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第二部:第三十三章 その手に掴むのは

(一)王宮に咲く華②

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 ミルエルシ家が支度を整え終わる頃、手配していた馬車が到着した。
 馬車は商人達が商用に使用するもので、一般的な貴族達が所有するものに比べれば明らかに見劣りがする。だが、自分達は貴族階級でも下層の男爵家なのだから、格好にこだわる必要は無いというのが父と娘の一致した意見だった。
「いってきます、エレノールさんもゆっくりしていてくださいね。夕食は美味しいもの食べに行って下さいね!」
 夕食代をかなり多めに渡され、エレノールは恐縮しつつも少しだけ嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「お気遣い有難う御座います。いってらっしゃいませ」
 エレノールの雇用は三月からであり、現在はまだフェスバルハ伯爵家の使用人。この日もただの休暇のはずなのだが、既にミルエルシ家の一員であるかのように二人を送り出す。
 遠ざかる馬車を見送り、ひとり残されると、少し寂しそうに一言漏らした。
「あーあ、ドレス姿のお嬢様が王宮で輝く姿を見たかったなぁ……」

 王宮前に着くと、親子は馬車から降りて、入り口へと向かう。
 馬車を見て、どこの貧乏貴族だろうかと眺めていた者達も、降りてきた杖をつく紳士と娘の姿を見て表情を変えた。
「あの杖の紳士は、王太子殿下が剣の師と仰ぐミルエルシ男爵だ」
「とすると、その隣の美しい娘は、近頃よく聞くラーソルバール嬢か」
 ひそひそと話す声は当人達には聞こえない。
 周囲の雑音を他所に受付近くまで行くと、その脇には前年と同じようにエラゼルの姿があった。
「ようやく来たか!」
 嬉しそうな表情を浮かべた彼女に、周囲の男達の視線が集まる。
 その視線に気付いていないのか、はたまた気付いていながら無視しているのか、人の間をすり抜けてラーソルバールのもとまでやって来た。
「エラゼル、言葉遣い……」
「む……」
 小声で諭され、エラゼルは慌てて持っていた扇で口元を隠した。そんな仕草にも優美さが出ていたので、己との差を思い知らされ、ラーソルバールはため息をついた。
「どうしました?」
「何でもありません。シェラを見かけました?」
 エラゼルに注意した手前、自らも言葉を改めなければならないと思ったものの、ラーソルバールはその窮屈さにすぐに投げ出したくなった。
「いえ。まだです」
「では、少しここで待ちますか。父上は先に中へ入っていてください」
「ん……ああ、そうさせてもらうよ。殿下にもご挨拶しなければいけないから、あとでちゃんと来るんだぞ」
 受付の署名を済ませると、父は人ごみへと消えていった。

「エラゼル、公爵閣下にご挨拶したいのだけれど……」
「父上も既に会場だ」
 いつもの口調で済まそうと小声で話す。
 シェラを待つ間、二人は壁際に立ち、顔を寄せて話していた。エラゼルの扇で顔を隠しているので、誰かが近寄ってくる様子も無い。ラーソルバールがやってくるまでは同じように顔を隠していたのだ、とエラゼルは語った。
 間もなくシェラが家族と共に姿を現すと、二人は彼女の父であるファーラトス子爵に挨拶をした後、すぐさまを連れ去るようにシェラの手を掴み、会場へと向かう。
「ガイザさんは一緒じゃなくていいの?」
「うん、事情があってね……。それはあとで話すね」
 シェラの問い掛けに言葉を濁す。
 王太子の婚約者候補としては、他の男性と行動を共にしたり、親密に会話をしたりする訳にはいかない。事前にガイザには口外しない約束で事情を説明し、会ではあまり多く接触できない事は伝えてある。
 それでも。
「色々と憂鬱な事があるけど、できる限り楽しまないとね」
 思うままにならならず、投げ出したい事ばかりがある。それでも、美食を手に、友人達と楽しく話していたい。

 会場に入って感じたのは、華やかではあるのだが、前年と比べるとやや物足りないということ。それは参加者が前年よりも明らかに少ない事が原因だろう。
 理由としては、カレルロッサ動乱によって取り潰しなどの処罰が下されたこと、西部地域の一部貴族が地震からの復興に注力するため、会の参加を見合わせたことなどが挙げられる。
(ああ、去年のこの時点で気付いていたなら……)
 ふと、今はどこに居るかも知れない幼馴染の二人を思い出す。切なさにうつむき、泣きそうになるラーソルバールの目に、自らの指に輝く指輪が映った。それは仲間達と分け合うように手にしたもの。
 そうだ、今は振り返らない。一歩ずつでもいい、友と前に進まなくては……。
 再び視線を上げると、二人の友の笑顔が見えた。
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