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第一部:第六章 後始末と始まり

(一)怒り③

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 ラーソルバールは焦らずに、ゆったりと剣を構える。対して、相手が緊張してまともに動く事ができないだろうと想定していたジェスターは、意外な反応に驚いた。
「ち! 度胸だけはマシなようだな!」
 地面を強く蹴り、ラーソルバールの左側面から攻撃を仕掛ける。
 反利き手側から攻める事で、軽々とあしらえるはず。ジェスターには、その自信が有った。入学前の剣技大会でも、この攻撃に反応できる相手は少なかった。
 真横に繰り出した剣が、ラーソルバールを捉えると思った瞬間、真上へと弾き上げられた。力で弾かれたというよりは、力を利用され、軽く跳ね上げられたと言った方が、正しいかもしれない。
「な……」
 あまりの事に、驚きの声を上げた次の瞬間、ジェスターは腹部に強烈な衝撃を感じ、そのまま片膝をついてしまった。
 剣を弾き上げたはずの、ラーソルバールの剣がジェスターの腹部を捉えていたのだ。

 ジェスターは確かに見た。
 自らの剣を弾いた後、相手の剣は弧を描くようにして襲い掛かって来たのを。剣技大会でも見た事が無いほど、鮮やかな剣捌きだった。
 ラーソルバールは、相手がシェラやフォルテシアだった場合には、この様に振り抜くことはせず、寸止めにするか軽く当てるかに留めている。それを容赦なくやってのけたのには、彼女自身、ジェスターに対する怒りが有ったからに他ならない。
 無論、入学直後の事を根に持っていた訳では無い。それ以後も、誰に対しても同様の態度を取り続け、他者を見下す傲慢さに、苛立ちを覚えていたからだった。
 騎士を目指す者として、許し難い行為。
 ラーソルバールが怒りを剣に乗せるのは、初めてと言って良い。盗賊と対峙した時でさえ、怒りではなく罪無き人を守る、という思いだけで戦った。
 だが今は違う。
 この傲慢さは、騎士として誰も救えない。
 自らの思いを押し付けるつもりは無いが、彼の有り様は、誰が見ても騎士に相応しいとは思えないはずだ。
「まぐれだ!」
 自分の負けが認められないジェスターは、腹部の痛みを堪えて立ち上がる。
 自分の剣には自信が有る。剣技大会で負けたのは、相手が大人だったからだ。同年代の女なんかに、負けるはずが無い。
 剣を握りなおし、ラーソルバールに切りかかる。
 振り下ろす、切り上げる、突き出す。どれもが、かすりもしない。相手は剣すら動かさない。……いや、動かせないんだ。そう確信して踏み込んだ瞬間、再び腹部に強烈な一撃を食らって、弾き飛ばされた。
 今度は見えなかった。
 いつ剣が動いたのか。相手は体を捻って剣を避けたばかりだったはずだ。その時、剣はどこにあったのか。……剣は無かった、というよりは、体に隠れて見えなかった。
 その時既に、予備動作に入っていたという事か。頭では理解できたが、この相手がそんな技を使うなど、信じられるはずも無かった。
「くそぉ! くそぉ!」
 ジェスターは拳で地面を叩いた。
 二度目も油断していたか。……否!
 同じ轍を踏むまいと、注意していた。相手がその上を行ったのだ。
 噂では、何と言っていたか? 「牙竜将と互角に戦った」などという話は信じていなかった。そんなはずが無いと、頭から決め付けていた。牙竜将だって、手を抜いていたはずだ。だが、それでも自分は互角に戦えるのか?
 答えを導き出す。
 ジェスターは三度目の戦いを選んだ。全力で行く。そう決めて剣を握りしめた。
「だらぁ!」
 信じるままに剣を振り下ろした。
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