300 / 439
第二部:第二十五章 任務の終わりと成果
(四)小さな戦い①
しおりを挟む
(四)
「何だって!」
ジャハネートの荒ぶる声が指揮官室に響く。
フォルテシアとその父ダジルは雨中に馬を走らせ、二刻もかからずに宿舎に戻ってきた。そして、全身ずぶ濡れのまま指揮官室に駆け込むと、街で聞いた話をそのままジャハネートに報告したのだった。
「あのクソオヤジ……」
「……デンティーク子爵を御存知なのですか?」
「知ってるよ。何度も社交界で顔を合わせてる。政務は問題ないし、陛下にも従順。だが、無類の女好きでね、若い女に見境が無いクズだ。アタシも何度、あの下衆い男を叩き切ってやろうと思った事か……」
そう言いつつ、机を殴り付ける。
「すると、連れていかれた娘は手篭にされるという噂は……」
「本当だろうね。だからわざわざ『シルネラの冒険者』という、いつどこで死んでも居なくなったとしても、おかしくないような連中を狙ったんだろうさ」
フォルテシアはぐっと拳を握り締め、怒りに震える。仲間を、大事な友を穢されてたまるものか、と。
「ただ、奴の領地の中、恐らく屋敷だ。下手に手出しは出来ない。騎士団を伴って行くことも出来るが、踏み込む理由が無い。憶測だけでは動けないね……」
「では……」
フォルテシアは泣きそうになりながら、ジャハネートの顔を見る。
「行かないとは言ってない 。アタシの大事な未来の部下達に手を出そうってんだ、黙って見てる訳無いだろ。大義名分さえあれば、すぐにでもぶっ殺してやりたいところだよ。……だが、アンタの気持ちは良く分かる、ここで手をこまねいている場合じゃないね。作戦はあとで練るとして、動く事が先決だ。そんじゃ、まずクローベル中隊長、配下百名を連れてアタシに同行しな」
「了解致しました!」
ジャハネートの言葉に、フォルテシアは少しだけ安堵し、涙を流す。
「じゃあ、フォルテシア。もう一回街へ行こうか」
父は娘の肩に手を乗せ、安心させるように笑ったあと、部屋から飛び出していった。
「ジャハネート様……」
「そう情けない顔するんじゃないよ。あの娘達がいつまでも大人しくしてる訳無いだろ?」
「……はい!」
フォルテシアは涙を拭うと、ジャハネートに微笑んで見せた。
「あとは、踏み込む口実だが……」
腕を組み、ジャハネートが思案する様子を見せた時、フォルテシアがぽんと手を叩いた。
「ジャハネート様、こういうのはいかがでしょうか……」
その頃、ラーソルバール達は手枷をされ、それぞれ別の部屋に監禁されていた。途中から目隠しをされていたので、ここが何処なのかは分からないが、状況を見れば、明らかに通常の取り調べではない事が分かる。
エラゼルが馬車内で「子爵は無類の女好きだから近寄るなと、姉妹全員が父に厳命されいた」と教えてくれたが、自分達はまさに子爵の欲求を満たすための犯罪行為に巻き込まれた、と見て良いだろう。
多少の事なら、騎士学校では護身術も学んでいるので、自分やエラゼル、シェラは何とか出来るかもしれないが、ディナレスはどうだろうか。そして、引き離されたガイザやモルアールは無事だろうか。
不安を抱えつつ、狭い室内を見回して使えそうなものを探すが、有るのは小さなベッドと、ランタン、他には何もない。だが金属で出来ているランタンは、上手く使えば役に立つかもしれない。
ここでやはり思うのが、エラゼルのように攻防共に役立つような魔法が使えるようになっていれば、ということ。
「はぁ……、幼少期のツケは重いなぁ」
ため息をついたところで、ごつごつと壁に何かが当たるような小さな音がする事に気付いた。音のする側の部屋に入れられたのはエラゼル。とすれば。
(打音暗号?)
