7 / 37
7. 近付く距離と落ち着かない気持ち
しおりを挟む「リスティ!」
「殿……ルフェルウス様?」
いけない、いけない。
つい“殿下”と口にしそうになったら無言の圧力を感じたわ。
「今日もお妃教育の日か」
「えぇ」
私がそう返事をすると、ルフェルウス様は少し申し訳なさそうな顔をした。
「ルフェルウス様? 顔がおかしいですわよ」
「顔がおか……しい!?」
ルフェルウス様が驚きいっぱいに目を見開く。
ん? と思った所で私の言い方が変だった事に気付いた。
(いけない、いけない! 侮辱したみたいになってしまったわ)
「あ! 失礼致しましたわ。こちらは本音でした。えっと、おかしな表情をしてどうしま……」
「リスティ!! ちょっと待て。本音とはなんだ、本音とは!」
「……えっと……あれ? 私、そんな事を言いましたか?」
「言ってたぞ!! はっきり聞こえた」
「……」
私がそろっと目を逸らすと、ルフェルウス様は少し不貞腐れていた。
その顔はちょっと可愛かった。
よく分からないまま、ルフェルウス様の婚約者となって数日。
こうしてくだらない会話が出来る程度には、互いに打ち解けたと思っている。
(恋とか愛とか絡まなければ案外、上手くやれるのかも)
なんて思わなくもないけれど、やっぱり私はいつだって、ルフェルウス様に相応しいと思える令嬢、もしくはルフェルウス様が恋する令嬢が現れた時には、自分が身を引けばいいと思っている。
(特に恋する令嬢の時のおじゃま虫にはなりたくないわ)
はっきり理由は聞いていないけれど、ルフェルウス様が私を選んだのは、私がマゼランズ公爵家の娘だったからに違いない。
気に入った令嬢があの日のお茶会で見つけられなかったので、爵位が1番上の家の令嬢である私を選んでおけば角が立たないから。仕方なく選んだに過ぎない……
──と、思っているのに。
「ルフェルウス様。やっぱり距離が近いと思いませんか?」
「思わない」
私の疑問を綺麗サッパリ否定したルフェルウス様は、そう言って私を抱き寄せる。
お妃教育を終えて、屋敷に戻る私を自分に送らせてくれと言って馬車を出してくれた。
ここまではいい。
問題はこの後。ルフェルウス様は何故か向かい合わせではなく私の隣に座る。
そして、さり気なく腰や肩に手を回し抱き寄せて来る。
ルフェルウス様と過ごしていると密着度が高くなっている事に最近私は気付いた。
「……リスティは嫌、なのか?」
「え?」
「君に私が近付くのを嫌だ……そう思ってる?」
「……」
その顔はずるい。
そんなしょげた顔をするなんて反則だわ。
「い、嫌ではないです」
「本当か!」
しょげてたはずのルフェルウス様が嬉しそうに顔を上げる。
「ですが、あまり近いとですね、こう……胸がドキドキ? するので適度……にお願いしたいのです……」
「ドキドキ……リスティが?」
「えぇ」
私が頷くとルフェルウス様がそっと私の頬に手を伸ばす。
「こうして私に触れられると……ドキドキ……する?」
「そ、そう言っているではありませんか! い、今もです!!」
「ははは、そうか。それはすまない」
ルフェルウス様はそう言って笑ったけれど、私の頬から手を離す気はないらしい。
「……リスティ。私は」
ガタンッ
ちょうどルフェルウス様が何かを言いかけたその時、馬車が止まった。
「……着いたな」
「そうですね。着いたみたいです」
「……」
「……」
「……降りるか」
「はい……」
何だか変な空気になってしまったけれど、ルフェルウス様の手を取り私は馬車を降りた。
「ルフェルウス様」
「何だ?」
「先程は何を言いかけたのですか?」
「……」
何故かルフェルウス様が黙り込む。
「……いや、いつか話すよ」
「そうですか?」
「あぁ」
気になったけれど、本人がそう言っているのでこれ以上は追求しても無理そうだと思った。
だけど、その後もタイミングが合わなかったからか、ルフェルウス様からこの時の話の続きを聞く事は無かった。
*****
そして、月日が流れるのは早いもので。
気付けば私とルフェルウス様が婚約してからあっという間に1年が経とうとしていた。
「ルフェルウス様はこのままで良いのですか?」
「……!?」
その日、いつものように時間を見計らって私のお妃教育の休憩時間に訪ねて来たルフェルウス様とお茶を飲んでいる時の事だった。
私が何気なく口にした疑問にルフェルウス様は心底驚いた顔をした。
「どういう意味だ?」
「いえ、時が経つのは早いもので……何だかんだで私と殿下が婚約して1年が経ちますわ」
「そうだな。だが、それがどうしたと言うんだ?」
「……」
あ、いけない!
少し機嫌が悪くなってしまったかも。
ルフェルウス様の機嫌の善し悪しは割と激しい。
そんな機嫌の善し悪しが、私はこの1年の付き合いで何となく察する事が出来るようになってしまった。
機嫌が悪くなったからと言って当たり散らすような事はされないけれど、機嫌の悪いルフェルウス様はちょっと大きな子供みたいで厄介だ。
「このままでは、私と結婚する事になります、よ?」
「そうだな」
ルフェルウス様はそれがどうした?
そんなすました顔でお茶を飲む。
「“この人だ”と思える方は、まだ、見つからないのですか?」
「……は?」
「私は殿下がそんな相手を見つけるまでの繋ぎのような婚約者だと思っていたのですが……」
「ん?」
「いつ、婚約破棄されてもいいという覚悟で過ごして来ましたのに」
「……!?」
殿下がお茶を飲んだ体勢のまま固まった。
「……」
「……」
そして、何故かそのまま沈黙。
(……あれ? 私、もしかして変な事を言ってしまった??)
そう思うも時すでに遅し。
部屋の温度が一気に下がったような気がした。
65
お気に入りに追加
3,638
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。
海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】
クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。
しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。
失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが――
これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。
※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました!
※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。
朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。
婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。
だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。
リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。
「なろう」「カクヨム」に投稿しています。
二人の妻に愛されていたはずだった
ぽんちゃん
恋愛
傾いていた伯爵家を復興すべく尽力するジェフリーには、第一夫人のアナスタシアと第二夫人のクララ。そして、クララとの愛の結晶であるジェイクと共に幸せな日々を過ごしていた。
二人の妻に愛され、クララに似た可愛い跡継ぎに囲まれて、幸せの絶頂にいたジェフリー。
アナスタシアとの結婚記念日に会いにいくのだが、離縁が成立した書類が残されていた。
アナスタシアのことは愛しているし、もちろん彼女も自分を愛していたはずだ。
何かの間違いだと調べるうちに、真実に辿り着く。
全二十八話。
十六話あたりまで苦しい内容ですが、堪えて頂けたら幸いです(><)
妹に醜くなったと婚約者を押し付けられたのに、今さら返せと言われても
亜綺羅もも
恋愛
クリスティーナ・デロリアスは妹のエルリーン・デロリアスに辛い目に遭わされ続けてきた。
両親もエルリーンに同調し、クリスティーナをぞんざいな扱いをしてきた。
ある日、エルリーンの婚約者であるヴァンニール・ルズウェアーが大火傷を負い、醜い姿となってしまったらしく、エルリーンはその事実に彼を捨てることを決める。
代わりにクリスティーナを押し付ける形で婚約を無かったことにしようとする。
そしてクリスティーナとヴァンニールは出逢い、お互いに惹かれていくのであった。
だから、恋をする。
はるきりょう
恋愛
「だめだ」
通る声が一つ。低いその声は決して大きくないのに、絵梨の耳にしっかりと入った。
「お前、やっぱ、俺と付き合え」
「おいおい、健。もういいじゃん。別の罰ゲーム考えるからさ」
「いやだね。俺はこいつを惚れさせてやる。んでもって、俺からふってやるよ」
黒い笑みを浮かべた健に絵梨は一歩後ずさった。それを追いかけるように健が一歩を大きく出す。
「覚悟しろよ」
※小説家になろうサイト様にも掲載しています。
※以前投稿している「好きになったのは、最低な人でした。」の譲が少し出てきます。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる