゼラも内心は同意していたが、話を聞きながら、心を鬼にして言わなければならないと決めたことがある。
また脳内に【マジックバッグ】のしゃがれ声が聞こえてくるだろうと予想したが、先程ミミリが釘を刺してくれた効果が発揮されて、予想は無事にはずれてくれた。
「1つ言わせてくれ。バルディたちは当初、街の営利目的で俺たちを囲いたかったっていうのがあるんだろ? 利益優先のために、故意に街に留めようとしたり、冒険を妨げるようなことをしないって約束してくれ。もし、ミミリとうさみに害をなすようなら、俺は……容赦しない」
ゼラは年配者を敬うことすら失念し、タメ口で話してしまう。ゼラの危機迫る物言いは、ミミリたちを想うがあまりのものであると理解したペラルゴ。ゼラの想いに応えるため、真摯に向き合い、固く誓った。
「町長としても、1人の男としても、約束しよう。ペラルゴ=アザレアは、君たちの害になることは一切しない」
「ありがとうございます」
バルディは、子どもたちだけで結成するパーティーを不安に思っていたが、意外にもそれぞれ芯がしっかりしていたので少し安心した。
「良かったよ、ミミリちゃんには、しっかり者の騎士様がついているんだな」
「あ、いや、そ、そんな、ナイ……」
「はい! ゼラくんは、しっかり者なんです」
ペラルゴ一同は、ゼラの「そこじゃない!」という残念そうな顔を見てクスリと笑った。
うさみはどこか既視感のあるこの光景に、抑えることが笑いを、抑えるつもりもなく声に出して笑った。
「うさみ、笑うなよなっ!」
ペラルゴは優しい眼差しをミミリたちに向けた後、「申し訳ないが予定が詰まっているようだから」と、ミミリたちの退席を促しつつ、バルディに1つ提案をする。
「バルディ、工房へ案内してあげたらどうだい。工房はすでに、ローデが開店準備まで済ませている」
バルディもミミリたちも、口を揃えてローデに言った。
「「「「さすがです、ローデさん!」」」」
「恐縮です」
◆ ◆ ◆
――その後の応接室にて。
ペラルゴはローデに心からの労いの言葉をかけていた。
「資料作成に工房の開店準備、スケジュール調整まで。一夜にして成し遂げてくれて、いつもすまないね。ローデ。眠れなかったろう?」
「大丈夫です。時差勤務とさせていただく予定ですから。この後、工房へ顔を出して諸々説明した後は、早上がりさせていただきますね」
「ぜひそうして欲しい」
「はい」
労いの言葉をかけられながらも、ペラルゴに温かい飲み物をそっと差し出すローデ。こういった心配りまでしてくれるローデに、ペラルゴは日頃から感謝するばかりだった。
「さて、ローデの頑張りに報いるために、ローデ抜きでも立派に仕事を務めねばならないな。立て続けで悪いが、詰まっているスケジュールを教えてくれないか」
「ありません」
「え?」
「勝手ながら、今日は一日休暇とさせていただきました。ごゆっくりお休みください、町長」
書類を整理しながら、ローデは凛と微笑んだ。
気がつけば、ペラルゴが目通しする予定だった書類の山は、決裁しやすいように分類されていた。
ペラルゴは、有能な秘書、ローデに今日も舌を巻く。
「さすがだね、ローデ」
「恐縮です」
バルディはまた啜り泣いていた。ミミリたちの冒険の理由を知って、溢れる涙が止まらないようだ。
「ミミリちゃんは、物心ついた時から両親がいなかったんだなぁ。こんなに大きく、立派に育って……」
「わあああ、泣かせちゃってごめんなさい」
「ミミリのせいじゃないわよ、『人情屋』の特性だから放っておきなさい」
膝の上で手の指を組み、顔を俯かせながらミミリの話に静かに耳を傾けていたペラルゴは、なんだかひどく疲れたような顔を上げて、ミミリに質問した。
「さみしく、なかったかい……」
「はい、ちっとも!」
ミミリはペラルゴの疲れを吹き飛ばすくらいの満面の笑みを返してから、腕に抱くうさみに優しい視線を落とし、話を続ける。
