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第二部:第三十章 運命と時は流れるままに

(三)城からの使い①

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(三)

「はあぁぁぁっ? どういう事っ!」
 旅を終え帰宅した直後。父から告げられた言葉に、ラーソルバールは思わず絶叫していた。
「いや、そう言われてもな……」
 そういう父クレストの表情も明らかに困惑しているのが分かる。平静を取り繕いつつ、机の上にあった手紙をラーソルバールに差し出した。
 ラーソルバールは震える手でそれを受け取ると、便箋を開いて目を通す。

 遡る事、二刻前。まだラーソルバールが王都の門をくぐる前の出来事。
 休日でもあり、クレストは買って来たばかりの書物を読みながら、茶を飲んでいた時のことだった。
 遠くから響いてきていた石畳を叩く馬蹄音が、家の前でぴたりと止んだ。
 続いて玄関の扉を叩く音がして、本から視線を外し立ち上がるとゆっくりと歩き、来訪者を迎え入れた。
「ミルエルシ男爵であられますか」
「ええ、私ですが……」
「小官は宰相閣下の命により参りました。こちらの宰相閣下よりの書簡を、謹んでお受け取りになられますよう」
 城からの使者は、一通の手紙をクレストに渡すと、恭しく一礼をし、すぐに去っていった。
 クレストは使者を見送ると、椅子に戻って腰掛け、封を開けて中から便箋を取り出す。
 何の書状だろうかと首を傾げる。書状を受け取るような覚えもなければ、何かをした記憶もない。ただ、王太子に剣を教える傍ら耳にした噂がある。だが、自分の娘に限って有りえる話ではない。
 折り畳まれた便箋を開き目を通すと、手が震えた。
「まさか……」
 驚きの内容にクレストはそう呟くと、絶句した。

「おかしいでしょ? 貧乏男爵家の娘の私が?」
 書かれた内容を読み終わるなり、ラーソルバールはもう一度父に食ってかかった。
「貧乏は余計だ……」
 大きくため息をつきながら、娘と向き合う。
「私がエラゼルやファルデリアナ様と並んで、王太子殿下のだとか、どう考えても変でしょ!」
「あくまでも候補だろう。それにあまり大きな声を出すな。これは一部の人々にしか知らされていない機密事項と書いてあるだろうが」
「だって……父上も殿下の近くに居るのに、今まで知らなかったなんて……」
 諭されて、声を荒げる事を止め、観念したように椅子に腰掛ける。
「いや、それらしい話は聞いていたんだが、まさかお前が十人のうちの一人に入るなんて思いもしなかったからなぁ……。」
「光栄な事ではあるけど、二人の公爵令嬢の他、侯爵家や伯爵家の人ばかりの所になんで私が……」
 便箋を手にしたままテーブルに突っ伏して愚痴をこぼす。そして、ふと思い出した。
「ああ、エラゼルが言ってた不確定情報ってこれかぁ」
 顔だけ上げて顎を乗せ、父の顔を見る。行儀が悪いという父の無言で送られる視線も、気にする精神的余裕が無い。
「で、お前はどうしたい?」
「いや、だから光栄な事だけど……」
「けど?」
「嫌だ」
 はっきりと言う娘にクレストは思わず笑い出した。
「いや、恐れ多い話だけど、殿下が好きと嫌いとかじゃなくて……。順調に行けば将来は王妃様でしょ?」
 一瞬、アシェルタートの顔が脳裏をよぎった。もしも正式に選ばれてしまえば、もう戻ることはできない。
「まあ、そうなるな。周囲の思惑はともかく、ウォルスター殿下も王になる気は無い、と公言されているしな」
「私が王妃とかそんな器じゃないし、有り得ないでしょ。……でも、それこそ誰が王妃になるかで、国内の力関係も色々問題が出てくるんじゃない?」
「ああ、そういう意味では、さすが宰相メッサーハイト公爵と言える上手い人選をしているよ。国内の要職にある家は外している。だからと言って男爵家はないよな……」
 ラーソルバールは最早動く気も失せたのか、微動だにせず「うんうん」と声だけで同意する。まさか暗殺阻止が加点対象となった、などと冗談のような事はないだろうと思う。
「ミルエルシ家としても辞退したいところなんだがな……。断ったら不敬にあたるし。まあ、正式決定は来年らしいから、それまで振る舞いやらを事細かに調べられるようだが、何とかしのいでくれ」
「何と投げやりな……。それは父としてどうなのよ」
 抗えない力が働いている、それは理解している。感情論でどうにかなるものでは無いし、男爵家ごときが決定事項に異を唱える訳にもいかない。不正でも働いていれば、そこから抹消されるのだろうが……。我が父が不正を働くはずも無い。
「どうせならエラゼルに決まってくれないかな……。品格も容姿も才能も、この国を想う気持ちも、彼女に勝てる人なんて居ないんだから。……ああ、でも会えなくなるのは嫌だな」
 ぶつぶつとひとり言のように呟くと、手紙を丁寧に折り畳んだ。
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