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第1章 まだ見ぬ世界へ想いを馳せる君へ

1-3 採集作業に秘めた決意は

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 早朝の採集作業。雲の切れ間から覗く陽の光を手で遮って、澄んだ空気を肌で感じる。

「清々しいってこういうことだよね」

 ミミリは胸いっぱい深呼吸した。

「そうねぇ。それに、今日が採集日和でよかった~! 暑すぎず寒すぎず、晴れすぎず。美少女たちにとって日焼けは禁物だからね。ま、私はカラッと晴れてくれたほうが綿がふっくらして好きなんだけどね」

 うさみが言うように、今日は絶好の採集日和だ。ただのアイテム採集と侮ることなかれ、モンスター襲来の危険も伴い体力も要するため、天候も踏まえた行程管理が重要となる。

「川の付近まで行く予定なので天候が味方してくれて幸運でした。今日はミミリもいるので、常に探索魔法をお願いしますね」

 アルヒは先頭を歩きながら、意識を後ろに向けて指示を出した。

「りょーかい!」

 アルヒの後に続く小さな少女は、軽快に応じる。

「麦わら帽子被ってると、耳が見えないからうさみって小さな女の子にしか見えないよね。二足歩行だし」

 うさみの小さな後ろ姿を見ながら、ミミリはポツリとつぶやいた。

「聞ーこえーてるわーよー!」

 うさみは振り返り、見上げてキッとミミリを睨み…つけたというよりは、麦わら帽子の影からまんまるの黒いビー玉の目をキラリと光らせ、睨みを効かせたようだ、が正しいか。

「へへっ。ごめんなさーい」

「ミミリ、川に近づいたら決して警戒を怠らないようにしてくださいね」

 緩くなった雰囲気に、すかさずアルヒは釘を刺し、軽くミミリの方を見遣った。

「うん、わかったよ」

 ミミリたちの家は小高い丘の上にある。

 雨風から守るかのように、家の隣にそびえる大きな木からは、通年でメシュメルの実を採集することができる。
 太い幹の足元にはキレイな水を蓄えた井戸があり、薪木や採集アイテムを保管する小屋や、家庭菜園のための畑もある。
 家と庭を囲むように、木の柵が立てられ、柵の出入り口から続く緩やかな斜面にはミール草をはじめとする錬金術にも有用な草花がミミリの膝丈ほどの背丈で生い茂っている。 

 ミミリは青々としつつも甘い花の香りが漂うけもの道を、縫うように、そして足元を踏み固めながら歩いて行った。

 自然を感じるたびに胸は高鳴り、冒険心や探究心が湧き続け、緊張感もあいまって木のロッドを握る手にじんわりと汗をかき始めた。

 ……警戒はしなきゃいけない、わかってる。でも、冒険って楽しい。曇っているけど雲の隙間から空の青さを感じるし、陽の光を浴びている。今日こそは、しずく草を採集したい。そしたらアルヒ、喜んでくれるかな。

 ミミリの胸中は期待でいっぱいになった。

 ミミリはあまり外に出ることはない。
 外というと語弊があるが、家と庭の範囲外、木の柵を越えることはあまりない。

 見習い錬金術師のミミリにとって、採集作業は命の危険を伴うことがある。モンスターとエンカウントした際、一人で戦う術がまだミミリにはないからだ。
 ミミリが遠くまで足を伸ばしたい、と言えば二人は必ずついてきてくれるだろう。しかし、二人に迷惑と手間をかけてしまうことになる。
 そのため、ミミリは迷惑のかからない範囲で採集作業をすると決めている。モンスターと遭遇することが稀な採集場所限定、ということだ。

 誰かを守りながら戦うということは、ただ戦うよりもリスクを伴うことは想像するに容易い。なにより、大事な二人を自分のせいで危険に晒したくない。

 自然とミミリは、もっと遠くに行きたいという気持ちに自ら蓋をした。

 そして、蓋をしたのはもう一つ。

「そろそろ目的地ね。ミミリ、ここまでよく頑張って歩いたわね」
「うん、ありがとう。頑張った~!」

 緩やかな傾斜のけもの道を30分ほど降り、ミミリたちは漸(ようや)く川に辿り着いた。

 川は、ミミリたちの家を起点として半径徒歩30分くらいの間隔でグルリと円を描くように流れている。

 この川には川上も川下もない。水は上から下へ流れるもの、という自然の法則を無視してゆったりと循環するこの川には、錬金術が関係している、ということをアルヒから教わった。
 ミミリにとってアルヒは、母であり姉であり、錬金術の師でもある。

