上 下
123 / 439
第一部:第十章 エラゼルとラーソルバール(中編)

(四)雪辱への序曲③

しおりを挟む
「始め!」
 ガイザとミリエルの試合が開始された。
 本来であれば見知った二人の試合をゆったりと観戦するはずだったラーソルバールだが、フォルテシアの脇で必死に彼女の名を呼んでいた。
 ラーソルバールの呼び掛けにも、意識を失ったままのフォルテシアには届かない。
「ちょっと彼女から離れてて」
 エナタルトが落ち着いた声でラーソルバールを下がらせた。
 大会用に設置された臨時救護室では、エナタルトの診断のもと救護員が慌ただしく動き、フォルテシアの鎧を外すなどの対応に追われていた。
「腹部と腰部は重症ではないけど、頭は危険だから急いで!」
 大会の運営上、怪我人が出ることも、その対応をすることも当たり前となってはいるが、エナタルトの声はやや危機感を煽るものだった。
 鎧を外し終わると、救護による回復作業が始まる。
 まずは頭部、次に腰部、腹部と回復魔法が施される。
 ラーソルバールは見ている事しか出来ない歯痒さに、拳を握りしめた。

 その頃、ガイザとミリエルは激しい戦闘を繰り広げていた。
 ミリエルの攻撃を剣で捌き、危険な場面こそ無いものの、未だに懐に飛び込めずにいる。
 それはミリエルが大振りを避け、堅実な試合運びをしているからでもある。大振りをすれば危険な相手だと分かっているからだ。
 堅実な戦いだからこそ、ガイザはその攻撃を捌くことを苦にはしない。長期戦になる様相を見せていた。
 ここでガイザが一計を案じる。
 攻撃を加えてミリエルの動きを止めた後、大きく後ろにステップを踏んで後退し、魔法の詠唱を始めた。
「させない!」
 ミリエルが詠唱を阻止しようと、即座に襲いかかる。
 それを見た瞬間、ガイザは詠唱を止めると体勢を低くしてミリエルに突っ込んだ。
「フェイクか!」
 想定外のガイザの動きに、ミリエルの反応が一瞬遅れた。
「あ!」
 ガイザが狙った通りミリエルの斧は出が遅くなり、胴はガラ空きに。そこにはガイザの確かな一撃が加えられていた。
「やられた……」
 まんまと罠にはめられたミリエルは、悔しそうに天を仰いだ。
「ふぅ……」
 ガイザは大きく息を吐いて、体の力を抜く。同時に、自分がそれだけ気が張っていたという事を自覚した。
「お見事です。まんまと騙されました」
 ミリエルが伸ばした手を握り返すと、ガイザは黒髪が乱れるように頭をかいて苦笑した。
「ギリギリの賭けでした。また、お手合わせお願いします」
 照れ臭そうに言葉を返すと、軽く頭を下げると、ミリエルは「よろしくね」と笑顔で応じた。

 試合の勝者が決した頃、フォルテシアの処置もようやく終了した。
「これで大丈夫よ、ラーソルバールちゃん……でしたっけ?」
 エナタルトが半泣きになっていたラーソルバールの肩に手を乗せた。
「ただ、頭部を強打してたから念のため数日間は安静に」
 意識はまだ戻らないが、呼吸は安定している。
 きっと大丈夫だ。ラーソルバールは自分に言い聞かせる。
「はい……、フォルテシアにも……良く……言っておきます」
 涙声で答えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました

山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。  でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。  そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。  長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。 脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、 「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」 「なりすましヒロインの娘」 と同じ世界です。 このお話は小説家になろうにも投稿しています

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

パーティー会場で婚約破棄するなんて、物語の中だけだと思います

みこと
ファンタジー
「マルティーナ!貴様はルシア・エレーロ男爵令嬢に悪質な虐めをしていたな。そのような者は俺の妃として相応しくない。よって貴様との婚約の破棄そして、ルシアとの婚約をここに宣言する!!」 ここ、魔術学院の創立記念パーティーの最中、壇上から声高らかに宣言したのは、ベルナルド・アルガンデ。ここ、アルガンデ王国の王太子だ。 何故かふわふわピンク髪の女性がベルナルド王太子にぶら下がって、大きな胸を押し付けている。 私、マルティーナはフローレス侯爵家の次女。残念ながらこのベルナルド王太子の婚約者である。 パーティー会場で婚約破棄って、物語の中だけだと思っていたらこのザマです。 設定はゆるいです。色々とご容赦お願い致しますm(*_ _)m

殿下から婚約破棄されたけど痛くも痒くもなかった令嬢の話

ルジェ*
ファンタジー
 婚約者である第二王子レオナルドの卒業記念パーティーで突然婚約破棄を突きつけられたレティシア・デ・シルエラ。同様に婚約破棄を告げられるレオナルドの側近達の婚約者達。皆唖然とする中、レオナルドは彼の隣に立つ平民ながらも稀有な魔法属性を持つセシリア・ビオレータにその場でプロポーズしてしまうが─── 「は?ふざけんなよ。」  これは不運な彼女達が、レオナルド達に逆転勝利するお話。 ********  「冒険がしたいので殿下とは結婚しません!」の元になった物です。メモの中で眠っていたのを見つけたのでこれも投稿します。R15は保険です。プロトタイプなので深掘りとか全くなくゆるゆる設定で雑に進んで行きます。ほぼ書きたいところだけ書いたような状態です。細かいことは気にしない方は宜しければ覗いてみてやってください! *2023/11/22 ファンタジー1位…⁉︎皆様ありがとうございます!!

処理中です...