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第一部:第三章 学校生活

(二)父の繋いだ縁②

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 ある時、ラーソルバールは、教材の運搬の手伝いをエルハンドラ老師から依頼された。
 その日の授業は教書だけでなく、地図や模型まで使用した大掛かりな内容であったため、その片づけにも人手がいるということになったからだ。
「手伝わせてすまんの。ええと……何という名じゃったかの」
「ラーソルバール・ミルエルシです。先生」
「おお、そうじゃったか」
 思い出したように頷いた後、老師はピタリと立ち止まった。
「ミルエルシ……とな? その顔立ち『双剣の鷲』の縁の者か?」
 エルハンドラ老師は髭に手をやりつつ、ラーソルバールの顔を見つめた。
「クレストは私の父でございます」
 ラーソルバールの言葉に驚いたように、老師は、ほぅと声を上げた。
「やはりそうか、懐かしいのう」
「父をご存知なのですか?」
 今度はラーソルバールが驚いた。まさか父を知っている人物が、ここに居るとは思っていなかったからだ。
「彼も私の教え子だったよ。騎士となってからの事も知っている」
 老師の優しい顔が、父との繋がりを思わせる。
「彼が毒矢を受けた影響で病を発し、騎士を辞する事になってから十年にはなろうか。今も健在か? 病の床ということはなかろう?」
 ラーソルバールから視線を外すと、昔を思い出すように何かを見つめた。
 それが何なのかはラーソルバールには分からないが、父と関連する何かが有るのだろうかと少々気になる。
「病に伏してはおりませんが、治癒もしておらず、今も体が全て自由に動くという訳にはまいりません。出来る事を弁え、剣をペンに持ち替えて司書として、出仕しております」
「ふむ、騎士を辞する折、騎士団の書記かこの学園で職を、と提示されたのだが『騎士団での働きでその後の職を得たのでは、周囲への体裁も悪いし、娘に合わせる顔が無い』と言って断りよった」
「そうだったのですか」
 父が司書になった経緯を、ラーソルバールは初めて知った。
 どうにも真面目というか、一本気と言うか。性格的にも、そこは曲げられないところだったのだろう。父の言いそうな事だ。ラーソルバールにも、それが分かる気がした。
「騎士団で禄を食んだことのあるこの老いぼれには多少耳が痛かったが、なんと潔い男かと感心したものよ。まさにその言葉通り自らの力で職を得たのじゃな。胸の透く思いじゃ」
 先程の物憂げな表情は消え、老師はカラカラと笑った。年輪を重ねた顔が一層しわくちゃになる。
 そしてふと何かを思い出したように、ラーソルバールの方に向き直った。
「して、試験の折そなたの剣技を見たのだが、あれは『鷲』より教わったものか?」
「いえ。幼い頃、騎士としての父の姿を見て覚えてはおりますが、剣筋などは分かりません。また先程申し上げたように、病を得てより剣を振るうことがありませんので、剣を交えたこともありません。もとより父は私が騎士になることに反対でしたから、父は私に剣を教えてはくれませんでした」
 ラーソルバールの言葉に老師は驚いたような顔をした。良く表情の変わる人だ、とラーソルバールは心の中で笑った。
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