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第一部:第五章 ラーソルバールの休暇(後編)

(二)剣の重さ③

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「本当の話です。護衛の方も怪我をして居られましたし、取り逃がして禍根を残す訳にはいきませんので、助力致しました。恐ろしい娘だと思われましたか?」
 心なしか縮こまって話すラーソルバール。あまりに消沈している様子を見て、夫人は心配そうな顔を向けた。
「ラーソルバールちゃん、ごめんなさいね。良いことをしたのですから、胸を張っていいのよ。誰も怖いなんて思いませんし」
「そんな、奥様…気になさらないでください」 
 夫人に頭を下げさせるつもりはないのだが、自分が凹んでいたせいで、結果的に余計な気を使わせてしまった。ラーソルバールは、申し訳ない気持ちになった。
「私もラーソルバールちゃんの慌てる様子が可愛くて、思わず笑っちゃったけれど、許して頂戴。やり過ぎた主人には、後でしっかりとお説教しておきますから」
「むむ……」
 夫人に睨まれて、伯爵は言葉を詰まらせた。
「自ら手を汚す覚悟が無ければ、為政者にはなれません。それに誰一人、殺してはいないのでしょう」
 優しくアントワールが語りかける。
「誰も殺してはおりません。命をとるのは本意ではありませんし、私にはその度胸がありません」
「ならばやはり、ラーソルバールは良いことをしたのだ」
 アントワールの優しい笑顔が嬉しかった。

 騎士になればいつかは、誰かの命を奪わなくてはならない瞬間が訪れるに違いない。それまでには、この未熟な心も耐えられるようになっているだろうか。
 正義感だけで突っ込んで行くような、そんな事が出来るのは今だけなのだろう。否応無く置かれる戦いの中、憎しみに駆られながら、剣を手にするような時が訪れるのだろうか。
 背伸びをして大人のふりをするには、まだ気持ちがついていかない。未来は、この先の自分はどう在るべきか。ラーソルバールは自問する。

「ラーソルバールちゃん、大丈夫?」
 押し黙って考え込んでいたので、心配そうに夫人が声をかけてきた。
「大丈夫です……。ちょっと考え事をしていたもので」
「ならいいけれど」
 思い詰めたような顔をしていたのだろうか。せっかくの食事の時間を台無しにしてしまった気がして、申し訳ない気持ちになった。
 そんな心情を見透かしたように、伯爵はラーソルバールを見つめると、大きく息を吐いた。
「人間は、己の地位や既得権益を守るために、道から外れた行いをする時がある。そんな相手と対峙した時、自らの剣を正しい行いのため民のために振るう覚悟があるか? 剣を向ける相手が親しい仲だったとしても」
 伯爵の言葉は重かった。
「私の剣は正しい事のため、大切なものを守るために使うと決めています。しかし、伯爵が仰るように剣を向ける相手が親しい者だった時、私は志を曲げずに居られる自信がありません」
「そうだろうな。簡単に割り切れるものではない。無論、非情になれと言っている訳ではない。だが、もしもに備えてその心構えはしておきなさい」
 優しく諭すような言葉を、ラーソルバールは心に刻んだ。

 覚悟が無いなら、どうすれば良いか必死に考える。今はそれしかできない。
 騎士になると決めた。その道が険しくとも、歩みを止めない限りは夢は近付く。この数日の出来事も、必ず何かの糧になるはずだ。
「皆様、ありがとうございます」
 最期のムースを口に運び、気持ちを新たにした。
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