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第二部:第三十三章 その手に掴むのは

(四)羽ばたくとき③

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 式場を後にしてから寮へと戻る通路には、一年生の作った仕掛けが多々設置されており、卒業生の気分を和ませるのに役立った。泣き顔に覆われていた者が笑顔を取り戻す一助になるなど、例年行われてきたこの悪戯だが、その意義を身をもって知る事になった訳である。

 そして寮の自室に戻れば、小さな荷物だけが部屋の主の帰りを待っていた。
 卒業式前に、寮の荷物を最小限にするよう決められていたので、あとはその荷物を持って自宅に帰るだけ、となっている。大荷物を運び込んだ入寮日の事を思えば、微々たる量だと言って良い。
 寮を離れるこの瞬間が、ほぼ毎日顔を合わせていた友たちとの別れの瞬間である。騎士になる者達とは、団が違えばどの程度合えるのかは分からない。
 ラーソルバールが寮の入り口でうつむいていると、エラゼルがやってきて笑われたた。
「なにも、会えなくなる訳でもないのだから、深刻な顔をする必要は無いだろう? とりあえずは皆が王都に居るのだし、休日だろうが夜だろうが、都合がつく時に会えば良いのだ……」
「そうなんだけどさ……。ほとんど毎日顔を合わせて、一緒に食事をしていた仲間だからね」
「うん……そう思うと寂しいね」
 どこから話を聞いていたのか、シェラがやってきて寂しそうな顔をする。と、その瞬間に何かを思い出したように表情を一変させ、手を叩いた。
「あ、そうだ、フォルテシアはお父さんと住むって言ってたから、あとで住所を聞かないとね」
「忘れずに聞かぬとな。父君にもお世話になったし、後で御挨拶はしておきたいな」
 平民出身であるフォルテシアとその父だが、友人である以上は礼節は欠かさない。公爵家という高位の貴族でありながら稀有な存在だと、ラーソルバールは思っている。
「さあ、みんなが揃ったら、ここで一旦お別れだね」
 シェラが切り出した言葉に寂しさを覚え、きゅっと唇を噛む。
「終わりじゃないよ……」
「当たり前だ、終わりでなどあるものか……」
 式が終わり、騎士学校の仲間であることはここで終わっても、友人であることが終わるわけではない。感傷的になりそうな心を抑えつつ、三人は無理矢理笑顔を作る。
 そして最後に全員が揃うと、最後に一斉に「また会おう!」と叫んで寮を後にした。

 卒業式を終えて数日後。ラーソルバールのもとに二通の封書が届けられた。
 一通は軍務省から通常の郵便で、もう一通は王宮からの特使からの手渡しだった。
 軍務省からの封書は、騎士団への配属決定の通知。そして王宮からの封書は、ラーソルバールが期待した方の物ではなかった。
 期待したのは、王太子の婚約者決定の通知。勿論、婚約者はエラゼルで、自らは候補者から外れて晴れて自由の身、という内容を想定して開封したのだが、中に入っていたのは領地が正式決定したという通達と領地の委任状であった。とはいえ、決定した領地が要望した通り、イスマイア地区東部だったので、それはそれとして安堵できる内容だったと言って良い。
「悪い知らせですか?」
 王宮からの封書を手にしたまま、やや落胆している様子を見かねたエレノールが声をかけてきた。
「ううん、の中身じゃなかったから。領地決定の通知で、決して悪い知らせじゃないです」
 ラーソルバールは苦笑いで答える。
 その意図を察したようで、エレノールも悪戯っぽくと笑うと「じゃあ、まだ王妃様になる可能性はあるってことですね」と茶化した。
「もう!」
 エレノールの尻を平手で叩くと、ラーソルバールは拗ねたように頬を膨らませ、顔を背けた。
 その仕草に目を細めつつ、エレノールは恭しく頭を下げる。
「さあ、お嬢様……いえ、御主人様。いよいよこれからですね!」
「あ……、ご主人様は止めて……」
「では、何とお呼びすれば?」
 少々困ったようにエレノールは首を傾げる。
「みんなと同じように、愛称で……ラーソルで良いです」
 そういえば頑なに愛称呼びしない友も一人居るな、と顔を思い浮かべた。
「分かりました、ラーソル様!」
 何だかしっくり来ないような気がして、眉間にしわを寄せ頭を掻く。それでもそのうち慣れるだろうかと思いなおし、エレノールに笑顔を向けた。
「はい、よろしくね、エレノールさん!」
 学生だった日々は終わりを告げた。これからは騎士として、領主としての生活が始まる。前者は嬉しいが、後者は憂鬱で悩みの種と言っても良い。それでも、責任からは逃れることは出来ない。
「さあ、みんなに負けないように頑張りますか!」
 拳を天に突き上げ、青い空を仰いだ。
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