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第二部:第十九章 シルネラ共和国へ

(一)旅空②

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 挨拶もそこそこに、ディナレスとモルアールは荷物を馬車に載せる。それを見届けると、全員が乗り込む。
 馬車は板張りの床に、幌がついた程度の簡素なもので、内部は広いという訳でも無く七人が乗り、荷物があると個々の間隔は広くはない。
 長時間の移動になるので乗り心地が心配されたが、椅子代わりに藁に布を巻いた分厚いクッションが敷いてあるので、多少の衝撃は吸収してくれるだろう。それでもきっと体が痛くなるに違いない。
 予定時間から大した遅れではないものの、気は急く。
「御者さん、準備できました。お待たせしてすみませんでした」
「あいよ」
 御者は答えると同時に鞭は使わず、手綱を動かす。その動きに反応し、二頭の馬が歩き出す。
「さて、ようやく出発か」
 エラゼルがそう言って、ほっとしたように大きく息を吐く。途端に馬車が大きく跳ね、皆が一瞬宙に浮いた。大きな石に乗り上げたらしく、クッションがあるとはいえ、尻や腰にはなかなかの衝撃があった。
「やれやれ、前途多難だな」
 ガイザが苦笑いしてエラゼルの顔を見る。「全くだ」とエラゼルも苦笑いで返した。
 そもそも高級な馬車に乗り慣れているエラゼルには、乗合馬車のような安物は未知のの領域である。どういう旅になるのか想像もつかなかった。
 反対に、ラーソルバールは先程の揺れにも気にした様子も無く、平然としている。
 カンフォール村へ向かう際の馬車よりは、大きなクッションがある分だけ、体への負担が少なくていいな、などと考えていたほどである。それは、フォルテシアや、ディナレスとモルアールも同様だった。

 街の中は石畳で走る音は喧しいが、揺れは少ない。馬車側面の幌に空けられた、切込み窓の覆いを外すと、内部に明かりが広がる。前方と後方の覆いは上げてあるため風は良く抜けるが、明り取りには足りない。
 横からの明かりが増え、周囲が見渡せるようになった事で、閉塞感も無くなる。やや肌寒いが、それなりの服装をしているので、あまり気にならない。
 ゆっくりと街並みを見ていたが、間もなく街を囲む城壁の門から、外へと抜ける。近くにある騎士団の演習場の脇を通り、馬車は主要街道のひとつであるペシャノリス街道で北東へと向かうことになる。主要街道とは言え、石畳による舗装があるのは城下町近くだけで、しばらく走ると、轍のある土の道へと変わる。
「意外に揺れるものだな。気分が悪くなる者が出なければ良いが……」
 エラゼルが危惧した通りシェラが不調を訴えたが、ディナレスの魔法のおかげで快癒し、事なきを得た。シェラとしては治癒魔法の有難味が良く分かったに違いない。

 道中は天気も良く、馬車は順調に進む。
 ディナレスとモルアールの偽名の話から始まり、互いの話をする。ディナレスはすぐに打ち解けたが、モルアールはやや距離を置いていた。だがガイザと話すうちに慣れたのか、次第に口数も増えていった。
 ちなみにディナレスの偽名が「リティア・フィラズ」、モルアールが「ディモンド・ホージェンスター」というものだった。
「せっかく自己紹介しても、偽名がバレないように慣れておかないといけないからね。本名忘れちゃいそう……」
 ディナレスがそれぞれの顔を眺めつつ、苦笑いした。
「そうだな、全員分覚えるのは、魔法を覚えるよりも面倒だ」
 モルアールも同意する。エラゼルも続こうとしたが、ラーソルバールに顔をちらりと見られたので、思いとどまった。「誰かさんは人の名前、全然覚えてなかったもんね」という視線が痛かったのだろう。
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