「うさみもいてくれたし、アルヒもいてくれたし、それに今はゼラくんもいます。私はとっても、幸せです!」
「「ミミリ……」」
「そうか、よかった、本当によかった……」
ペラルゴは、自分のことのように喜びながら、先程まで汗を拭いていたハンカチで目頭に浮かぶ涙をそっと拭いた。
その様子を見たうさみはポツリと、
「そうか、この2人親子なのね」
と呟いた。
応接室の一同の様子を、少し離れた位置から見守るローデ。優秀な秘書、凛とした第一印象を与えるローデは、『人情屋の親子』2人へ、物憂げな眼差しを向けていた。
◆ ◆ ◆
「私たちに、何かできることがあるだろうか。先程は一方的に提案して、すまなかったね」
ミミリの境遇を知ってから、先程までは仕事口調だったペラルゴの話し方が、我が子に話すように和らかになった。
「俺にも協力させてくれ」
と言うバルディの涙は相変わらずだったが、ローデはミミリの話を聞き終わった後、先程見せてくれた『アザレアの街を経営難から救うために』という資料を何も言わずにそっと片付けてから、
「町長、まずは身分証を」
と、ペラルゴに助言をした。
ミミリはペラルゴたちの優しさが心に染み込んでくるようだった。ふと、隣に視線を向けてみると、先程まで警戒心から強張らせていたゼラの身体が少し緩んだようだった。
……お願い、してみようかな。我儘かもしれないけれど。
ミミリは少し躊躇いながらも、重たい口をゆっくり開く。
「あの、お願いがあるんです。アザレアの工房、もらってもいいですか?」
「「――! ミミリ?」」
「こちらとしては、願ってもない話なんだが、理由を教えてくれるかね?」
みんなの視線を一身に浴びるミミリはある人からの受け売りを披露した。
「あのね、私たち、この世界に来たばかりで、右も左もわからないでしょう? だからね、いろんなお仕事の依頼を引き受けて、依頼達成の報酬の代わりに情報をもらいたいなって思って」
「情報?」
「うん、なんでもいいの。錬金術の本のこと、錬成アイテムのこと。スズツリー=ソウタさんに繋がる情報なら、なんでも欲しいもの。それに、ママとパパの情報も」
「たしかに、そうね。手がかりとなるものは、1つでも多い方がいいわ。でもミミリ、よくそんなこと思いついたわね」
ミミリはうさみの褒め言葉に、クスリと微笑みながらうさみに言った。
「うん、くまゴロー先生がね、旅立ちの日にアドバイスをくれたんだよ」
「「「く、くまゴロー、先生?」」」
想像を掻き立てられる先生の名前に、思わずおうむ返ししてしまったペラルゴ一同。彼らの疑問をさらに深めたのは、ミミリの腕の中のうさみの言動。
「も、もう、過保護なんだからッ。もし、ダンジョンクリアが『忖度』だとか言われたら、どうする気なのかしら」
うさみはそう言いながらも、嬉しそうに両頬に手を添えて、しっぽをふるふると震わせていた。
◆ ◆ ◆
「1つ、ご提案差し上げてもよろしいでしょうか。ただ、こちらの利にもなってしまうため、ただの1案と捉えていただきたいのですが」
「ぜひ、聞かせてほしいわ」
軽く挙手するローデに、うさみはパーティーを代表して発言を促した。
「錬金術士の工房という魅力的な肩書きならば、無名の者が始める商店よりも、人々の興味を得やすいのではないかと推測できます。しかし、より質の高い情報を求めるのであれば、それなりの者からの依頼を受ける必要があると考えられます」
「そうね、そう思うわ」
「はい。高報酬の対価として求められるのは、高難易度の依頼ですから、遠方からでも自然と高難易度の依頼が舞い込み、質の高い情報を得られるようなサイクルを作り上げる必要があると思うのです」
ミミリは、ふんふん、と言いながら、【マジックバッグ】から出したメモ帳と【筆マメさんの愛用ペン】を出して必死にメモを取っている。
ゼラはいつの間にかミミリの所持品になっていた錬成アイテムを見て、くまゴロー先生の過保護っぷりを実感した。
