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第2章 ハルシュライン編

第47話 アリスの第1の罪

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ウィルはリーベルトからすべての事情を聞き、居ても立っても居られなくなり甲板にいるアリスの下へ向かう。

しかし、彼をアリス専属メイドのサラとハンナが止める。

「アリス様に恥をかかせておいて、今更何をする気ですか?」

サラは冷たくウィルに侮蔑をこめて抗議をする。

「ウィル、私がせっかくお膳立てしてあげたのにこの失態。覚悟はできているわね」

ハンナの茶色の髪や平凡な顔が変化していき、金髪碧眼の女性になる。
ウィルシャナは彼女の顔を見て凍り付く。

「姉上……なぜここに?」

彼女はハンナ・ウェルシュタイン、ウェルシュタイン公爵家の長女である。
変身能力を持っているので、他人の目を欺くことなど容易いのだ。
ウィルは後悔をする。
直接裸を見られた時にはいなかったが、服の上から撫でられた時には同じ部屋にいた。
実の姉に女性から逃げたところを見られたのだと知り、恥ずかしさと屈辱で姉を殴りそうになる。

「ウィル、がっかりよ。あなたがここまでヘタレだったとはね」

この言葉は真実であるためウィルは唇を噛み屈辱に耐える。

「たしかに、あなたの顏はまぁまぁよ。でも利用できないなら宝の持ち腐れよね。あぁ、あなたはヘタレだから一生女の子を抱けないんだから問題ないわよね。ヘタレの夜はヘタレだから女の子を満足させられないわよね。よかったわね一生独り身で」

ウィルは姉のこの言葉に槍を構える。
いくら紳士のウィルといえどもここまでの侮辱は許せなかった。

「あら、ウィル。お姉ちゃんに勝てたことあったかしら。スキルなんかに頼っている程度じゃ一生勝てないわよ」

この言葉を聞いた瞬間、ウィルは槍を鋭く突き出す。
容赦なく姉の腹を狙った一撃は、踊る様に避けられる。
ウィルの隙をつきハンナの蹴りがウィルの股間に突き刺さる。

「うっ……ぐっ……つぅ」

ウィルはあまりの痛みにうずくまる。
しかし、うずくまった彼の胸にさらに蹴りが撃ち込まれる。

「ぐはぁ……んぐぅ」

ウィルは肺の中の空気を吐き出してしまい息ができなくなり苦しむ。

「この程度かしら。あなたは弱いわね。これで副騎士団長だなんて笑わせるわね」

「こ……の……サディストめ」

ウィルは苦し紛れに悪態をつくが立ち上がれず、情けなく膝を着く。
ハンナはその姿を見て見下すように笑う。

「女の子に恥をかかせた上に、失神するようなヘタレは死ねばいいわ」

ハンナは落ちている槍を掴むとウィルの心臓に向けて突き立てようとする。
しかし、槍が胸に突き刺さる前に槍は消失する。

「ハンナさん、さすがに殺したらまずいですよ」

ハンナを止めたのはアリスであった。
アリスはハンナが何者か最初から知っていた。
専属メイドになった時に、正体を打ち明けられていたのだ。

「アリス……なんで……こんな私を」

「私を嫌っている人でも死なれたら困るので」

アリスは強がっているが陰からずっと見ていて、ウィルが殺されそうになったので慌てて槍を“拒絶”で消し飛ばしたのだ。

「アリスの行為を断り、恥をかかせて済まない」

ウィルはアリスに土下座を使用とするがアリスが手でそれを止める。

「止めてください。私なんかの手で大切な所を触られて嫌でしたよね」

「いえ……あれは違っ……敏感な……触られて」

ウィルはしどろもどろで話すためアリスに伝わらない。

「婚約者は義務でなったんですよね」

「それは違う。私はアリスを愛しているんだ」

「でも性的なことはできないんですよね」

「あれは恥ずかしかっただけなんだ」

「いいんです。ウィルは男性じゃないと興奮しないんですよね?」

「はっ?」

あまりの展開にウィルの思考は停止する。
その隣で悪戯が成功したのが嬉しいのかハンナが必死に笑いをこらえる。
犯人はハンナである。

「でも、しょうがないですよね。男性が好きなのは個性ですもんね。大丈夫です。ウィルの初体験はアルかレイ君に奪ってもらいましょう」

アルはその光景を想像し吐き気を感じる。
幼馴染のように育ってきた二人と交わるなど考えたくもなかったのだ。

「私は女性が性の対象ですから!」

ウィルは必死にアリスに弁明をするが届かない。
これにはハンナを殺してやりたい衝動に駆られるが、残念ながらウィルの実力では敵わないのだ。

「あらあら、ウィル。嘘はダメよ。アリスに裸を見られて気絶するんだもの。女性に嫌悪感があるのね。男性に気持ち良くしてほしいのよね」

「姉上、それ以上、余計なことを言わないでください」

「ねぇ、冗談はここまでにして真面目な話をしますよ」

アリスはただウィルをからかっているだけなのだ。
しかし、ここからは真剣な話である。

「ウィルは私のことをどう思いますか」

「はい、私はあなたのためならば死んでもいいと思っております」

ウィルはそういい、アリスを抱きしめる。

(これが本当の愛のぬくもりですか。愛とは性愛であり互いを求め合うことと思っていましたが、どうやらこんな愛のカタチもあるのですね。この人のぬくもりはどこかで覚えがあります)

