魔獣の友

猫山知紀

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第10話 魔法

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 街を出たリディとニケの二人は街の近くの森へと向かい、その奥へと進んでいく。
 光が届かないというほどではないが、人の手の入っていない森は木々が鬱蒼うっそうと茂り、昼間でも薄暗さを感じる。
 リディとニケは、ニケを先頭に獣道をたどりながら森を分け入っていく、ニケは森の入口付近で拾った棒を手に持ち、獣道を遮る枝葉をビシビシと叩きながら、時に意味もなくブンブンと振りながら進んでいく。
 リディはそんなニケの後ろにつけながら、体の小さいニケが払わなかった邪魔になる枝葉を自分の剣で斬り払っていく。

そうしてしばらく歩を進めて、かなり森の奥へとやってきた。

「あ、ちょうどいい場所……」

 ニケの声に、リディはあたりをキョロキョロと見ていた視線をニケの先へと向ける。
 そこは森の中としては違和感があるほど開けた場所になっていた。リディの足でおよそ20歩といったところだろうか、そのぐらい円形に開けた広場となっている。
 ただし、その中心には他の木々の倍ほども高い巨木が立っており、まるで森の主と言わんばかりにその存在を主張している。

 ニケは巨木の近くに駆け寄ると幹に手を当て、その幹の伸びる先へと目を向ける。
 下からでは木自身の枝葉に遮られ、どこがてっぺんなのかはいまいちわからなかった。

「このあたりなら、いいかな?」

 木を見上げていたニケは、その後で視線を周囲を確認するように移動し、人の気配を特に感じないことを確認すると友達の魔獣たちを呼んでもよいかと、リディに意見を求めた。
 呼びかけられたリディは、ニケに意見を求められるとは思っておらず少し驚いたが、意見を聞いてくるぐらいには心を開いてくれたかと思うと少しうれしかった。

 リディもニケに倣いならい周囲の気配を確認してみる。
 森に入ってから結構な距離を歩いてきたし、歩いてきた道も人が整備したような道ではなく、ただの獣道だった。日常的に街の人がここまで来ているということはなさそうだった。
 気をつけるとしたら、たまたま魔獣退治や、薬草採取などの依頼を受けた冒険者が通りかかることだろうが、森は静けさを保ちその様子も今はなさそうだった。

「あぁ、人の気配も感じられないし、大丈夫そうだな」

 リディの返事を聞くと、ニケは少しにっこり(表情には出ないがリディはそう感じた)として巨木から少し離れた位置に立った。

「どうするんだ?彼らの場所がわかるのか?」

 様子を見るという目的でここへ来たのはいいが、リディは魔獣たちがどこにいるかを知らない。ニケはここまで迷いなく歩いてきていたので、何らかの方法でニケは魔獣の場所を知っているのかと思っていたが、ニケが足を止めたこの場所に魔獣はいない。どうやって様子を見るという目的を達成するのかがリディには疑問だった。

「ここに、呼ぶ……」

 そういうとニケは目を閉じて集中し始める。リディには体の周囲がぼんやりと青白く光っているように見え、魔力を滾らせているのを感じた。

 しばらくそうしていたニケは、突如カッと目を見開き、滾らたぎらせていた魔力を拡散させた。

 側にいたリディはその魔力に吹き飛ばされそうな『気がした』が、気がしただけで物理的な影響は何もなかった。突風が吹いたわけでもなく、体に衝撃が走ったわけでもなく。本当に何もなかったのである。
ただ、魔力が駆け抜けたことは感覚的に理解できた。

「うん、みんな近くに……いる」

体の力を抜きながらニケはそう呟いた。

「今ので彼らの場所がわかったのか?」

 ニケは『うん』と答えて、あっちとこっちとそっち、と三方向を指差した。
少し待てば彼らの方から来るとニケがいうので、リディとニケは広場で暇を潰しながら待つことにした。

