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30. 変わらない人

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  久しぶりに見たミリアンヌさんの姿は、着ている服こそみすぼらしいものだったけれど、外見は思っていたよりも元気そうに見えた。

  (手荒な真似はしないように!  とフォレックス様が言いつけていたからかしらね)

  ちなみにその言いつけは、決してミリアンヌさんの為を思って言ったのではなく、犯罪者とはいえ手荒に扱うべきではない!  と後から文句を言ってくる人達を警戒しての事らしい。

  そして、そんなミリアンヌさんはどんな表情をしているのだろうと思って彼女の顔を見た。

「……!」
「リーツェ?」

  私はゾッとして思わず隣にいるフォレックス様の服の裾を掴んでいた。

  (どうして……どうして笑っていられるのかしら)

  …………ミリアンヌさんは気持ち悪いくらいの笑顔を浮かべていた。

「リーツェ?  大丈夫だ」

  そう言ってフォレックス様が私の手を取ると、優しく手を握ってくれた。
  そして、小さく呟く。

「それにしても、相変わらず薄気味悪いな」
「……フォレックス様、ミリアンヌさんは」
「うん?」
「いえ……」

  前回の人生の記憶を持っているから、何か思う事があって“私は大丈夫”なんて思っているのでは?
  そう言いかけて口を噤む。

  (そもそもそれ以前に私が人生を巻き戻っている話をフォレックス様にしていない……)

  今更、その事に気付いた。
  フォレックス様に隠し事はしたくない。
  今日、ミリアンヌさんの今後を見届けたらちゃんと話をしてみよう。
  
  (フォレックス様なら、どんな話でも受け止めてくれる)





「──それでは、これよりミリアンヌ・フィーストによるリーツェ・ミゼット公爵令嬢殺人未遂容疑及びー……」

  そうこうしているうちに、ミリアンヌさんの審議が開始した。


  しかし。


「ミリアンヌ・フィースト。君はリーツェ・ミゼット公爵令嬢を階段から突き落とそうとした。間違いないな?」
「……」
「その場にいた者の証言によると、ミゼット公爵令嬢を突き落とした後、自ら被害者を装うつもりだと口にしていたそうだな」
「……」

  ミリアンヌさんは何を言われても黙りを続け静かに微笑んでいる。
  これには、追求している側も集まった人々も度肝を抜かれた。

「フォレックス様……ミリアンヌさんは」
「……どこまでも面倒な女だな」

  フォレックス様は軽く舌打ちをしながら立ち上がった。
  審問官の代わりを務める気なのだろう。

「……私も一緒に……いいですか?」
「リーツェ」
「昨日も言いました!  私は大丈夫です。それに私がいた方が……」

  きっとミリアンヌさんは口を開く──

「リーツェ……」

  フォレックス様がチュッと私の額に軽くキスをした。

「っ!?  こ、こんな所で!  み、皆様が見て……」
「いや、大丈夫だよ?  皆、異様な雰囲気のミリアンヌあの女に釘付けになっているから」
「……」

  そう言われるとその通りだけれど……いや、でも……

「さぁ、行こう。リーツェ」

  フォレックス様が私に手を差し出す。
  何だか有耶無耶にされた気がしなくも無いけれど、今はミリアンヌさんをどうにかする方が先決だと思い直しその手を取った。

  フォレックス様と私が、ミリアンヌさんの前に現れるとミリアンヌさんは一瞬だけ私に向かって睨みつけるような憎悪の目を向けた。
  けれど、すぐ次には妖しい微笑みを浮かべてようやく口を開く。

「フォレックス様!  私を助ける為にこの場に出て来てくれると信じておりました!」

  その言葉に審議の場がはぁ?  という空気になる。

「……何を言っているんだ?」
「だって、こういう場でヒロインを助けに来るのはヒーローの役目ですから」
「……意味が分からない」
「私、ここ数日拘束されて気付いたんですよ!  フォレックス様あなたのルートは開始当初から私の知っている展開と違っていたわ。だから、私がこんな目にあっているのも新たなフォレックス様ルートの展開の話で、これはヒロインへの試練なのだと!」

  どうしよう。本気で何を言っているのか意味不明だわ。
  ただ、ミリアンヌさんの中ではフォレックス様は自分を助けてくれる人なのだと信じている事だけは分かった。

「それで、どうやらやっぱりこの新たなルートもリーツェ様が悪役令嬢みたいですね。ご苦労様です」

  そう言いながらミリアンヌさんが私の方へと視線を向ける。

「ですが、二人仲良く手を繋いで登場とか……いくら私を嫉妬させる為と言ってもやり過ぎですよ!  フォレックス様、付き纏われて大変なんですね?  待ってて下さい!  ここから悪役令嬢にやり返して私があなたを救ってみせます!」

  ミリアンヌさんは、よく分からない方向にやる気をみせている。
  しかも、何度も何度も人を悪役令嬢呼ばわりして……

「ミリアンヌさん」

  無性に腹が立ってしまった私は我慢出来ずに彼女に呼びかけた。

「フォレックス様と私は正式に婚約を結んだ婚約者同士です。私が無理やり付き纏っているわけではありませんので訂正してください」
「はぁ?  だからそれは悪役令嬢リーツェ様が無理やり結ばせた婚約なのでしょう?  スチュアート様の時みたいに!」
「違います」

  私はキッパリと否定するもミリアンヌさんは納得がいかないという顔をしていた。

「……スチュアート様との婚約は確かに私が言い出した話であった事は否定しません。ですが、フォレックス様と私の婚約は」
「政略結婚ではなく、俺達がお互いを愛してるから婚約したんだ」

  横からフォレックス様が入って来た。
  そして、さり気なく腰に手を回して私を抱き寄せる。

「は?」
「俺は子供の頃からずっとリーツェ一筋で片想いをしてきた。リーツェがスチュアートを望み婚約しても忘れられなかった程に」
「え?  いや……はぁ?」

  ミリアンヌさんは子供の頃ぉ?  と叫ぶ。

「だから無理やり結ばせた婚約なんかじゃない!  俺がリーツェを愛しているから望んだ話でしつこかったのは俺の方だ!  そしてリーツェも俺の気持ちに答えてくれた。俺達の婚約はそうして結ばれた婚約だ!」

  審議の場だと言うのにフォレックス様が私への愛を全力で叫ぶ。
  私は恥ずかしさのあまり一瞬で顔が赤くなる。
  赤くなってしまった顔を隠そうと両手で顔を覆いながらフォレックス様に言う。

「フォ、フォレックス様……その、恥ずかしいです……」
「恥ずかしいか?  俺はリーツェへの素直な想いを口にしただけだが?」
「それでもです……」

  なおも恥ずかしがる私にフォレックス様は畳みかけるように言う。

「リーツェ。顔を見せて?  照れたリーツェの顔が見たい」
「ダメです……恥ずかしい……」
「大丈夫。リーツェはどんな顔していても可愛いから」
「そ、そういう心配をしているわけでは……!」

  そこまで言いかけた時、ミリアンヌさんの叫び声があがった。

「な、な、何で私の前でイチャイチャしてんのよーー!!」

  ミリアンヌさんは真っ赤とも真っ青とも何とも言えない顔をしてプルプル震えながら叫んでいた。

  
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