「そこでご提案したいのです。工房の開店と並行して、冒険者ギルドに登録してみるのはいかがでしょうか」
「冒険者ギルド?」
「はい。冒険者ギルドでは常にたくさんの依頼を受け付けておりますので、たくさんの依頼をこなし、名声を集めるのはいかがでしょうか。冒険者の等級が上がればより高難易度の依頼が受けられます。実績を積み、その名を轟かせれば直接指名も入るはずです」
「説得力の高いプレゼンね」
「恐縮です」
ミミリもうさみも提案に好意的であることを横から見て感じたゼラ。ゼラも内心は同意していたが、話を聞きながら、心を鬼にして言わなければならないと決めたことがある。
また脳内に【マジックバッグ】のしゃがれ声が聞こえてくるだろうと予想したが、先程ミミリが釘を刺してくれた効果が発揮されて、予想は無事にはずれてくれた。
「1つ言わせてくれ。バルディたちは当初、街の営利目的で俺たちを囲いたかったっていうのがあるんだろ? 利益優先のために、故意に街に留めようとしたり、冒険を妨げるようなことをしないって約束してくれ。もし、ミミリとうさみに害をなすようなら、俺は……容赦しない」
ゼラは年配者を敬うことすら失念し、タメ口で話してしまう。ゼラの危機迫る物言いは、ミミリたちを想うがあまりのものであると理解したペラルゴ。ゼラの想いに応えるため、真摯に向き合い、固く誓った。
「町長としても、1人の男としても、約束しよう。ペラルゴ=アザレアは、君たちの害になることは一切しない」
「ありがとうございます」
バルディは、子どもたちだけで結成するパーティーを不安に思っていたが、意外にもそれぞれ芯がしっかりしていたので少し安心した。
「良かったよ、ミミリちゃんには、しっかり者の騎士様がついているんだな」
「あ、いや、そ、そんな、ナイ……」
「はい! ゼラくんは、しっかり者なんです」
ペラルゴ一同は、ゼラの「そこじゃない!」という残念そうな顔を見てクスリと笑った。
うさみはどこか既視感のあるこの光景に、抑えることが笑いを、抑えるつもりもなく声に出して笑った。
「うさみ、笑うなよなっ!」
ペラルゴは優しい眼差しをミミリたちに向けた後、「申し訳ないが予定が詰まっているようだから」と、ミミリたちの退席を促しつつ、バルディに1つ提案をする。
「バルディ、工房へ案内してあげたらどうだい。工房はすでに、ローデが開店準備まで済ませている」
バルディもミミリたちも、口を揃えてローデに言った。
「「「「さすがです、ローデさん!」」」」
「恐縮です」
◆ ◆ ◆
――その後の応接室にて。
ペラルゴはローデに心からの労いの言葉をかけていた。
「資料作成に工房の開店準備、スケジュール調整まで。一夜にして成し遂げてくれて、いつもすまないね。ローデ。眠れなかったろう?」
「大丈夫です。時差勤務とさせていただく予定ですから。この後、工房へ顔を出して諸々説明した後は、早上がりさせていただきますね」
「ぜひそうして欲しい」
「はい」
労いの言葉をかけられながらも、ペラルゴに温かい飲み物をそっと差し出すローデ。こういった心配りまでしてくれるローデに、ペラルゴは日頃から感謝するばかりだった。
「さて、ローデの頑張りに報いるために、ローデ抜きでも立派に仕事を務めねばならないな。立て続けで悪いが、詰まっているスケジュールを教えてくれないか」
「ありません」
「え?」
「勝手ながら、今日は一日休暇とさせていただきました。ごゆっくりお休みください、町長」
書類を整理しながら、ローデは凛と微笑んだ。
気がつけば、ペラルゴが目通しする予定だった書類の山は、決裁しやすいように分類されていた。
ペラルゴは、有能な秘書、ローデに今日も舌を巻く。
「さすがだね、ローデ」
「恐縮です」
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