アリスはこの温かいぬくもりを思い出す。

(これは私のためなら死んでもいいと言っていた母と父の愛のような、命を懸けていいほどの愛ですね)

アリスは1つ目の罪を突然に思い出す。
思い出した前世の最後に、胸が苦しくなり逃れられない心が引き裂かれるような、焼かれるような言葉には言い表せない痛みにアリスは胸を押さえテーブルに倒れこむ。
テーブルは倒れ、その上のものも床に散乱してしまう。
アリスは落ちていたナイフを手に取ると自らの首を切り裂いた。




ウィルは3日間、船の医務室で目を覚まさないアリスを見守り続けていた。
アリスの首の傷は一瞬で再生したが、なぜか目を覚まさない。
ウィルはアリスがまた自分を愛していると言ってくれるのを信じて、一睡もせずに見守り続け彼の頬はこけ始めていた。

「アリス、目を覚まさないのはどうしてですか。ハルシュラインはいいとこです。デートでもしましょうね」

「それは、叶わぬ相談だな」

「なっ……あなたは誰ですか」

ウィルは突然背後に現れた男たちに驚き、判断が遅れ背中に一太刀浴びてしまう。
刃に麻痺毒が塗ってあったのかウィルは身体が上手く動かせなくなる。
必死に張っていき目を覚まさないアリスを守る様に覆いかぶさる。
男たちは楽しむようにウィルを切り裂いていく。

「アリス……あなたのためなら……死んでいもいい」

その言葉により起きたのかは分からないが、奇跡的にアリスは目を覚ます。
血だらけのウィルと男たちを見て状況を察し怒りに支配されるアリス。

「お前らぁあああ! 絶対に殺してやるぅうううう!」

アリスのあまりの怒気に男たちは身を硬直させてしまう。
一人目の男は頭を掴み、そのまま握りつぶす。

(あぁ、これが罪の力ですか。悲惨で壮絶な死により魂に刻まれる力ですか。全身が炎で焼かれるような痛みを感じますが、ウィルを失うよりは苦しくありません)

アリスは2人目の男の心臓を手刀で突き心臓を握りつぶす。
そのまま反動をつけて蹴りで3人目の顎から上を吹き飛ばす。
4人目の男は手刀で胴体を袈裟切りにする。

「ひぃ……次期女王がこんな化け物なんて知らないぞ」

「化け物だろうと何だろうといいじゃないですか」

アリスは返り血で汚れた恐怖を駆り立てるような姿で男に近づいていく。
最後に乗った男は死を感じ、涙を流し命乞いをする。

「ま……待ってくれ……殺さないでくれ」

「私は決めてのですよ。私の大切な人を失わないためなら化け物にでもなんでもなりますよ。この力は第一の罪を思い出したことで発言した力、一罪・人間道です。能力は単純で身体能力の超強化です。どうですか化け物の名にふさわしい力ですよね」

アリスが思い出した第一の罪は、事業に失敗し闇金に追いつめられ、無理心中をしようとした父ともみ合いの末に父の持っていた包丁で刺し殺してしまい、それを見た母は私を殺そうとしてもつれ合いになりながら刺し殺してしまい、最後には父と母を殺した包丁で自らの首を、切り裂き罪を償わずに自殺した。

これがアリスの前世での罪である。
彼女の運命が彼女を壮絶で悲惨で悲劇的な最後に導いてしまうのだ。
アリスはこれを全て自分のせいだと考えている。
自らの運命が周りを不幸にしたのだ。

だから、それらの罪を背負いながらアリスは変わった。
自分の大切な人を守るためならばなんでもする。
たとえ、それがどんなに間違ったことだとしても、自らの大切なものを守る決意でありみずからにかした制約でもあるのだ。
それは地獄のような最後を生きたことにより心に影響をもたらしているのだ。

「こんな簡単に人を殺すなんて狂っている」

「あなたには言われたくないですね。人の命を奪おうとして自分の命は奪われたくない。そんなの間違っていますよ。人の命を奪うんでしたら、ご自分の命もかけてください」

男は涙を流しながら絶望する。
アリスの目には殺すという意志しか感じられないのだ。

「アリ……ス、ダメだ……殺しては……いけない」

ウィルは意識が飛びそうになりながらもアリスを止める。
アリスには人の命を奪う魂の罪をこれ以上、背負ってほしくないのだ。

「ごめんなさい。でもウィルを傷つけたこの男を許せません」

アリスは床に倒れた男の顔に落ちていた剣を突き立てるのだった。

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