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第二部:第三十三章 その手に掴むのは
(四)羽ばたくとき①
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(四)
一年前は送り出す側だった。そして悲劇の舞台でもあった。
今年は送り出される側。そこが劇的な舞台であって欲しいとは思わない。
「昨年の動乱による死者への黙祷を!」
式場に響く声。全員が揃い、式の開始を告げる前に黙祷を捧げる時間が設けられていた。
ラーソルバールは左の拳を胸にあて、瞳を閉じる。
前年、その現場に居た二年生は、ラーソルバールと同じように、様々な思いを抱えつつ静かに祈りを捧げる。捧げる祈りが、騎士になる直前に散っていった者達への鎮魂となるのか、それは誰にも分からない。
今も、あの日に夢を断たれ散っていった先輩の、合同演習で輝いていた姿が目に浮かぶ。そして信じていたものを失った、悲しい出来事が胸を締め付ける。
あの日をもう一度やり直せるのならと、何度思った事か。決して戻ることの無い時の流れを恨み、自らの愚かさを悔やんだ。
「黙祷終了……」
瞳を開け、視線を上げて前を向く。静まり返ったままの会場が、なぜか心を締め付ける。
あの時、気付いていれば。もっと早く動いていたならば。きっともう少し、ほんの少し手を伸ばせば何かが変わっていたのかもしれない。悔しさに唇を噛み、拳を地面に叩き付けた事もある。
自分は英雄なんかじゃない、聖女などと呼ばれるような清い人間ではない。何も出来なかった、消えゆく命を救えなかった、ただの愚かな人間だ。英雄などと称えられるより、聖女などと崇められるより、あの日失ったものを取り戻したい。
ともすれば、堕ちて消えそうになる自分を救ってくれたのは大事な友。
ふと、隣に立つエラゼルが周囲に気付かれぬよう、ラーソルバールの手に自らの手を添えた。今はこの温もりが素直に有り難い。そうだ、この優しい手に引き上げられなければ、自分はどうなっていたか。
幾多の苦難を共に乗り越えてきた友に、感謝するように「ありがとう」の気持ちを込めて、その手をしっかりと握った。
式場となる大講堂には一年前と同じように、来賓には宰相のメッサーハイト公爵と軍務大臣のナスターク侯爵の姿がある。他には第一騎士団のサンドワーズと、第八騎士団長のジャハネートの姿が有った。
「あれ、ジャハネート様って、この前お会いした時に、今年は来賓として呼ばれていないって仰ってなかった?」
「誰かの代理か、……いや、案外と我がまま言って変わって貰ったのかもしれないな……」
ラーソルバールはエラゼルと二人で小声で話す。
「あの方、実は式典嫌いだっていう噂じゃなかった?」
「どういう風の吹き回しだろうな……」
来賓として呼ばれていないと言った時の不満げな顔から想定するに、実は出たかったであろう事は想像に難くない。だが何が理由で、と考えたところで、実は答えは単純なのではないかと気付いた。
「もしかして、私達を祝ってくれたいだけ?」
「多分……な」
決して少なく無い接点を持った者達への、ジャハネートなりの気遣いだと分かって、二人は笑いを必死に押し殺した。
司会に合わせて、校長がゆっくりと登壇し、生徒達に会釈をする。
「二年生の皆さんは本日をもって卒業となります。色々と外的要因で順調さを欠いた二年間だったと思いますが、その分、得られた経験も多かったのではないでしょうか。国民の皆さんにとって、騎士とはどういう存在なのか、という事を知ることも出来たのではないでしょうか」
生徒達は誰も声を発する事無く、直立したまま校長の話に耳を傾ける。自分達が歩んできた二年間という月日を思い出しながら。
「思い返せば丁度一年前の悲劇から、例年と違って危険を伴う課外実習を行っていただきました。その過程で大きな怪我をした方もいると聞いています。ですが、その働きが有ったからこそ、国内の平穏をいち早く取り戻すことが出来たのだと、校長として誇らしく思えます。地震に際しても、皆さんの迅速な対応が王都の皆さんにとってどれだけ心の支えになった事でしょうか。そんな皆さんが、無事にこの学校を巣立ち、羽ばたく事を、嬉しく思います。皆さん、おめでとうございます。これから、また国のため、国民のため、その剣を槍を斧を魔法を存分に役立ててください」
校長は、ゆっくりと頭を下げると、生徒達が一斉に敬礼を返す。校長が再び頭を上げた時には、その目に僅かに涙を滲ませていた。
一年前は送り出す側だった。そして悲劇の舞台でもあった。
今年は送り出される側。そこが劇的な舞台であって欲しいとは思わない。
「昨年の動乱による死者への黙祷を!」
式場に響く声。全員が揃い、式の開始を告げる前に黙祷を捧げる時間が設けられていた。
ラーソルバールは左の拳を胸にあて、瞳を閉じる。
前年、その現場に居た二年生は、ラーソルバールと同じように、様々な思いを抱えつつ静かに祈りを捧げる。捧げる祈りが、騎士になる直前に散っていった者達への鎮魂となるのか、それは誰にも分からない。
今も、あの日に夢を断たれ散っていった先輩の、合同演習で輝いていた姿が目に浮かぶ。そして信じていたものを失った、悲しい出来事が胸を締め付ける。
あの日をもう一度やり直せるのならと、何度思った事か。決して戻ることの無い時の流れを恨み、自らの愚かさを悔やんだ。
「黙祷終了……」
瞳を開け、視線を上げて前を向く。静まり返ったままの会場が、なぜか心を締め付ける。
あの時、気付いていれば。もっと早く動いていたならば。きっともう少し、ほんの少し手を伸ばせば何かが変わっていたのかもしれない。悔しさに唇を噛み、拳を地面に叩き付けた事もある。
自分は英雄なんかじゃない、聖女などと呼ばれるような清い人間ではない。何も出来なかった、消えゆく命を救えなかった、ただの愚かな人間だ。英雄などと称えられるより、聖女などと崇められるより、あの日失ったものを取り戻したい。
ともすれば、堕ちて消えそうになる自分を救ってくれたのは大事な友。
ふと、隣に立つエラゼルが周囲に気付かれぬよう、ラーソルバールの手に自らの手を添えた。今はこの温もりが素直に有り難い。そうだ、この優しい手に引き上げられなければ、自分はどうなっていたか。
幾多の苦難を共に乗り越えてきた友に、感謝するように「ありがとう」の気持ちを込めて、その手をしっかりと握った。
式場となる大講堂には一年前と同じように、来賓には宰相のメッサーハイト公爵と軍務大臣のナスターク侯爵の姿がある。他には第一騎士団のサンドワーズと、第八騎士団長のジャハネートの姿が有った。
「あれ、ジャハネート様って、この前お会いした時に、今年は来賓として呼ばれていないって仰ってなかった?」
「誰かの代理か、……いや、案外と我がまま言って変わって貰ったのかもしれないな……」
ラーソルバールはエラゼルと二人で小声で話す。
「あの方、実は式典嫌いだっていう噂じゃなかった?」
「どういう風の吹き回しだろうな……」
来賓として呼ばれていないと言った時の不満げな顔から想定するに、実は出たかったであろう事は想像に難くない。だが何が理由で、と考えたところで、実は答えは単純なのではないかと気付いた。
「もしかして、私達を祝ってくれたいだけ?」
「多分……な」
決して少なく無い接点を持った者達への、ジャハネートなりの気遣いだと分かって、二人は笑いを必死に押し殺した。
司会に合わせて、校長がゆっくりと登壇し、生徒達に会釈をする。
「二年生の皆さんは本日をもって卒業となります。色々と外的要因で順調さを欠いた二年間だったと思いますが、その分、得られた経験も多かったのではないでしょうか。国民の皆さんにとって、騎士とはどういう存在なのか、という事を知ることも出来たのではないでしょうか」
生徒達は誰も声を発する事無く、直立したまま校長の話に耳を傾ける。自分達が歩んできた二年間という月日を思い出しながら。
「思い返せば丁度一年前の悲劇から、例年と違って危険を伴う課外実習を行っていただきました。その過程で大きな怪我をした方もいると聞いています。ですが、その働きが有ったからこそ、国内の平穏をいち早く取り戻すことが出来たのだと、校長として誇らしく思えます。地震に際しても、皆さんの迅速な対応が王都の皆さんにとってどれだけ心の支えになった事でしょうか。そんな皆さんが、無事にこの学校を巣立ち、羽ばたく事を、嬉しく思います。皆さん、おめでとうございます。これから、また国のため、国民のため、その剣を槍を斧を魔法を存分に役立ててください」
校長は、ゆっくりと頭を下げると、生徒達が一斉に敬礼を返す。校長が再び頭を上げた時には、その目に僅かに涙を滲ませていた。
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