「さっきの、何をやったんだ?」

 暇つぶしがてら、先程のニケの行動についてリディがニケに尋ねる。

「ケルベ達を呼んだだけ」
「それはわかってる。私が知りたいのは『どうやって』それをやっているのかを具体的にだ」

 リディはニケが魔獣達を呼んだ方法が気になっていた。先程の感覚的には魔力を使用したものであるということはわかるが、具体的に何をやったのかがわからない。

 リディ自身も魔力は使えるが、火を出したり、小さい雷を起こしたりと、攻撃的なことをメインに使用している。

 誰かと連絡をとったりとかそういう手段として使用したことはなかったし、そういう方法があるなら知りたいと思った。

「具体的に……」

 ニケはリディの質問に対して困ったような顔をして考え込んでいる。

「えっと、こうやって力を溜めてから体の外に一気にぶわって広げて……。そうするとなんとなくケルベ達の居場所がわかるから、そこに対して呼びかけてる……かな?」
「……なるほど」
「わかった?」
「わからん」

 ただ、ニケの説明でリディにわかったことが一つだけあった。ニケが今のやつを理屈ではなく、感覚でやっているということだ。
 何かしら体系的に習得したというのであれば、もう少しちゃんとした説明ができるはずだし、答え方が疑問形にもならないだろう。

「ニケは感覚で魔法を使うのだな」
「リディは、違うの?」
「私は王都の学校でちゃんと体系立てて習うことができたからな。きっとニケとは異なる魔法の使い方をしていると思う」
「体系立ててって……、どういう感じ?」

 魔法は人の体内を巡る魔力を変換して発生させる。
 魔力は全ての人に存在していると言われているが、個人差も大きい。
 この王国には獣人やエルフなど様々な種族がいるが、例えば獣人は魔法を使うのが不得手な者が多い傾向にある。
 しかし、魔力は人の身体能力のように訓練である程度向上させることも可能であり、リディの通っていた王都の学校では生徒全員が魔法の授業を受講していた。
 その授業の中で現在学説として提唱されている魔法の発動の仕組みや実際の使用法を座学と実技をもって習得するのだ。

「そうだな、例えば魔力を体内で練って、四元素に変換し、体外へ放出というのが基本的な魔法発動の過程だが、魔力を練るという手順の中にも『集魔しゅうま』『混魔こんま』『練魔れんま』という過程がある……とかそんな感じのやつだ」

 リディの話を聞いてもニケは全くピンと来なかったようで、呆けた顔をしている。
 発動過程を感覚でこなすというのは、魔力の高い人や、魔法が身近な種族や家庭の出身者にもままあることだ。

 ニケの生い立ちを考えれば、学校には通っていなかっただろうし、ニケの一族は『特殊』だったと言っていた。一族の中で魔法が口伝により伝わっている可能性もある。

 現状ニケは困ってはいないようだし、魔法を体系立てて学ばせるかは本人の希望次第と言ったところだろう。それはそれとして、魔法云々には関わらずニケを学校に放り込むのも面白いかも知れないとリディは思った。

「なに、現状ニケが魔法の使い方に困っていないのなら、どちらがいいも悪いもない。お前はお前のやりやすいように魔法を使えばいいさ」

 感覚で魔法を使うことが悪いことというではない、もちろん学校の授業で習う魔法の使い方は効率的だ、しかし逆に応用の効かず、習ったもの以外の魔法を使うのがむずかしくなるという問題もある。
 発想が習ったことで固められてしまうので、新しい魔法の使い方などを思いつくことが難しくなるのだ。
 事実リディはニケがやったような、近くにいない者と交信する魔法など学校では習わなかったし、使うことができるものも知らない。
 これはきっとニケのオリジナルの魔法なのだと思った。

「ケルベロス達を呼んだ魔法って、私に対しても使えるか?」
「やって……みる?」
「頼む」

 リディはニケから離れて少し森の中へ分け入ったところに立つと、目を閉じて集中してみた。

……

 しばらく経つが、何も起こらないし何も感じない。木々がカサカサと風でこすれる音だけが聞こえている。

 そうしていると不意に脇腹をつつかれた。

「うひゃ!?」

 目を開けて見るとニケからすぐそこに立っていた。
 曰く、魔法をやってみたけどいつまでもリディが戻って来ないので迎えにきたとのことだった。
 リディはニケからの交信を受け取ることができなかったようだ。

「お前の近くにいたときは、魔力を受けた感覚があったんだがなぁ」

 諦めきれないのか、リディはそんなことをぶつぶつと言っていた。
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