上 下
165 / 439
第一部:第十四章 崩れゆくもの

(三)燻る炎③

しおりを挟む
「キミじゃない…」
 謎の人物はエラゼルを見るなり首を振った。
「何が目的だ!」
 エラゼルが食って掛かる。
「だから言ったろう? 馬車の中で聞いてなかったのかい? 僕の大事な手駒を殺してくれたばかりか、僕の実験の邪魔をしてくれたお礼がしたいんだよ」
「礼なら、私に言ってくれても構わん!」
 エラゼルはグランザーさんと息を合わせるように剣を抜いた。
「勝気な女の子は嫌いじゃないけどさ。言っただろう? キミじゃないんだよ。邪魔をするなら、キミ達にも消えてもらう。……ああ、僕の事を見たんだから、結局殺すしかないんだった…」
 一瞬、魔力の高まりを感じた。
 慌てて、馬車から転がり出る。
「ラーソルバールっ!」
 エラゼルが私を見て叫んだ。
炎弾ファイヤーバレット!」
 エラゼルに向けて謎の人物からの魔法が飛ぶ。その瞬間、私はエラゼルの前に立った。
 もの凄い速度で迫る炎の塊。魔法での遮断は無理だった。
 私は剣で炎を一閃する。
 その瞬間、炎は霧散した。
「な! 魔法を剣で切って消した?」
 魔法を放った男は、驚きを隠さなかった。
「ふふふ……。面白いねえキミ。そうそう、キミだよ。キミにお礼をしようと思っていたんだよ」
 男は舌なめずりするように、不気味に笑った。
「今回の仕掛け人はあなた?」
 私は男を睨みつける。
「だとしたら、どうする?」
「……なら、私もお礼をしなきゃね……」
「そうだな。同感だ」
 エラゼルが私の横に出て、剣を構えた。
「こらこら、ここは大人の領分だ。街の人を悲しませたこの男を、騎士として許す訳にはいかん。捕まえて背後関係を吐かせてやる」
 グランザーさんの怒りと気迫が伝わってくる。その表情は非常に険しい。
 物音に気付いた住人達が窓から顔を覗かせるが、騒ぎに巻き込まれたくないとばかりに扉を閉める。
 私としても住民の巻き添えは困るので、出てこないで居てくれたほうが有り難かった。
「おや、三人程度で僕の相手が務まると思っているのかい?」
「貴様、たった一人で我々の相手が出来ると思っているのか?」
 挑発には挑発で返す。エラゼルが不敵に笑う。
「エラゼル、少しだけでいいから相手に隙を作って。今の私じゃ、全力の動きはほとんど出来ない」
 エラゼルにしか聞こえない程度の声で伝える。
「努力しよう。だが、私が仕留めても構わんのだろう?」
「もちろん」
 私の答えに無言で頷くと、エラゼルはグランザーさんに目で合図を送った。
 先に動いたのはグランザーさんだった。
 あっという間に距離を詰めると、物凄い横凪ぎをしてみせる。
 騎士団長クラスに劣らぬ剣は、さすが三月官と思わせた。
 紙一重といったところで、下がって避けた男だったが、読んでいたかのように、エラゼルがそこを襲う。
 男はさらに一歩後退したが、斜め下から切り上げた剣は、男のローブの裾を切り裂いた。
「ち! 僕のお気に入りを」
 男は苛立ったように吐き捨てる。
 エラゼルがニヤリと笑い、人差し指で頬を指して見せた。
 男が自らの頬に手を当てると、男の形相が変わる。その手と頬は血で真っ赤に染まっていた。
 男にとって、二人の力量は想定外だったのだろうか。
「貴様等は生かして返さん!」
 男は怒りに震えた声で叫んだ。
「それはこちらも変わらん」
 グランザーさんが容赦なく斬りかかる。男も避けてはいるのだが、当たりそうな攻撃が全て、何かによって弾かれている。
 エラゼルが切りつけた時には無かったものだ。
(何が原因?)
 何か呪文を唱えて魔法を発動させたようにも見えない。
 痺れを切らしたエラゼルも、同時に切りかかる。
 さすがに二人が相手となると、男も回避が厳しくなったのか、表情から余裕が無くなる。
 再びエラゼルの剣がローブの袖を切り裂いた、
 グランザーさんの剣のように弾かれない。
(そうか!)
 理解できた。
 だが、動こうにも体が痛い。エラゼルに偉そうに言った手前、ここでただ立っている訳にはいかない。
 体の痛い箇所に魔力を流すようイメージし、歩いてみる。
 少しだけ、痛みが引いた気がした。
 私は戦う三人に近付くため、歩を進める。
 時折風が運んでくる焦げ臭い匂いが、苛立つ私の心に悲しみの要素を加える。
 これ以上、勝手をさせるものか。
 街のために涙を流すのは、これが終わってからだ。自分に言い聞かせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました

山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。  でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。  そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。  長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。 脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、 「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」 「なりすましヒロインの娘」 と同じ世界です。 このお話は小説家になろうにも投稿しています

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

殿下から婚約破棄されたけど痛くも痒くもなかった令嬢の話

ルジェ*
ファンタジー
 婚約者である第二王子レオナルドの卒業記念パーティーで突然婚約破棄を突きつけられたレティシア・デ・シルエラ。同様に婚約破棄を告げられるレオナルドの側近達の婚約者達。皆唖然とする中、レオナルドは彼の隣に立つ平民ながらも稀有な魔法属性を持つセシリア・ビオレータにその場でプロポーズしてしまうが─── 「は?ふざけんなよ。」  これは不運な彼女達が、レオナルド達に逆転勝利するお話。 ********  「冒険がしたいので殿下とは結婚しません!」の元になった物です。メモの中で眠っていたのを見つけたのでこれも投稿します。R15は保険です。プロトタイプなので深掘りとか全くなくゆるゆる設定で雑に進んで行きます。ほぼ書きたいところだけ書いたような状態です。細かいことは気にしない方は宜しければ覗いてみてやってください! *2023/11/22 ファンタジー1位…⁉︎皆様ありがとうございます!!

処理中です...