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第一部:第十二章 幕開け

(一)年の瀬③

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 しばらくすると、注文の品が三人の前に次々に置かれていった。
 見たことも無い食べ物を前に、萎縮するどころか、興味津々のエラゼル。
「公爵家のお嬢様のお口に合いますかな?」
 悪戯っぽく言うシェラも、隣でエラゼルを観察するラーソルバールも、まがりなりにも貴族の令嬢である。もっとも、ラーソルバールはそんな事を半分以上忘れているが。
 ふたりに見守られつつ、初めての麺を口に入れたエラゼルの感激は、見事に顔に表れていた。
 屋台の食べ物もそうだが、公爵家の食卓に並ばないもの、寮の食堂で提供されないものを口ににした時のエラゼルは、不思議と嬉しそうに見える。
 そして、少し食べたところで、エラゼルは何かを思い出したように、ふと手を止めて茶を飲む。
「さっきの話だがな」
 お嬢様らしく、口の中の物を茶で無くしてから話し始めた。
「ん?」
「体への負担は、体内の魔力循環を活性化させる事で軽減させることが出来るそうだ。要するに、魔力で体を守る……というか一時的に強くすることができる、という事らしい」
「それは魔法じゃないの?」
 ラーソルバールは首を傾げる。
「ちょっと違うな。魔法とは体内の魔力を有効に活用して発動させるもの。だが、この場合はそれを局所に移動させ、筋肉などを防護することに利用するそうだ。私も聞きかじった程度なので、やった事はないが……」
 夢中になってフォークを振り回して熱弁するエラゼル。
 自分のその行為に気が付くと、顔を赤く染めて俯いた。
「なるほど! そんな活用方法があるんだね、知らなかった! 有難うエラゼル!」
 嬉しそうにエラゼルの手を握り、礼を述べる。
 そういった対応にも慣れていないエラゼルは、更に顔を赤らめる。
(あらあら……)
 シェラは気付かれぬよう、口元を隠して笑った。

 店を出る頃、シェラとエラゼルは食事に満足したのか、満面の笑みを浮かべていた。
 一方のラーソルバールは、エラゼルの言葉が気になったのか、考えにふけっている様子で、半分上の空で聞いていた。
「ラーソル、大臣達の挨拶までにはちょっと時間があるから、小物でも見に行こうか」
 この後、シェラに腕を掴まれ、そのままいくつかの店を回ることになる。
 夕方を迎える頃には、シェラの好奇心も満たされたのか、足は王城に向かっていた。

 王城の前は既に人だかりができており、会場となるバルコニー前の広場に向かう列ができていた。
「来るのがちょっと遅かったかな」
 少し申し訳無さそうにするシェラ。
「大丈夫」
 気にする様子も無く、列に並ぶエラゼル。
「と言っても、何か特権を活用する訳ではない。そこのところの道理はわきまえている」
「立派なお嬢様ですこと」
 茶化すように言って、エラゼルに続くラーソルバール。そして、シェラも続く。
 列の緩やかな流れに続くことしばらく、ようやく広場に到着した。
 間もなく、王城の大きなバルコニーが慌ただしく動き始め、何人かが顔を出して手を降振る。
「あ、ナスターク大臣」
 ちらりと姿を見せた大臣に反応するシェラ。
「ナスターク大臣は留任決定だそうだ。誠実で職務にも真面目な方らしいので、有難いことだ。その隣に見えるのが、新宰相のメッサーハイト公爵だ」
 デラネトゥス家の情報だろう。ラーソルバールはちらりと横を見る。普段とは異なり、後で髪を束ねているので、エラゼルの横顔が良く分かる。
「さあ、準備ができたようだぞ」
 凛々しさに優しい笑みを浮かべた横顔と、美しい金色の髪が、僅かに傾きかけた陽の色に染まっていた。
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