上 下
397 / 439
第二部:第三十三章 その手に掴むのは

(四)羽ばたくとき①

しおりを挟む
(四)

 一年前は送り出す側だった。そして悲劇の舞台でもあった。
 今年は送り出される側。そこが劇的な舞台であって欲しいとは思わない。
「昨年の動乱による死者への黙祷を!」
 式場に響く声。全員が揃い、式の開始を告げる前に黙祷を捧げる時間が設けられていた。
 ラーソルバールは左の拳を胸にあて、瞳を閉じる。
 前年、その現場に居た二年生は、ラーソルバールと同じように、様々な思いを抱えつつ静かに祈りを捧げる。捧げる祈りが、騎士になる直前に散っていった者達への鎮魂となるのか、それは誰にも分からない。
 今も、あの日に夢を断たれ散っていった先輩の、合同演習で輝いていた姿が目に浮かぶ。そして信じていたものを失った、悲しい出来事が胸を締め付ける。
 あの日をもう一度やり直せるのならと、何度思った事か。決して戻ることの無い時の流れを恨み、自らの愚かさを悔やんだ。

「黙祷終了……」
 瞳を開け、視線を上げて前を向く。静まり返ったままの会場が、なぜか心を締め付ける。
 あの時、気付いていれば。もっと早く動いていたならば。きっともう少し、ほんの少し手を伸ばせば何かが変わっていたのかもしれない。悔しさに唇を噛み、拳を地面に叩き付けた事もある。
 自分は英雄なんかじゃない、聖女などと呼ばれるような清い人間ではない。何も出来なかった、消えゆく命を救えなかった、ただの愚かな人間だ。英雄などと称えられるより、聖女などと崇められるより、あの日失ったものを取り戻したい。
 ともすれば、堕ちて消えそうになる自分を救ってくれたのは大事な友。
 ふと、隣に立つエラゼルが周囲に気付かれぬよう、ラーソルバールの手に自らの手を添えた。今はこの温もりが素直に有り難い。そうだ、この優しい手に引き上げられなければ、自分はどうなっていたか。
 幾多の苦難を共に乗り越えてきた友に、感謝するように「ありがとう」の気持ちを込めて、その手をしっかりと握った。

 式場となる大講堂には一年前と同じように、来賓には宰相のメッサーハイト公爵と軍務大臣のナスターク侯爵の姿がある。他には第一騎士団のサンドワーズと、第八騎士団長のジャハネートの姿が有った。
「あれ、ジャハネート様って、この前お会いした時に、今年は来賓として呼ばれていないって仰ってなかった?」
「誰かの代理か、……いや、案外と我がまま言って変わって貰ったのかもしれないな……」
 ラーソルバールはエラゼルと二人で小声で話す。
「あの方、実は式典嫌いだっていう噂じゃなかった?」
「どういう風の吹き回しだろうな……」
 来賓として呼ばれていないと言った時の不満げな顔から想定するに、実は出たかったであろう事は想像に難くない。だが何が理由で、と考えたところで、実は答えは単純なのではないかと気付いた。
「もしかして、私達を祝ってくれたいだけ?」
「多分……な」
 決して少なく無い接点を持った者達への、ジャハネートなりの気遣いだと分かって、二人は笑いを必死に押し殺した。

 司会に合わせて、校長がゆっくりと登壇し、生徒達に会釈をする。
「二年生の皆さんは本日をもって卒業となります。色々と外的要因で順調さを欠いた二年間だったと思いますが、その分、得られた経験も多かったのではないでしょうか。国民の皆さんにとって、騎士とはどういう存在なのか、という事を知ることも出来たのではないでしょうか」
 生徒達は誰も声を発する事無く、直立したまま校長の話に耳を傾ける。自分達が歩んできた二年間という月日を思い出しながら。
「思い返せば丁度一年前の悲劇から、例年と違って危険を伴う課外実習を行っていただきました。その過程で大きな怪我をした方もいると聞いています。ですが、その働きが有ったからこそ、国内の平穏をいち早く取り戻すことが出来たのだと、校長として誇らしく思えます。地震に際しても、皆さんの迅速な対応が王都の皆さんにとってどれだけ心の支えになった事でしょうか。そんな皆さんが、無事にこの学校を巣立ち、羽ばたく事を、嬉しく思います。皆さん、おめでとうございます。これから、また国のため、国民のため、その剣を槍を斧を魔法を存分に役立ててください」
 校長は、ゆっくりと頭を下げると、生徒達が一斉に敬礼を返す。校長が再び頭を上げた時には、その目に僅かに涙を滲ませていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました

山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。  でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。  そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。  長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。 脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、 「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」 「なりすましヒロインの娘」 と同じ世界です。 このお話は小説家になろうにも投稿しています

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

殿下から婚約破棄されたけど痛くも痒くもなかった令嬢の話

ルジェ*
ファンタジー
 婚約者である第二王子レオナルドの卒業記念パーティーで突然婚約破棄を突きつけられたレティシア・デ・シルエラ。同様に婚約破棄を告げられるレオナルドの側近達の婚約者達。皆唖然とする中、レオナルドは彼の隣に立つ平民ながらも稀有な魔法属性を持つセシリア・ビオレータにその場でプロポーズしてしまうが─── 「は?ふざけんなよ。」  これは不運な彼女達が、レオナルド達に逆転勝利するお話。 ********  「冒険がしたいので殿下とは結婚しません!」の元になった物です。メモの中で眠っていたのを見つけたのでこれも投稿します。R15は保険です。プロトタイプなので深掘りとか全くなくゆるゆる設定で雑に進んで行きます。ほぼ書きたいところだけ書いたような状態です。細かいことは気にしない方は宜しければ覗いてみてやってください! *2023/11/22 ファンタジー1位…⁉︎皆様ありがとうございます!!

パーティー会場で婚約破棄するなんて、物語の中だけだと思います

みこと
ファンタジー
「マルティーナ!貴様はルシア・エレーロ男爵令嬢に悪質な虐めをしていたな。そのような者は俺の妃として相応しくない。よって貴様との婚約の破棄そして、ルシアとの婚約をここに宣言する!!」 ここ、魔術学院の創立記念パーティーの最中、壇上から声高らかに宣言したのは、ベルナルド・アルガンデ。ここ、アルガンデ王国の王太子だ。 何故かふわふわピンク髪の女性がベルナルド王太子にぶら下がって、大きな胸を押し付けている。 私、マルティーナはフローレス侯爵家の次女。残念ながらこのベルナルド王太子の婚約者である。 パーティー会場で婚約破棄って、物語の中だけだと思っていたらこのザマです。 設定はゆるいです。色々とご容赦お願い致しますm(*_ _)m

処理中です...