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第8話 噂
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露店でペンダントをもらった後、さらに町を散策してリディとニケは手頃な宿を見つけた。建物に年季は入っているが、部屋は他人との雑魚寝ではない二人部屋で値段も宿の質の割には手頃で、財布に優しい値段だった。
宿屋で宿泊の手続きを終え、リディとニケは酒場にやってきていた。
宿屋で食事ならこの酒場がいいと紹介されたのだ。
宿でも食事の提供はしているが、それを押しても紹介してくれたということは、それなりに美味いのだろう。あるいは宿屋と酒場が癒着しているかだ。
蝋燭の明かりのため酒場の中は仄暗いが、喧騒がその印象をかき消してくれる。
リディとニケは店員に案内され、酒場の壁際の席に陣取った。
「宿代が安くて助かったな。好きなだけ食っていいぞ」
「お金……足りる?」
「だいぶ余裕だから気にするな」
そう言ってリディは備え付けのメニューを手に取りテーブルへと広げた。向かいに座っているニケにも見えるようにメニューは90度傾けている。
メニューは主食になるようなものから、酒のつまみまで多種に渡っている。町の酒場としては十分すぎるぐらいだった。
「注文……任せていい?」
ニケはメニューをしばらく眺めていたが、不意にリディを見ると、そう口に出した。
「別にいいが、好きなものとかないのか?なんでも頼んでいいんだぞ」
リディがそう促してみるが、『どれがどういう料理かよくわからないから……』とのことでニケはメニュー選びを放棄した。酒場であまり食事をしたことがなく、何がいいのか自分でも判断できないようだった。
「そうか、じゃあ私の好きなものを頼ませてもらおう。お前も気に入るぞ、私はグルメだからな」
リディはそう言うとテーブルに広げていたメニューを両手に取り、改めてメニューを選び始める。
「ただの串焼きの魚を美味しいって言ってた……」
「馬鹿だなお前。あれは素材の味を楽しむっていうやつだ。それに、新鮮さに勝る調味料などないぞ?」
自身の経験からリディは採れたての食材が如何に美味しいかを切々と語った。
丁寧に調理されたものは確かに美味い。調味料が効き、素材の味、食感を引き立たせ、食の喜びを提供してくれる。
しかし、大半の食堂が『そうではない』のが現実だ。
調味料は古くなった素材をごまかすのに使用され、素材の味を引き立たせるどころか、殺すために使用されることもままある。
果たしてここの酒場はいかがかと、リディはそういう点も楽しみにしていた。
「適当に注文するから、気に入った料理があれば名前を覚えておけよ」
「……どうして?」
「次行った店で、同じものが注文できるだろ。すみませーん」
リディは騒がしい中でもよく通る声で店員を呼ぶと、前菜となるサラダやメインの肉料理など5、6品の料理と果実のジュースを注文した。
注文した料理を待っている間、手持ち無沙汰な二人は店内の様子を観察していた。
商人、冒険者、役人など会話からの推測だが多種多様な職種の人たちが、それぞれ会話に花を咲かせている。
内容は様々だ、いい話も悪い話も……。
「国王がいなくなってもう12年。この先どうなっていくのかねぇ」
「王女様がいるだろ?」
「王女様ってまだ12歳だろ?そんな子供に何ができるんだよ。王位継承も議会が承認しねぇって話だし」
王家の話が聞こえたとき、リディがピクリと反応する。
近くの席の二人組の会話だった。一人は少し小柄な茶色い髪の男、もうひとりは一人はスキンヘッドの大きな男だ。服装からおそらく冒険者であろうことが見て取れる。
リディ達が暮らすこの国は王政だ。王都を首都とし、王城に住まう国王を元首として治世が行われてきた。
しかし、12年前のある日、突然の崩御が国民に伝えられ。以来12年間この国は国王不在となっている。
国王の死の詳細について、王議会からは説明がなかったため、結局国民が死の原因を知ることはなかった。
当時国王は三十代、寿命で亡くなる歳ではなかったし、国民の間では事故と考えているものもいるが、大半の国民は王が暗殺されたものと思っている。王議員の誰かに……。
「はー、この国も俺の人生もお先真っ暗だぜ。なんかいい話はねーのか?」
「悪い話ならあるぞ」
「いい話だっつってんだろ!」
空気を読まないスキンヘッドの男の発言に、茶髪の方が声を荒げる。
「んで?悪い話ってなんなんだ?」
「何だ、聞くのか?」
「そんな切り出し方されたら気になるだろうが!」
いちいち声が大きいなと思いながらリディは耳をそばだてる。彼らが王家の話をしていたこともあり、悪い話と前置きされた話の内容が気になったのだ。今は王都を離れている身だが、王家に仇なすものがいるのであれば、捨て置くわけにはいかなくなる。
「まぁ、俺も噂で聞いただけなんだが……。北の方の村がここ最近でいくつかなくなっているって話だ」
(!?)
