220 / 439
第二部:第十九章 シルネラ共和国へ
(一)旅空②
しおりを挟む
挨拶もそこそこに、ディナレスとモルアールは荷物を馬車に載せる。それを見届けると、全員が乗り込む。
馬車は板張りの床に、幌がついた程度の簡素なもので、内部は広いという訳でも無く七人が乗り、荷物があると個々の間隔は広くはない。
長時間の移動になるので乗り心地が心配されたが、椅子代わりに藁に布を巻いた分厚いクッションが敷いてあるので、多少の衝撃は吸収してくれるだろう。それでもきっと体が痛くなるに違いない。
予定時間から大した遅れではないものの、気は急く。
「御者さん、準備できました。お待たせしてすみませんでした」
「あいよ」
御者は答えると同時に鞭は使わず、手綱を動かす。その動きに反応し、二頭の馬が歩き出す。
「さて、ようやく出発か」
エラゼルがそう言って、ほっとしたように大きく息を吐く。途端に馬車が大きく跳ね、皆が一瞬宙に浮いた。大きな石に乗り上げたらしく、クッションがあるとはいえ、尻や腰にはなかなかの衝撃があった。
「やれやれ、前途多難だな」
ガイザが苦笑いしてエラゼルの顔を見る。「全くだ」とエラゼルも苦笑いで返した。
そもそも高級な馬車に乗り慣れているエラゼルには、乗合馬車のような安物は未知のの領域である。どういう旅になるのか想像もつかなかった。
反対に、ラーソルバールは先程の揺れにも気にした様子も無く、平然としている。
カンフォール村へ向かう際の馬車よりは、大きなクッションがある分だけ、体への負担が少なくていいな、などと考えていたほどである。それは、フォルテシアや、ディナレスとモルアールも同様だった。
街の中は石畳で走る音は喧しいが、揺れは少ない。馬車側面の幌に空けられた、切込み窓の覆いを外すと、内部に明かりが広がる。前方と後方の覆いは上げてあるため風は良く抜けるが、明り取りには足りない。
横からの明かりが増え、周囲が見渡せるようになった事で、閉塞感も無くなる。やや肌寒いが、それなりの服装をしているので、あまり気にならない。
ゆっくりと街並みを見ていたが、間もなく街を囲む城壁の門から、外へと抜ける。近くにある騎士団の演習場の脇を通り、馬車は主要街道のひとつであるペシャノリス街道で北東へと向かうことになる。主要街道とは言え、石畳による舗装があるのは城下町近くだけで、しばらく走ると、轍のある土の道へと変わる。
「意外に揺れるものだな。気分が悪くなる者が出なければ良いが……」
エラゼルが危惧した通りシェラが不調を訴えたが、ディナレスの魔法のおかげで快癒し、事なきを得た。シェラとしては治癒魔法の有難味が良く分かったに違いない。
道中は天気も良く、馬車は順調に進む。
ディナレスとモルアールの偽名の話から始まり、互いの話をする。ディナレスはすぐに打ち解けたが、モルアールはやや距離を置いていた。だがガイザと話すうちに慣れたのか、次第に口数も増えていった。
ちなみにディナレスの偽名が「リティア・フィラズ」、モルアールが「ディモンド・ホージェンスター」というものだった。
「せっかく自己紹介しても、偽名がバレないように慣れておかないといけないからね。本名忘れちゃいそう……」
ディナレスがそれぞれの顔を眺めつつ、苦笑いした。
「そうだな、全員分覚えるのは、魔法を覚えるよりも面倒だ」
モルアールも同意する。エラゼルも続こうとしたが、ラーソルバールに顔をちらりと見られたので、思いとどまった。「誰かさんは人の名前、全然覚えてなかったもんね」という視線が痛かったのだろう。
馬車は板張りの床に、幌がついた程度の簡素なもので、内部は広いという訳でも無く七人が乗り、荷物があると個々の間隔は広くはない。
長時間の移動になるので乗り心地が心配されたが、椅子代わりに藁に布を巻いた分厚いクッションが敷いてあるので、多少の衝撃は吸収してくれるだろう。それでもきっと体が痛くなるに違いない。
予定時間から大した遅れではないものの、気は急く。
「御者さん、準備できました。お待たせしてすみませんでした」
「あいよ」
御者は答えると同時に鞭は使わず、手綱を動かす。その動きに反応し、二頭の馬が歩き出す。
「さて、ようやく出発か」
エラゼルがそう言って、ほっとしたように大きく息を吐く。途端に馬車が大きく跳ね、皆が一瞬宙に浮いた。大きな石に乗り上げたらしく、クッションがあるとはいえ、尻や腰にはなかなかの衝撃があった。
「やれやれ、前途多難だな」
ガイザが苦笑いしてエラゼルの顔を見る。「全くだ」とエラゼルも苦笑いで返した。
そもそも高級な馬車に乗り慣れているエラゼルには、乗合馬車のような安物は未知のの領域である。どういう旅になるのか想像もつかなかった。
反対に、ラーソルバールは先程の揺れにも気にした様子も無く、平然としている。
カンフォール村へ向かう際の馬車よりは、大きなクッションがある分だけ、体への負担が少なくていいな、などと考えていたほどである。それは、フォルテシアや、ディナレスとモルアールも同様だった。
街の中は石畳で走る音は喧しいが、揺れは少ない。馬車側面の幌に空けられた、切込み窓の覆いを外すと、内部に明かりが広がる。前方と後方の覆いは上げてあるため風は良く抜けるが、明り取りには足りない。
横からの明かりが増え、周囲が見渡せるようになった事で、閉塞感も無くなる。やや肌寒いが、それなりの服装をしているので、あまり気にならない。
ゆっくりと街並みを見ていたが、間もなく街を囲む城壁の門から、外へと抜ける。近くにある騎士団の演習場の脇を通り、馬車は主要街道のひとつであるペシャノリス街道で北東へと向かうことになる。主要街道とは言え、石畳による舗装があるのは城下町近くだけで、しばらく走ると、轍のある土の道へと変わる。
「意外に揺れるものだな。気分が悪くなる者が出なければ良いが……」
エラゼルが危惧した通りシェラが不調を訴えたが、ディナレスの魔法のおかげで快癒し、事なきを得た。シェラとしては治癒魔法の有難味が良く分かったに違いない。
道中は天気も良く、馬車は順調に進む。
ディナレスとモルアールの偽名の話から始まり、互いの話をする。ディナレスはすぐに打ち解けたが、モルアールはやや距離を置いていた。だがガイザと話すうちに慣れたのか、次第に口数も増えていった。
ちなみにディナレスの偽名が「リティア・フィラズ」、モルアールが「ディモンド・ホージェンスター」というものだった。
「せっかく自己紹介しても、偽名がバレないように慣れておかないといけないからね。本名忘れちゃいそう……」
ディナレスがそれぞれの顔を眺めつつ、苦笑いした。
「そうだな、全員分覚えるのは、魔法を覚えるよりも面倒だ」
モルアールも同意する。エラゼルも続こうとしたが、ラーソルバールに顔をちらりと見られたので、思いとどまった。「誰かさんは人の名前、全然覚えてなかったもんね」という視線が痛かったのだろう。
0
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました
山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。
でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。
そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。
長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。
脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、
「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」
「なりすましヒロインの娘」
と同じ世界です。
このお話は小説家になろうにも投稿しています
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる