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第二部:第二十三章 剣が語るもの

(二)心と森と仲間と①

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(二)

 ラーソルバールらがボルリッツを連れて邸宅を出たのは日が傾き始める直前だった。
 フルルカに向かう最後の馬車に時間ギリギリで飛び乗ると、ほっと胸を撫で下ろす。
 急いで飛び出してきたため、アシェルタートらに満足に挨拶もできず、再度の報告を約束しただけだった。
「すまんな、俺の我が儘に付き合わせたばかりに遅くなっちまった。アシェルにも悪いことをしたなぁ」
「何がですか?」
「二人が話す機会を取り上げちまって……」
 申し訳なさそうにするボルリッツに、ラーソルバールは「大丈夫ですよ、きっと」と短く答えるに留めた。
 今はまだいい。ゆっくり話をするのは、この役目を終えてからだと決めている。その時にはあの真っ直ぐな目を見つめ、しっかりと自分の言葉で伝えよう。
 剣の柄をぎゅっと握り締め、もりのある方角を見つめた。

 日が落ちた頃に馬車はようやくフルルカに到着した。宿に戻るとご機嫌斜めなエラゼルが腕組みをして出迎える。
「遅かったではないか!」
「ごめんね、色々あってね」
 説教でも始まるかのような勢いに、ラーソルバールは苦笑いしつつ答える。
(何を怒ってるの?)
 シェラが側に居たフォルテシアに耳打ちする。
(ご機嫌で菓子を買いに出掛けたのはいいけど、買ってきたものが全部不味かったから……こっも大変だった……)
「ぶっ!」
 耳元で囁かれた想定外の答えに、シェラは笑いを堪えられず吹き出してしまった。
 二人は丁度ラーソルバールの陰になっていたので、やり取りは気付かれなかったようだが、笑い声を聞き咎められた。
「何を笑っているか!」
 怒りの矛先が向けられたので、慌ててシェラはラーソルバールの鞄からルクスフォール家から帰り際に持たされた紙包みを取り出し、エラゼルに差し出した。
「ん?」
 反射的にその包みを受け取ると、何も言わすに開いてみる。
「ルクスフォール家で持たされたお菓子。美味しいらしいの」
 シェラの言葉にエラゼルは満面の笑みを浮かべた。
「して、その後ろの方は?」
 怒りが落ち着いたところで周囲に目が届くようになったか、ボルリッツに視線をやる。
「この方はルクスフォール家の警護責任者兼、剣術師範のボルリッツさん」
「は?」
 予想外の答えにエラゼルは一瞬硬直する。監視役が居たのでは自由に行動が出来ないではないか、と。
「ごめんね、大体の事情は話してある」
「ふむ」
 ラーソルバールの目配せに、エラゼルは言葉を飲み込んだ。事情は話したと言いつつ、偽名で呼ぶあたりが、話していない事情もあるのだろうと理解した。
 その辺は、後で説明が有るということか、と。
「まあ、夕食を終えたらをしようか」
「はいはい。夕食前だから、それ食べちゃ駄目だよ」
「何と!」
 がっくりと肩を落とすエラゼルを尻目に、ボルリッツに向き直ると、居残り組の紹介を済ませる。

「話には聞いていたが、エリゼストって娘はえらい別嬪さんだな」
 本人に聞こえるように言うのは流石に憚られたのだろう、ラーソルバールにこっそりと話しかける。紙包みを手に震えるエラゼルには聞こえていない。
「普通は私じゃなく、あっちに行くと思いませんか?」
「んー。嬢ちゃんも並んでも見劣りしないがな、方向性が違うんだろうな」
 そう言いつつも、アシェルタートが何故ルシェという娘を選んだのか、分かる気がした。いや、彼の人間性ならばどちらに先に出会ったとしても、同じ選択をしたに違いない。

 気品を湛えて気高く輝く宝石のように、透き通る美しさで人々の心を奪うエラゼルと、美しさの中に様々な物を内包して調和させ、人を惹き付ける柔らかさを持つラーソルバール。
 二人の対比はその関係性と共に、後世にも様々な言葉で語り継がれる事になるのだが、ここは置く。

「さあ、早めに今日の事は済ませて、明日に備えよう」
 ラーソルバールは、紙包みを見つめるエラゼルの尻を軽く叩き、ニヤリと笑った。

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