リディは思わず立ち上がりそうになるが、すんでのところでこらえる。まだ話を聞き終わっていない。男に話しかけるにしても彼が全部話してからでいい。
「村がなくなってる?」
「あぁ、北の方には地図にも載らないような小さい村がいくつもあるだろ?そんな村のいくつかが破壊されてるんだと」
「北って、やたらとでかい魔獣がごろごろいるんだろ?その魔獣に襲われたってのか?」
「いや、何に襲われたかってのは、まだわかってない感じだった。ただ……」
「ただ?」
スキンヘッドの男が言うには、ここ数ヶ月で新しく破壊された村が見つかった。その村をたまたま訪れた冒険者が最初の発見者だった。
村の破壊された跡はまだ新しく、破壊されてから長くても一日は経っていない感じだった。冒険者の男は生存者がいないか恐る恐る村を周ってみたが、生存者はゼロ。
いや、正確には異なる。見つかった遺体もゼロだったからだ。生存者がいるのか、村人全員殺されたのか判別がつかない状態だった。
破壊された村の建物は多くが焼け焦げていた。そのことからおそらく襲ったモノが炎を使うものだったことはわかる。ただし、破壊されてから数時間は経過しているのに小さくなりながらも燻る炎は、ひどく異常だった。なぜなら……。
「――黒い炎だったからだ」
スキンヘッドの男の言葉に、茶髪の冒険者が息を飲む。
「それってあれか?昔話に出てくる竜が村を襲っているって話か?」
「さぁな、そこまではわからん。言ったろ?俺も噂で聞いただけだって。黒い炎なんて嘘かも知れないし、そもそも村が破壊されてるっていう話も嘘かも知れん」
「なんだよ、それ」
「だから、噂話なのさ。人間『わからない』っていう状態が一番怖いもんさ。自分で想像力を働かせちまうからな。ま、暇つぶしにはなったろ?」
「まぁな。……ここでの仕事が終わったら、今度は南の方に行ってみるか」
「何だ、ビビったのか?」
「うっせ、念の為だ、念の為!」
二人組はしばらくそんな言い合いをしてから、会計を済ませ店から出ていった。
そして二人を見送ったリディとニケがひっそりと言葉を交わす。
「ニケ、お前黒き竜を探してると言っていたな」
「うん」
「あの二人の話、手がかりになるかもしれないぞ。この先向かうべきは北、だな」
二人がそう決めた頃合いを見計らってか、店員が注文した品々を持ってくる。
味はリディの好みからすると少し濃い目だったが、肉体労働をして汗をかいた後には丁度いい味付けだ。客にその手の者も多いようだし、これは仕方ないだろう。それを差し引いても十分に美味しかった。
二人は注文した品々をすべて平らげた。ニケは結局好物を口には出さなかったが、味付けしたコメを薄く焼いた卵で包んだオムライスがお気に入りだったようだ。
他は大体リディとニケで等分ぐらいの量を食べたが、それだけは8:2ぐらいの割合でニケが多く食べていた。本人がそのことに気付いていたかはわからないが、そんな様子をリディは目を細めて見つめていた。
宿に戻ると、宿の主人に美味い店を教えてくれた礼を告げ、部屋に戻ったリディとニケは床についた。
リディにとっては2日ぶりの、ニケにとっては初めての宿だ。自覚なく疲れていたのか、横になると二人ともすぐに眠りに落ちた――。
宿屋で宿泊の手続きを終え、リディとニケは酒場にやってきていた。
宿屋で食事ならこの酒場がいいと紹介されたのだ。
宿でも食事の提供はしているが、それを押しても紹介してくれたということは、それなりに美味いのだろう。あるいは宿屋と酒場が癒着しているかだ。
蝋燭の明かりのため酒場の中は仄暗いが、喧騒がその印象をかき消してくれる。
リディとニケは店員に案内され、酒場の壁際の席に陣取った。
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「お金……足りる?」
「だいぶ余裕だから気にするな」
そう言ってリディは備え付けのメニューを手に取りテーブルへと広げた。向かいに座っているニケにも見えるようにメニューは90度傾けている。
メニューは主食になるようなものから、酒のつまみまで多種に渡っている。町の酒場としては十分すぎるぐらいだった。
「注文……任せていい?」
ニケはメニューをしばらく眺めていたが、不意にリディを見ると、そう口に出した。
「別にいいが、好きなものとかないのか?なんでも頼んでいいんだぞ」
リディがそう促してみるが、『どれがどういう料理かよくわからないから……』とのことでニケはメニュー選びを放棄した。酒場であまり食事をしたことがなく、何がいいのか自分でも判断できないようだった。
「そうか、じゃあ私の好きなものを頼ませてもらおう。お前も気に入るぞ、私はグルメだからな」
リディはそう言うとテーブルに広げていたメニューを両手に取り、改めてメニューを選び始める。
「ただの串焼きの魚を美味しいって言ってた……」
「馬鹿だなお前。あれは素材の味を楽しむっていうやつだ。それに、新鮮さに勝る調味料などないぞ?」
自身の経験からリディは採れたての食材が如何に美味しいかを切々と語った。
丁寧に調理されたものは確かに美味い。調味料が効き、素材の味、食感を引き立たせ、食の喜びを提供してくれる。
しかし、大半の食堂が『そうではない』のが現実だ。
調味料は古くなった素材をごまかすのに使用され、素材の味を引き立たせるどころか、殺すために使用されることもままある。
果たしてここの酒場はいかがかと、リディはそういう点も楽しみにしていた。
「適当に注文するから、気に入った料理があれば名前を覚えておけよ」
「……どうして?」
「次行った店で、同じものが注文できるだろ。すみませーん」
リディは騒がしい中でもよく通る声で店員を呼ぶと、前菜となるサラダやメインの肉料理など5、6品の料理と果実のジュースを注文した。
注文した料理を待っている間、手持ち無沙汰な二人は店内の様子を観察していた。
商人、冒険者、役人など会話からの推測だが多種多様な職種の人たちが、それぞれ会話に花を咲かせている。
内容は様々だ、いい話も悪い話も……。
「国王がいなくなってもう12年。この先どうなっていくのかねぇ」
「王女様がいるだろ?」
「王女様ってまだ12歳だろ?そんな子供に何ができるんだよ。王位継承も議会が承認しねぇって話だし」
王家の話が聞こえたとき、リディがピクリと反応する。
近くの席の二人組の会話だった。一人は少し小柄な茶色い髪の男、もうひとりは一人はスキンヘッドの大きな男だ。服装からおそらく冒険者であろうことが見て取れる。
リディ達が暮らすこの国は王政だ。王都を首都とし、王城に住まう国王を元首として治世が行われてきた。
しかし、12年前のある日、突然の崩御が国民に伝えられ。以来12年間この国は国王不在となっている。
国王の死の詳細について、王議会からは説明がなかったため、結局国民が死の原因を知ることはなかった。
当時国王は三十代、寿命で亡くなる歳ではなかったし、国民の間では事故と考えているものもいるが、大半の国民は王が暗殺されたものと思っている。王議員の誰かに……。
「はー、この国も俺の人生もお先真っ暗だぜ。なんかいい話はねーのか?」
「悪い話ならあるぞ」
「いい話だっつってんだろ!」
空気を読まないスキンヘッドの男の発言に、茶髪の方が声を荒げる。
「んで?悪い話ってなんなんだ?」
「何だ、聞くのか?」
「そんな切り出し方されたら気になるだろうが!」
いちいち声が大きいなと思いながらリディは耳をそばだてる。彼らが王家の話をしていたこともあり、悪い話と前置きされた話の内容が気になったのだ。今は王都を離れている身だが、王家に仇なすものがいるのであれば、捨て置くわけにはいかなくなる。
「まぁ、俺も噂で聞いただけなんだが……。北の方の村がここ最近でいくつかなくなっているって話だ」
(!?)
リディは思わず立ち上がりそうになるが、すんでのところでこらえる。まだ話を聞き終わっていない。男に話しかけるにしても彼が全部話してからでいい。
「村がなくなってる?」
「あぁ、北の方には地図にも載らないような小さい村がいくつもあるだろ?そんな村のいくつかが破壊されてるんだと」
「北って、やたらとでかい魔獣がごろごろいるんだろ?その魔獣に襲われたってのか?」
「いや、何に襲われたかってのは、まだわかってない感じだった。ただ……」
「ただ?」
スキンヘッドの男が言うには、ここ数ヶ月で新しく破壊された村が見つかった。その村をたまたま訪れた冒険者が最初の発見者だった。
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いや、正確には異なる。見つかった遺体もゼロだったからだ。生存者がいるのか、村人全員殺されたのか判別がつかない状態だった。
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「――黒い炎だったからだ」
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「何だ、ビビったのか?」
「うっせ、念の為だ、念の為!」
二人組はしばらくそんな言い合いをしてから、会計を済ませ店から出ていった。
そして二人を見送ったリディとニケがひっそりと言葉を交わす。
「ニケ、お前黒き竜を探してると言っていたな」
「うん」
「あの二人の話、手がかりになるかもしれないぞ。この先向かうべきは北、だな」
二人がそう決めた頃合いを見計らってか、店員が注文した品々を持ってくる。
味はリディの好みからすると少し濃い目だったが、肉体労働をして汗をかいた後には丁度いい味付けだ。客にその手の者も多いようだし、これは仕方ないだろう。それを差し引いても十分に美味しかった。
二人は注文した品々をすべて平らげた。ニケは結局好物を口には出さなかったが、味付けしたコメを薄く焼いた卵で包んだオムライスがお気に入りだったようだ。
他は大体リディとニケで等分ぐらいの量を食べたが、それだけは8:2ぐらいの割合でニケが多く食べていた。本人がそのことに気付いていたかはわからないが、そんな様子をリディは目を細めて見つめていた。
宿に戻ると、宿の主人に美味い店を教えてくれた礼を告げ、部屋に戻ったリディとニケは床についた。
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