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第三部:第三十四章 背負う責任

(四)第一報③

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 翌日、第一騎士団のラーソルバール宛に、ジャハネートからの封書が届いており、受付で挨拶をした際に手渡された。
 前日の件だと分かっていたので、即時に開封して貰い、人通りの少ない場所へ移動すると、壁に寄りかかって手紙を取り出した。
 そこに記載されていたのは、二点。
 ひとつ目が軍務省本部でも離反者が出ないよう管理を行っているが、ラーソルバールの指摘した部分についても、類似の観点での調査が開始したばかりだったこと。ふたつ目がその調査については、当然秘密裏に行っていて、騎士団長にすら話が降りてきていないので口外しないこと、だった。
 ジャハネートの言う通り、今からで万全を期すのは無理だろう。とはいえ、何もしないよりは良い。不安が無いと言えば嘘になるが、今はその結果に期待するしかないだろう。
 ひとつ、大きく吐息をしてから手紙をたたむと、封筒に戻す。
 同じ小隊の人間にすら見せる訳にはいかないので、封書を鞄の奥にしまい込むと、第十七小隊の執務室へ向かう。
「おはよう、ラーソル!」
 執務室の手前まで来たところで、呼び止められた。その耳に馴染んだ声に、波立っていた心が落ち着く。
「おはよう、シェラ」
「ラーソルにしたら早いね」
 騎士学校時代の朝の弱さを知っているだけに、シェラはからかうように言って笑った。
「学生気分でやってられないからね……」
「それはその通りなんだけど……」
 シェラはそこまで言うと、ラーソルバールに半歩寄ってから、耳元に口を近づける。
「……なんか、隊長と上手くいってないって聞いたけど、大丈夫?」
 どこかでその事を耳にしたのだろう。小声で囁く言葉に、シェラの優しさを感じた。
「ありがとう、今の所は大丈夫……。心配掛けてごめんね。それよりも……」
「なに?」
 ラーソルバールは言いかけて止めた。
 戦争が直近に迫ってきていると、今伝えてどうするか。秘密事項と言われているし、不必要に彼女を動揺させるだけではないだろうか。
 昨年のうちに既にエラゼルと共にその可能性が高い事は告げてあるので、彼女も覚悟は出来ているのだろうが。
「ううん、何でもない。ごめん、私の勘違い」
「……そう。無理しないでね」
 シェラは優しく微笑みながら手を振り、自身の執務室へと去っていった。

 そして、四月二十五日。騎士団本部に届けられた報に、騎士達は騒然とした。
 音声覚醒の魔法を付与された伝信管を通り、各所に声が響き渡る。
『レンドバール王国の軍勢が、我が国に侵攻する構えあり、騎士団所属の各員は準備怠り無きように。また糧食や、兵装や補給物資については事前準備が整っている。各々自らの職務を遂行されたし』
 ああ、遂に。
 ラーソルバールは嘆息し、天を仰いだ。

 懸念ですむ程度なら、間違いなら良かった。だが、現実は甘くなかった。準備は万端だと言うがどこまでできているのか。
 今回の戦争は遅かれ早かれ、必ず起きると分かっていただけに、隣国どころか国内の商工業関係者にも気取られる事なく、裏でひっそりと準備ができたのだろう。その影には軍務大臣ナスターク侯爵や、商工大臣フェスバルハ伯爵、そして宰相メッサーハイト公爵らの苦労が有ったに違いない。
 だが、肝心の騎士団はどうか。平穏にあぐらをかき、怠惰な生活を行って来なかっただろうか。常備兵はともかく、予備役はどうなのか。

「第五中隊は第二執務室へ集合せよ」
 伝言管の音声が止むのを待っていたかのように、訓練場に大きな声が響いた。訓練を行っていた第十七小隊も急いで汗を拭い、第二執務室へ走る。
 ラーソルバールらが到着した頃には、部屋には既に十数名の騎士達が集まっていた。
「先程、幹部会が行われ、説明があったので、皆に伝える」
 全員が集まり、扉が閉まったことを確認すると、ヴェイス一月官が口を開いた。
 中隊の構成員は約百二十名。四小隊、計三十余名が騎士団所属で、残り百名近くが国の管轄する一般兵や予備役、または傭兵によって構成される。この時点で召集をかければ、予備役や一般兵も数日で集まるだろうか。
「レンドバール王国から、軍が進発するのは早くて五日後。我々第二騎士団は、カラール砦にて敵軍を迎え撃つべく、四日後に王都を発つ。すぐに編成できる兵は出発前に合流するが、遅れて編成される予備役兵や傭兵は、砦に着いてからとなる。また今回は第二、第四、第六、第八騎士団、総勢約二万をもっての防衛戦となる」
 ヴェイスの言葉に青ざめる小隊員の横顔を見つつ、ラーソルバールは剣を手にする意味と責任の重さとを痛感させられたのだった。
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