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7. 近付く距離と落ち着かない気持ち

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「リスティ!」
「殿……ルフェルウス様?」

  いけない、いけない。
  つい“殿下”と口にしそうになったら無言の圧力を感じたわ。

「今日もお妃教育の日か」
「えぇ」

  私がそう返事をすると、ルフェルウス様は少し申し訳なさそうな顔をした。

「ルフェルウス様?  顔がおかしいですわよ」
「顔がおか……しい!?」

  ルフェルウス様が驚きいっぱいに目を見開く。
  ん?  と思った所で私の言い方が変だった事に気付いた。

  (いけない、いけない!  侮辱したみたいになってしまったわ)

「あ!  失礼致しましたわ。こちらは本音でした。えっと、おかしな表情をしてどうしま……」
「リスティ!!  ちょっと待て。本音とはなんだ、本音とは!」
「……えっと……あれ?  私、そんな事を言いましたか?」
「言ってたぞ!!  はっきり聞こえた」
「……」

  私がそろっと目を逸らすと、ルフェルウス様は少し不貞腐れていた。
  その顔はちょっと可愛かった。



  よく分からないまま、ルフェルウス様の婚約者となって数日。
  こうしてくだらない会話が出来る程度には、互いに打ち解けたと思っている。

  (恋とか愛とか絡まなければ案外、上手くやれるのかも)

  なんて思わなくもないけれど、やっぱり私はいつだって、ルフェルウス様に相応しいと思える令嬢、もしくはルフェルウス様が恋する令嬢が現れた時には、自分が身を引けばいいと思っている。

  (特に恋する令嬢の時のおじゃま虫にはなりたくないわ)

  はっきり理由は聞いていないけれど、ルフェルウス様が私を選んだのは、私がマゼランズ公爵家の娘だったからに違いない。
  気に入った令嬢があの日のお茶会で見つけられなかったので、爵位が1番上の家の令嬢である私を選んでおけば角が立たないから。仕方なく選んだに過ぎない……


  ──と、思っているのに。


「ルフェルウス様。やっぱり距離が近いと思いませんか?」
「思わない」

  私の疑問を綺麗サッパリ否定したルフェルウス様は、そう言って私を抱き寄せる。
  お妃教育を終えて、屋敷に戻る私を自分に送らせてくれと言って馬車を出してくれた。
  ここまではいい。
  問題はこの後。ルフェルウス様は何故か向かい合わせではなく私の隣に座る。 
  そして、さり気なく腰や肩に手を回し抱き寄せて来る。
  ルフェルウス様と過ごしていると密着度が高くなっている事に最近私は気付いた。

「……リスティは嫌、なのか?」
「え?」
「君に私が近付くのを嫌だ……そう思ってる?」
「……」

  その顔はずるい。
  そんなしょげた顔をするなんて反則だわ。

「い、嫌ではないです」
「本当か!」

  しょげてたはずのルフェルウス様が嬉しそうに顔を上げる。

「ですが、あまり近いとですね、こう……胸がドキドキ?  するので適度……にお願いしたいのです……」
「ドキドキ……リスティが?」
「えぇ」

  私が頷くとルフェルウス様がそっと私の頬に手を伸ばす。

「こうして私に触れられると……ドキドキ……する?」
「そ、そう言っているではありませんか!  い、今もです!!」
「ははは、そうか。それはすまない」

  ルフェルウス様はそう言って笑ったけれど、私の頬から手を離す気はないらしい。

「……リスティ。私は」
 
  ガタンッ
 
  ちょうどルフェルウス様が何かを言いかけたその時、馬車が止まった。

「……着いたな」
「そうですね。着いたみたいです」
「……」
「……」
「……降りるか」
「はい……」

  何だか変な空気になってしまったけれど、ルフェルウス様の手を取り私は馬車を降りた。

「ルフェルウス様」
「何だ?」
「先程は何を言いかけたのですか?」
「……」

  何故かルフェルウス様が黙り込む。

「……いや、いつか話すよ」
「そうですか?」
「あぁ」

  気になったけれど、本人がそう言っているのでこれ以上は追求しても無理そうだと思った。


  だけど、その後もタイミングが合わなかったからか、ルフェルウス様からこの時の話の続きを聞く事は無かった。



*****



  そして、月日が流れるのは早いもので。
  気付けば私とルフェルウス様が婚約してからあっという間に1年が経とうとしていた。

「ルフェルウス様はこのままで良いのですか?」
「……!?」

  その日、いつものように時間を見計らって私のお妃教育の休憩時間に訪ねて来たルフェルウス様とお茶を飲んでいる時の事だった。
  私が何気なく口にした疑問にルフェルウス様は心底驚いた顔をした。
 
「どういう意味だ?」
「いえ、時が経つのは早いもので……何だかんだで私と殿下が婚約して1年が経ちますわ」
「そうだな。だが、それがどうしたと言うんだ?」
「……」

  あ、いけない!  
  少し機嫌が悪くなってしまったかも。
  ルフェルウス様の機嫌の善し悪しは割と激しい。
  そんな機嫌の善し悪しが、私はこの1年の付き合いで何となく察する事が出来るようになってしまった。
  機嫌が悪くなったからと言って当たり散らすような事はされないけれど、機嫌の悪いルフェルウス様はちょっと大きな子供みたいで厄介だ。

「このままでは、私と結婚する事になります、よ?」
「そうだな」

  ルフェルウス様はそれがどうした?
  そんなすました顔でお茶を飲む。

「“この人だ”と思える方は、まだ、見つからないのですか?」
「……は?」
「私は殿下がそんな相手を見つけるまでの繋ぎのような婚約者だと思っていたのですが……」
「ん?」 
「いつ、婚約破棄されてもいいという覚悟で過ごして来ましたのに」
「……!?」

  殿下がお茶を飲んだ体勢のまま固まった。

「……」
「……」

  そして、何故かそのまま沈黙。

  (……あれ?  私、もしかして変な事を言ってしまった??)

  そう思うも時すでに遅し。
  部屋の温度が一気に下がったような気がした。


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