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6. よく分からない距離感

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「どういう事ですのーー!!」

  (やっぱりそう言うのね)

  私は内心でため息を吐く。
  ミュゼット様からの訪問の予定を聞いた時からこうなる事は分かっていた。
  犬猿の仲のはずの我が家に突撃したくなるほど我慢ならなかったのだと分かる。
  私と殿下の婚約の話を聞いて怒るだろうとは思っていたけれど予想通りだったわ……

  (出来れば会う事はお断りしたいけれど、結局今後もどこかでネチネチ言われてしまう事に変わりは無いし……)

  そう思って訪問を受け入れた。

「王太子妃はわたくしが、わたくしがなると決まっていましたのよ!  何を横から掻っ攫っているんですの!?」
「掻っ攫ったつもりは全く無いのですが……」
「いいえ!  掻っ攫ったのです!!  酷いですわ、リスティ様!」

  ミュゼット様は怒りを顕にしながら、凶器となる縦ロールをぶぉんと勢いよく振り回していた。
  直毛の私からするとこの……ぶぉんとなる髪が気になって気になって仕方ない。

「そうは言っても、ミュゼット様はあの日、殿下の前で」
「あ、あれは、ちょっと本物の王太子殿下を前にして、は、恥ずかしくなっただけですわ!  本当のわたくしはあんな無様ではありませんもの!」

  ミュゼット様がプイッと顔を背けたので再び、ぶぉんと縦ロールが揺れた。
  
  (危なっ……!)

  私が言いたかったのは、そういう事では無いのだけれど……
  それより、自分で無様と言っているのはいいのかしら?
  それにしても、殿下にあんなすごい失態を見せておいてこの自信は凄いわと純粋に感動してしまう。

  (私にもこれくらい“殿下のお妃になりたい!”という気持ちが必要なのかしら)

「……」
 
  考えてみたけれど、何だかしっくり来なかった。


「~~わたくしの話を聞いてますの!?  リスティ様!!」
「え?  はい?  聞いて、ます」
「もぉぉう!  全く聞いていないではありませんか!!  本当にあなたって方は昔からそうやってすっとぼけてぇぇぇ!」

  よく分からない怒られ方をされた。
  いや、全く話を聞いていなかった私が悪いのだけれども。
  
「いいこと?  リスティ様。何故か今回、何かの手違いであなたが婚約者に選ばれてしまったようですけれど、“勘違いだった”“何かの間違いだった”“気の迷いだった”という理由で婚約破棄されるに決まっていますのよ!」
「……」

  決まっているの?  そしてどこから出てきたのその3つの理由は……

「ですから!  その時が、楽しみですわね!!  そして、その後は今度こそわたくしが婚約者に選ばれるのですから!  オーホッホッホ」

  ミュゼット様はそうして縦ロールを振り回して高笑いだけして帰って行った。

「えぇぇ……」

  残された私はなんとも言えない気持ちにさせられた。



*****



「はははは、本当にオコランド侯爵令嬢はそんな事を?」
「はい……」

  殿下の婚約者となった事で、お妃教育が始まってしまったので私は頻繁に王宮を訪ねるようになっていた。
  そして、特に何かを約束をしているわけでもないのに、休憩時間になると何故か殿下は頻繁に私の前に顔を出しては、私の近況を確認していく。

  今日は「そういえば、あれからオコランド侯爵令嬢からは何もされていないのか?」とまさかのタイミングで彼女の話を振られたので、この間、ミュゼット様が訪ねて来た時の事を話してみた。
  すると何故か殿下は爆笑した。
  
「ははは、あの令嬢は凄いな。何と言うのか……思い込みが激しい」
「私は、殿下の勘違いと何かの間違いと気の迷いだったとかで婚約破棄されるそうですよ」

  私がそう口にすると、殿下は「何だそれは」とだけ小さく呟いて、
  何故か私の隣に腰を落とす。

「近くありませんか?」
「そんな事は無い。これくらい婚約者なら普通の距離だ」

  そう言って私の腰に手を回し自分の方に抱き寄せたので、私達はますます密着した。

  (えぇ!?  恋人なら分かるのだけれど、婚約者もこの距離感が普通なのかしら?)

  生憎、恋人も婚約者もいた事が無いので分からない。

「しかし、勘違いに何かの間違いに気の迷いか……」
「どれか一つでも当てはまりますか?  もし、当てはまるなら私とは婚約破ー……」
「ないな!」

  殿下は私の言葉に被せるようにして、爽やかな笑顔でそう言い切った。
  そして、じっと私の目を見つめながら言った。

「リスティ嬢……いや、リスティ、と呼んでもいいだろうか?」
「は、はい」

  また、ドキッとした。何故、いちいち私の胸は高鳴るの!
  名前よ?  名前を呼び捨てにされただけよ?

「私の事も、“殿下”では無く……名前で呼んでくれないか?」
「ルフェルウス様?」
「…………長くて呼びにくいようなら“ルー”でもいいぞ?」
「!?」

  さすがにその言葉には私もぎょっとする。

「そんな大それた呼び方は出来ませんわ!」

  私がそっぽ向いてそう答えると、殿下……ルフェルウス様は可笑しそうに笑った。

「ははは!  呼びたくなったらいつでもどうぞ?  リスティにだけ許そう」
「っ!  そ、そんな日は来ませんから!」
「そうか?」
「そ、そうです!!」
「そんな意地を張らなくても」
「張っていませんわ!」

  ……きっと、
  そんな日は来ない……もん。

「ははは。リスティは、そんな所も可愛……」

  殿下とそんなちょっとした攻防を繰り広げていたら、
  扉がコンコンとノックされた。

「……あぁ、来たか───入れ」
「どなたかをお待ちだったのですか?」
「うん、リスティに紹介しておこうと思って」
「?」

  誰かしら?
  と思ったと同時にその人達が「失礼します」と言って入室してくる。

「左から、マース、ミッチェル、オーラス、ヒューズ……私の側近達だ。リスティもこれから顔を合わせる事が増えると思って紹介する為に呼んだ」

  あぁ、なるほど。
  と納得する。

「リスティ・マゼランズです。よろしくお願いします」

  彼らは、殿下……ルフェルウス様の側近。
  確かに今後、私と顔を合わせる機会もあるはず。

「「「「よろしくお願いします、リスティ様」」」」

  そう言って頭を下げる彼らを見て本当に私はルフェルウス様の婚約者になったのだと改めて実感させられた。


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