打音暗号とは騎士学校で学んでいる意思疎通用のもので、こういう拘束された場合や、敵に気付かれずに行動する際に使用する。まだ学習過程なので、複雑なものは出来ないのだが、それでもこうした緊急事態には役に立つ。
『敵・倒す・武器・奪う・扉・魔法・破壊』
どのような展開になるか読めないがものの、エラゼルのやろうとしている事は理解できた、が……。
『相手・動き・見る・魔法・任せる』
そう返しながら、我ながら情け無い、とラーソルバールは苦笑した。
「何だって!」
ジャハネートの荒ぶる声が指揮官室に響く。
フォルテシアとその父ダジルは雨中に馬を走らせ、二刻もかからずに宿舎に戻ってきた。そして、全身ずぶ濡れのまま指揮官室に駆け込むと、街で聞いた話をそのままジャハネートに報告したのだった。
「あのクソオヤジ……」
「……デンティーク子爵を御存知なのですか?」
「知ってるよ。何度も社交界で顔を合わせてる。政務は問題ないし、陛下にも従順。だが、無類の女好きでね、若い女に見境が無いクズだ。アタシも何度、あの下衆い男を叩き切ってやろうと思った事か……」
そう言いつつ、机を殴り付ける。
「すると、連れていかれた娘は手篭にされるという噂は……」
「本当だろうね。だからわざわざ『シルネラの冒険者』という、いつどこで死んでも居なくなったとしても、おかしくないような連中を狙ったんだろうさ」
フォルテシアはぐっと拳を握り締め、怒りに震える。仲間を、大事な友を穢されてたまるものか、と。
「ただ、奴の領地の中、恐らく屋敷だ。下手に手出しは出来ない。騎士団を伴って行くことも出来るが、踏み込む理由が無い。憶測だけでは動けないね……」
「では……」
フォルテシアは泣きそうになりながら、ジャハネートの顔を見る。
「行かないとは言ってない 。アタシの大事な未来の部下達に手を出そうってんだ、黙って見てる訳無いだろ。大義名分さえあれば、すぐにでもぶっ殺してやりたいところだよ。……だが、アンタの気持ちは良く分かる、ここで手をこまねいている場合じゃないね。作戦はあとで練るとして、動く事が先決だ。そんじゃ、まずクローベル中隊長、配下百名を連れてアタシに同行しな」
「了解致しました!」
ジャハネートの言葉に、フォルテシアは少しだけ安堵し、涙を流す。
「じゃあ、フォルテシア。もう一回街へ行こうか」
父は娘の肩に手を乗せ、安心させるように笑ったあと、部屋から飛び出していった。
「ジャハネート様……」
「そう情けない顔するんじゃないよ。あの娘達がいつまでも大人しくしてる訳無いだろ?」
「……はい!」
フォルテシアは涙を拭うと、ジャハネートに微笑んで見せた。
「あとは、踏み込む口実だが……」
腕を組み、ジャハネートが思案する様子を見せた時、フォルテシアがぽんと手を叩いた。
「ジャハネート様、こういうのはいかがでしょうか……」
その頃、ラーソルバール達は手枷をされ、それぞれ別の部屋に監禁されていた。途中から目隠しをされていたので、ここが何処なのかは分からないが、状況を見れば、明らかに通常の取り調べではない事が分かる。
エラゼルが馬車内で「子爵は無類の女好きだから近寄るなと、姉妹全員が父に厳命されいた」と教えてくれたが、自分達はまさに子爵の欲求を満たすための犯罪行為に巻き込まれた、と見て良いだろう。
多少の事なら、騎士学校では護身術も学んでいるので、自分やエラゼル、シェラは何とか出来るかもしれないが、ディナレスはどうだろうか。そして、引き離されたガイザやモルアールは無事だろうか。
不安を抱えつつ、狭い室内を見回して使えそうなものを探すが、有るのは小さなベッドと、ランタン、他には何もない。だが金属で出来ているランタンは、上手く使えば役に立つかもしれない。
ここでやはり思うのが、エラゼルのように攻防共に役立つような魔法が使えるようになっていれば、ということ。
「はぁ……、幼少期のツケは重いなぁ」
ため息をついたところで、ごつごつと壁に何かが当たるような小さな音がする事に気付いた。音のする側の部屋に入れられたのはエラゼル。とすれば。
(打音暗号?)
打音暗号とは騎士学校で学んでいる意思疎通用のもので、こういう拘束された場合や、敵に気付かれずに行動する際に使用する。まだ学習過程なので、複雑なものは出来ないのだが、それでもこうした緊急事態には役に立つ。
『敵・倒す・武器・奪う・扉・魔法・破壊』
どのような展開になるか読めないがものの、エラゼルのやろうとしている事は理解できた、が……。
『相手・動き・見る・魔法・任せる』
そう返しながら、我ながら情け無い、とラーソルバールは苦笑した。
0
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました
山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。
でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。
そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。
長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。
脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、
「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」
「なりすましヒロインの娘」
と同じ世界です。
このお話は小説家になろうにも投稿しています
婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
殿下から婚約破棄されたけど痛くも痒くもなかった令嬢の話
ルジェ*
ファンタジー
婚約者である第二王子レオナルドの卒業記念パーティーで突然婚約破棄を突きつけられたレティシア・デ・シルエラ。同様に婚約破棄を告げられるレオナルドの側近達の婚約者達。皆唖然とする中、レオナルドは彼の隣に立つ平民ながらも稀有な魔法属性を持つセシリア・ビオレータにその場でプロポーズしてしまうが───
「は?ふざけんなよ。」
これは不運な彼女達が、レオナルド達に逆転勝利するお話。
********
「冒険がしたいので殿下とは結婚しません!」の元になった物です。メモの中で眠っていたのを見つけたのでこれも投稿します。R15は保険です。プロトタイプなので深掘りとか全くなくゆるゆる設定で雑に進んで行きます。ほぼ書きたいところだけ書いたような状態です。細かいことは気にしない方は宜しければ覗いてみてやってください!
*2023/11/22 ファンタジー1位…⁉︎皆様ありがとうございます!!
パーティー会場で婚約破棄するなんて、物語の中だけだと思います
みこと
ファンタジー
「マルティーナ!貴様はルシア・エレーロ男爵令嬢に悪質な虐めをしていたな。そのような者は俺の妃として相応しくない。よって貴様との婚約の破棄そして、ルシアとの婚約をここに宣言する!!」
ここ、魔術学院の創立記念パーティーの最中、壇上から声高らかに宣言したのは、ベルナルド・アルガンデ。ここ、アルガンデ王国の王太子だ。
何故かふわふわピンク髪の女性がベルナルド王太子にぶら下がって、大きな胸を押し付けている。
私、マルティーナはフローレス侯爵家の次女。残念ながらこのベルナルド王太子の婚約者である。
パーティー会場で婚約破棄って、物語の中だけだと思っていたらこのザマです。
設定はゆるいです。色々とご容赦お願い致しますm(*_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる