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第一部:第九章 エラゼルとラーソルバール(前編)

(四)赤と白のドレス③

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 しばらくして、ダンスの時間が訪れた。
 様々な楽器が多数の奏者により奏でられ、先程までの雰囲気とは大きく変わった。
 優雅な音楽に合わせダンスに興じる者、それを見つめるだけの者。
 ダンスの得手不得手に関わらず引っ張り出される者も多く、時折和やかな笑いに包まれる。華やかな時間だった。

 その雰囲気が一転する。
 壇上から、王太子とエラゼルが手を取って現れた時だった。周囲が音楽を残し静寂に包まれる。
 エラゼルは白を基調としたより華やかなドレスに着替え、同様の色調の衣裳に身を包んだ王太子が隣に居る。誰もが二人の姿に感嘆の声を漏らした。

「兄上ばかりがつまらん……」
 ラーソルバールの背後で声がした。
 慌てて振り返ると、ウォルスター王子が腕を組んで不満そうに立っていた。
(なぜここに!)
 ちらりと見やった王子と目が合ってしまい、ラーソルバールは固まった。
(しまった!)
 後悔したときには遅かった。
「同年代の娘が少ないのだ。諦めて一緒に踊れ。フェスバルハ伯爵、借りるぞ」
 ほとんど踊った事のないラーソルバールにとって、それは何よりも避けたかったことだった。
 だが王子は問答無用で手を掴み、ラーソルバールに有無を言わせない。
 絶対に失敗する。手を引かれながら、ラーソルバールは冷や汗が止まらなかった。
「そう固くなるな。剣舞と思えば気が楽になるだろう?」
 意地の悪い顔をして、躍りへと誘う。
「あ、いや、そういう問題では……」
 踊りだけでも嫌だというのに、王子と踊るなど災厄以外の何物でもない。

 ままよ、と腹をくくって、ダンススペースへ。
 と思えば、嫌がらせのように既に踊り始めた王太子とエラゼルの橫へ。
(ぎゃー!)
 端で良いのに、よりによって一番目立つ場所へ。冷や汗は止まるどころが滝のように出ているのではないか。ラーソルバールは顔には出せないが内心穏やかではなかった。
「どうだ、これでやる気が出るだろう?」
「逆効果です、殿下!」
「先程の主役だ。多少の事は大目に見てくれる」
 ああこの人に今、何を言っても無駄だ。ラーソルバールは悟った。
「無様な姿はさらせぬぞ、ラーソルバール・ミルエルシ」
 近くに来たエラゼルが小声でささやく。
(余計なお世話です、エラゼルさん……)
 顔には出たが、素直に言い返せない辺りがラーソルバール。
 踊り始めるたが、王子のエスコートが良いのか、無難にこなせている気がする。周囲からはどう見えているのだろうか。ラーソルバールは気になった。
「文句を言う割には、様になっているじゃないか」
 王子が笑った。
 元々、運動神経の良いラーソルバール。ステップは剣を持ったそれと大差無いが、それ自体が優雅に見えるため、素地は悪くない。
 加えて、良い見本が真横で踊っている。
 しばらくすると、周囲も驚くような上達ぶりを見せた。
(腕をもう少し上げて……ステップは……)
 本人は試行錯誤しながら、作り笑顔を崩さずにいる事で精一杯だったのだが、赤と白のドレスが交錯しつつ踊る様は、会場を魅了するのに十分だった。
 曲が終わりお辞儀をすると、四人の主役は喝采に包まれた。
 平静を装う他の三人とは違い、ラーソルバールだけが上気させたような顔をしていた。
「お疲れさん」
 引き上げてくると、王子はラーソルバールの肩をポンポンと叩いて労をねぎらった。
「殿下の『また後で』とはこういう事でしたか」
 フェスバルハ伯爵は二人を笑顔で迎えた。
「結果的には、もう一人の主役のお披露目になってしまって、俺は完全に脇役になってしまったがな」
 王子はにこやかに答えた。
「では、また会おう。楽しかったぞ、ラーソルバール嬢」
 そう言い残して、王子は戻っていった。

 この日以後、事件の事は公にはされていないが、会に出席した人々の間では、赤いドレスの令嬢の話題が度々出るようになった。
 会を終え、イリアナと挨拶を交わし、フェスバルハ伯爵らに別れを告げると、ラーソルバールはひと仕事終えたという満足感で一杯になっていた。
 だが、会場を去ろうとした瞬間、警備に慌てて呼び止められ、馬車で送られる事になってしまった。
 豪華な馬車で寮まで送られた挙げ句、ずっしりと重い、お礼の粗品とやらまで無理矢理持たされた。
 後で開封したが、予想を裏切らず、金色の物が山と入っており、ラーソルバールを唖然とさせた。
 ため息をつくと、ひとつの気掛かりが有った事を思い出した。
「ブローチ、使ってくれるかな?」
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