「この川を越えたら、モンスターがいるんだね」
「そうですね……。私たちは、川に守られていますから」

 ミミリは、4メートルほどの川幅の向こう岸を見据え、ゴクリと息を飲み込んだ。

 川を境に、驚くほど様相が異なる。まるで別世界だ。

 川向こうでは、錬金素材アイテムも採集することができる種類が格段に増すことはアルヒから学んでいる。

 見晴らしの良いこちら側とは正反対に、対岸は木が連なり森を成しているため、見通しが悪い。

 森は山陵に囲われ、所々剥き出しになった地層が見えるが、視線を遠くへ移すほど霧かなにかが原因なのか、部分的に白けて見える。対岸は近寄り難いが、ミミリは常々、飲み込まれそうな圧倒的な自然に気高さを感じていた。

 それはミミリの身の丈を超えているからそのように感じるのかもしれないが。

 ミミリたちの居住地域はぐるりと山陵に囲われていて、勾配もかなりきついため山陵を越えてくる者はいないと言われている。
 山陵の向こう側へ行きたければ、一箇所だけ地層に空いている空洞から「審判の関所」と呼ばれるダンジョンを通過する必要があるらしい。

 ミミリとの会話の最中、珍しく一拍置いた後にアルヒは続けて話し始めた。

「対岸には主にピギーウルフがいますね。素早いアタッカーか、手練れのタンクがいるパーティーでないと厳しいでしょう」

 今見える範囲にはモンスターはいない、けれど、いつ視界に入るかもわからない。

 見た目はまるで無害な子豚、しかし一度牙を剥けば獰猛な狼へと変貌するピギーウルフ。脚力を活かして首元に食らいつこうと迫ってくる、討伐難易度は決して低くはないモンスターだ。そして、錬金術の素材でもあり食糧でもある貴重な生き物。
 ミミリは遠目から見ただけでも足がすくんでしまう。

 今のミミリのパーティー、つまり、採集活動の際チームを組んで行動する者の集まりは、アルヒがアタッカー、うさみがアタッカー兼サポーター兼ヒーラー、ミミリは錬金アイテムを駆使して戦闘する見習い錬金術師である。

 うさみのあまりにもオールマイティな役回りには目を見張るものがあるが、戦闘に関してはアルヒに比肩する者はいないのではないか、とうさみは言う。

 アルヒの戦闘は見る者を常に魅了するだろう、と思われるほどに美しい。素早くしなやかな身のこなしで剣を振るう姿は、まるで、剣舞を舞う舞姫のようなのだ。

 タンクという、モンスターのヘイト、いわゆる敵対心を集めてモンスターの攻撃を一身に受け止め、防御力を生かしパーティーを安定させる役割を担う役職の不在をアルヒの攻撃力でカバーしていると言っても過言ではない。

 一方、ミミリは精々足を引っ張らないように身を守ることを頑張るのみで、パーティーに貢献しているとは言い難い。それでもなんとか成長したいと日々錬金術の練習に明け暮れてはいるものの、易々といくものではなかった。

 そんなミミリが対岸を見ると、やはり恐怖で足が震えてしまうのであった。

 ミミリの不安な気持ちを察してか、うさみが口に両手を当ててクスクスッと笑った。

「だいじょーぶよ、ミミリ! たまにこの川を越えてくる希少種がいるみたいだけどね。極々稀な話だし、希少種は個体数少ないはずだからまず群れでなしては来ないから。単体であれば私だけでも討伐できるし、そもそもアルヒがいつも巡回してくれてるからエンカウントすることなんてありえないレベルだけどね。なにより私たち、めちゃくちゃ強いから!」

 うさみはお茶目なジェスチャー付きで、胸を張って背中を反り、片手を胸にポンポンと当てて任せなさいポーズをしている。
 アルヒは微笑みながらも、周囲への感覚を研ぎ澄ましてくれている。

「そうだね。二人がいれば安心して採集作業できるよ。もちろん、警戒は怠らないようにするね」
「そうそう、その意気よん。リラックスリラックス~」
「警戒することは大事です。ですが、過度に怖がる必要はありません。私が必ず、貴方を守りますから」

 うさみが言うように、ゆったりと循環するこの川には、モンスターが嫌う成分が含まれているため、川を越えてくるモンスターはそうそういない。

 この成分は、錬金術の用語で「大賢者の涙」という。

 川には一箇所だけ対岸へ渡るための橋が架けてあるが、成分の効果もあってモンスターは橋を渡ってこようとしない。

 そもそも、希少種でもなければ、モンスターはこの川に近づくことすらあまりない。実際、この川を越えてきたモンスターは、ミミリが物心がついて以降はない。
 ゆえに、ミミリは採集作業をこの川の範囲内としてきた。

 今のミミリの実力では、この川を越えることはできない。
 けれど、いずれこの川を越えてまだ見ぬ世界を見てみたい。

 自ら蓋をしたこの気持ちをいずれ話せる日を迎えるためにも、そして、二人に心配をかけないためにも、自己研鑽を積む必要がある。

「まずは自分にできることから。よーし! 採集がんばるよっ!」

 ミミリは決意を胸に、しずく草を求め川の麓へ歩いて行った。そんなミミリを、二人は優しく、そして暖かく見守った。

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