341 / 439
第二部:第二十九章 歩みは止めず
(一)瞳は前を向く②
しおりを挟む
ラーソルバールは馬車の中で、自身が何故襲われたのかを知らされた。
ファルデリアナの来訪と、彼女から得た情報をエラゼルは隠すことなく伝えたのだ。それはラーソルバールが妬みだけでなく、恨みの対象ともなりうるという現実を突きつけるものだった。
十五才の娘にとっては背負いきれない重荷だということを、伝えたエラゼル自身も理解している。公爵家の娘という重荷に潰されそうになっていた自分よりも、辛い立場。
ラーソルバールの答えは「そっか。そうだろうね」という、実にあっさりとしたものだった。その言葉からは内心を推し量る事は出来なかったが、小さく震える手が動揺を物語っていた。
誰にもすがる事の出来ない重圧に怯え、苦しむ辛さを知っているエラゼルには、それを受け入れろなどと言えるはずも無い。友の苦しみを少しでも分かち合おうと、エラゼルはそっと手を重ねる。
「辛い事を言うようだが、まだこれからだ。きっとラーソルバールはこの国になくてはならない人間になる。私はそう信じている」
「そう? 私はエラゼルの方がこの国を支える人になると思うよ」
二人はそう言って互いの顔を見つめ、笑い合った。
エラゼルは、自らが口にした言葉が友を慰めるだけのものだとは思っていない。
何故か確信めいたものがあり、将来を見据えて支えなければいけない、という思いが強くある。
だが、ラーソルバールが口にした漠然とした言葉が、やがて近い形で現実のものとなることを、この時のエラゼルは知る由も無かった。
この日の授業を終えて寮に戻ると、ラーソルバールの部屋は、四人の来訪者のおかげで一気に狭くなってしまった。実のところ、自室に戻ってようやくゆっくりできる、と思っていたところへの、襲撃。制服を着替える事も無く、次々とやってくる友人達は口々に「心配だから来た」というので、ラーソルバールは苦笑いして迎え入れるしかなかった。
「ラーソルが戻ってきた時、ガイザさんも飛びついてくるかと思ったんだけどね」
「ないない!」
「でも、凄いほっとしたような顔してたんだよ!」
「はいはい……」
シェラとエミーナに押され気味に答えるラーソルバール。
対応に困りながらも、心配して来てくれたものを無下に追い返す訳にもいかず、来客用に取っておいたカンフォール村産の上級茶葉で皆をもてなしていた。
「美味しい!」
フォルテシアが目を見開いて驚く。
最近はエラゼルに影響されたか、菓子と茶を好むようになり、茶の良し悪しも少しずつ分かってきているようだった。
「確かに。これは去年貰った物よりも良く出来ている。これは貴族間の茶会で出してるものよりも上質なのではないか?」
一口飲んだエラゼルも感心したように頷く。
「どこで買える?」
興奮したように黒髪が踊る。
村の特産品が褒められて嬉しいのか、浮かべる笑顔に陰は無い。
「去年の最後の摘採時に作った試作品の残りだからね。市場には出回って無いよ。今度新茶の季節になったら、みんなの分送ってもらうね」
照れた笑いを浮かべるラーソルバールの姿に、少しは気が紛れたのだろうかとエラゼルは内心安堵する。
「さあ、少しゆっくりしたら夕食で、そのあとはしっかりとお湯に浸かるよ!」
シェラの元気な声が響いた。
隣室の賑やかな声が聞こえたのか、途中からはミリエルも加わり盛り上がり、その後も五人はラーソルバールに自由な時間を与えることなく、寝る直前まで一緒に居たのだった。
そしていつもの如くエラゼルが「不安なら一緒に寝るぞ」と、最後まで食い下がったのは言うまでも無い。
ファルデリアナの来訪と、彼女から得た情報をエラゼルは隠すことなく伝えたのだ。それはラーソルバールが妬みだけでなく、恨みの対象ともなりうるという現実を突きつけるものだった。
十五才の娘にとっては背負いきれない重荷だということを、伝えたエラゼル自身も理解している。公爵家の娘という重荷に潰されそうになっていた自分よりも、辛い立場。
ラーソルバールの答えは「そっか。そうだろうね」という、実にあっさりとしたものだった。その言葉からは内心を推し量る事は出来なかったが、小さく震える手が動揺を物語っていた。
誰にもすがる事の出来ない重圧に怯え、苦しむ辛さを知っているエラゼルには、それを受け入れろなどと言えるはずも無い。友の苦しみを少しでも分かち合おうと、エラゼルはそっと手を重ねる。
「辛い事を言うようだが、まだこれからだ。きっとラーソルバールはこの国になくてはならない人間になる。私はそう信じている」
「そう? 私はエラゼルの方がこの国を支える人になると思うよ」
二人はそう言って互いの顔を見つめ、笑い合った。
エラゼルは、自らが口にした言葉が友を慰めるだけのものだとは思っていない。
何故か確信めいたものがあり、将来を見据えて支えなければいけない、という思いが強くある。
だが、ラーソルバールが口にした漠然とした言葉が、やがて近い形で現実のものとなることを、この時のエラゼルは知る由も無かった。
この日の授業を終えて寮に戻ると、ラーソルバールの部屋は、四人の来訪者のおかげで一気に狭くなってしまった。実のところ、自室に戻ってようやくゆっくりできる、と思っていたところへの、襲撃。制服を着替える事も無く、次々とやってくる友人達は口々に「心配だから来た」というので、ラーソルバールは苦笑いして迎え入れるしかなかった。
「ラーソルが戻ってきた時、ガイザさんも飛びついてくるかと思ったんだけどね」
「ないない!」
「でも、凄いほっとしたような顔してたんだよ!」
「はいはい……」
シェラとエミーナに押され気味に答えるラーソルバール。
対応に困りながらも、心配して来てくれたものを無下に追い返す訳にもいかず、来客用に取っておいたカンフォール村産の上級茶葉で皆をもてなしていた。
「美味しい!」
フォルテシアが目を見開いて驚く。
最近はエラゼルに影響されたか、菓子と茶を好むようになり、茶の良し悪しも少しずつ分かってきているようだった。
「確かに。これは去年貰った物よりも良く出来ている。これは貴族間の茶会で出してるものよりも上質なのではないか?」
一口飲んだエラゼルも感心したように頷く。
「どこで買える?」
興奮したように黒髪が踊る。
村の特産品が褒められて嬉しいのか、浮かべる笑顔に陰は無い。
「去年の最後の摘採時に作った試作品の残りだからね。市場には出回って無いよ。今度新茶の季節になったら、みんなの分送ってもらうね」
照れた笑いを浮かべるラーソルバールの姿に、少しは気が紛れたのだろうかとエラゼルは内心安堵する。
「さあ、少しゆっくりしたら夕食で、そのあとはしっかりとお湯に浸かるよ!」
シェラの元気な声が響いた。
隣室の賑やかな声が聞こえたのか、途中からはミリエルも加わり盛り上がり、その後も五人はラーソルバールに自由な時間を与えることなく、寝る直前まで一緒に居たのだった。
そしていつもの如くエラゼルが「不安なら一緒に寝るぞ」と、最後まで食い下がったのは言うまでも無い。
0
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説
うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
転生チートは家族のために~ユニークスキルで、快適な異世界生活を送りたい!~
りーさん
ファンタジー
ある日、異世界に転生したルイ。
前世では、両親が共働きの鍵っ子だったため、寂しい思いをしていたが、今世は優しい家族に囲まれた。
そんな家族と異世界でも楽しく過ごすために、ユニークスキルをいろいろと便利に使っていたら、様々なトラブルに巻き込まれていく。
「家族といたいからほっといてよ!」
※スキルを本格的に使い出すのは二章からです。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
聖女の仕事なめんな~聖女の仕事に顔は関係ないんで~
猿喰 森繁
ファンタジー
※完結したので、再度アップします。
毎日、ぶっ倒れるまで、聖女の仕事をしている私。
それをよりにもよって、のんきに暮らしている妹のほうが、聖女にふさわしいと王子から言われた。
いやいやいや… …なにいってんだ。こいつ。
いきなり、なぜ妹の方が、聖女にふさわしいということになるんだ…。
え?可愛いから?笑顔で、皆を癒してくれる?
は?仕事なめてんの?聖女の仕事は、命がかかってるんだよ!
確かに外見は重要だが、聖女に求められている必須項目ではない。
それも分からない王子とその取り巻きによって、国を追い出されてしまう。
妹の方が確かに聖女としての資質は高い。
でも、それは訓練をすればの話だ。
まぁ、私は遠く離れた異国の地でうまくやるんで、そっちもうまくいくといいですね。
婚約破棄されなかった者たち
ましゅぺちーの
恋愛
とある学園にて、高位貴族の令息五人を虜にした一人の男爵令嬢がいた。
令息たちは全員が男爵令嬢に本気だったが、結局彼女が選んだのはその中で最も地位の高い第一王子だった。
第一王子は許嫁であった公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢と結婚。
公爵令嬢は嫌がらせの罪を追及され修道院送りとなった。
一方、選ばれなかった四人は当然それぞれの婚約者と結婚することとなった。
その中の一人、侯爵令嬢のシェリルは早々に夫であるアーノルドから「愛することは無い」と宣言されてしまい……。
ヒロインがハッピーエンドを迎えたその後の話。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる