23 / 45
18. 婚約破棄
しおりを挟むその日の夜、お父様と話そうと思って執務室を訪ねるとお父様はとても忙しそうだった。
たくさんの書類を抱え、指示を飛ばしている。
声をかけるのを躊躇っていたら目が合ってしまった。
「ん? リーツェか。どうした?」
「話があったのですが、忙しそうだったので出直すべきか考えていました」
「そうかすまん。あぁ、でもちょうど良かった。リーツェに聞きたい事があったんだ」
「私にですか?」
聞きたい事。
改まって何だろうかと思う。
「あぁ、婚約者のお前に聞きたい。スチュアート殿下が学園で面倒を見ている平民の女性に熱をあげているというのは本当か?」
「は、い?」
まさか、私が持ちかけようとしていた話をお父様の方から言われるとは。
びっくりしたせいでかなり間抜けな声が出てしまった。
「いや、報告によると元々、距離感は近い様子の二人だったが、急にスチュアート殿下の様子が変わったと聞いてな……その事について何か知っている事があるかと思ったんだが」
「……」
スチュアート様のあの変わり様は、すでに報告されていたらしい。
それもそうか、と納得する。
「お父様、それは陛下達の耳にも入っているのですか?」
「当然だろ。陛下は頭を抱え、王妃様は憤っていたな」
これは、フォレックス様も今頃何か聞かれているかもしれない。
「リーツェ。そこでスチュアート殿下とお前の婚約だが」
「!」
この流れはもしかして! 期待に胸が膨らむ。
「様々な意見が出ている。だからリーツェに聞きたい。お前はどうしたい?」
そんなの決まっている。
私は顔を上げてしっかりお父様の目を見つめる。
「お父様、私の気持ちはこの間から全く変わっていません」
「……それはつまり」
「私はスチュアート様との婚約破棄を望みます!」
私は一切の迷いも見せずにそう言い切った。
「ふぅ……」
お父様との話を終えた私は自分の部屋に戻り一息つく。
(お父様のあの様子だと思っていたよりも揉めずに婚約破棄が出来るかもしれない)
スチュアート様のあの振る舞いの影響は大きい。
婚約破棄を望むと口にした私にお父様「そうか……分かった」と言い、少し時間をくれと言った。
きっとこれで未来はまた変わると信じたい。
***
そして、それからの数日間は驚くほど平和だった。
それもそのはず──
「リーツェ、おはよう」
「おはようございます、フォレックス様」
いつものように、校門の前でフォレックス様と会って挨拶を交わす。
ここ最近はこの場所に来ると、いつもスチュアート様とミリアンヌさんがいたのだけど……
「……静かだな」
「そうですね」
私達は互いにしみじみとそう言い合う。
「……スチュアート様は大人しくしていますか?」
「うーん、まぁ、今のところは。最初はふざけるな、と暴れていたようだけどね」
「……」
そう。
スチュアート様の振る舞いはさすがに問題視され、今、彼は事情を聞くからと言われ、ほぼお城で軟禁状態にある。
陛下がそう命じたらしい。
「スチュアート様の洗脳……のような状態は大丈夫なのですか?」
「ミリアンヌへの想いを語る時はちょっと様子が異様らしいけど、それ以外はいつものスチュアートだから不審に思ってる人はいない。スチュアートはよっぽどミリアンヌに惚れ込んでるのだな、そう思われている」
分かってはいたけれど、ミリアンヌさんの香水による洗脳は立証するのが難しいらしい。
そもそも、他の人はあの香りを不快に思わないのかしら、と疑問に思う。
フォレックス様も不快だと言っていたけれど、他の人がそう口にしている様子は無い。それは何とも不思議であり不気味だった。
「ミリアンヌさんも事情を聞かれているのですよね?」
「うん。とにかく香りを嗅がないよう注意しろと進言してから聴取させてるけど」
「けど?」
「……恐れ多くもスチュアートが一方的に想いを寄せてくれているだけで私は困ります、とお伝えしてる、とか言っているらしい」
「……」
フォレックス様は苛立ちを隠せない様子でそう言った。
「リーツェ様、スチュアート様はどうされたのです?」
「最近は、あの平民の女性の姿もお見かけしませんけど」
スチュアート様とミリアンヌさんの二人が学園に姿を現さないせいで、最近はこの質問ばかり受けている。
「スチュアート様は公務が忙しいらしくしばらく学園に来ませんの」
「ミリアンヌさんの事はちょっと私には……」
毎回こう答える事にうんざりし始めた頃、王宮で仕事をしているお父様から呼び出しを受けた。
滅多に行かないお父様の王宮での執務室を訪ねるとお父様は言った。
──スチュアート殿下との婚約は破棄になる、と。
「スチュアート様との婚約破棄……」
「あぁ。陛下がお認めになった」
「!」
思わず、やったわ! と叫び出しそうになるのを懸命に堪えた。
ここでは駄目。今はまだ落ち着かなくては、と自分に言い聞かせる。
喜ぶのは自分の部屋に帰ってから。
「スチュアート殿下の様子を見て、相当平民の女性に熱をあげているようだから、これ以上リーツェとの婚約を続けさせても不幸になるだけだろう、と判断された」
その通りです、お父様!
状況によっては死罪が待ってますから!
と、言いたい気持ちをぐっと堪える。
「私はお願いもしていましたし、もちろん構いませんが……スチュアート様は納得されたのですか?」
「いや。勝手に決めるな! とかなり怒っていたそうだが、陛下の命令だからな従うしかないだろう」
「……」
これで本当にスチュアート様と婚約破棄が出来るのだ。
断罪もされず死罪になる事もなく、スチュアート様から解放される。
人生をやり直す事になってから願っていた事がようやく叶う。
私はそんな喜びの気持ちを抱えてお父様の執務室を後にした。
(家に戻ったらシイラにこの喜びの気持ちを聞いてもらおう!)
そして、フォレックス様も。
フォレックス様の事だから、先に話は聞いているかもしれないけれど、ようやく私の気持ちを口にしても許される時が……
「あ、お父様にフォレックス様の事、伝え忘れていたわ」
フォレックス様への気持ちをまだ、公に口に出す事が出来なくてもお父様にだけは伝えておこうと思ってはいたのだけど、こうして婚約破棄が整ったのならもう堂々と口にしても良かったはずだ。
さすがにすぐに次の婚約! と簡単にいかないのは分かっているけれど、それでも今、私がこの先一緒にいたいと願ってる人が誰なのかは知っていてもらいたい。
(そして、フォレックス様に気持ちを伝えてこれからの事を一緒に考えていけたらいい)
「お父様……今ならまだ、執務室にいるかしらね」
そう思って降りていた階段を上へと戻り始めた時、
「……リーツェ様?」
(え? この声……)
階下から聞こえる聞き覚えのある嫌な声につられて振り返る。
「あぁ、やっぱりリーツェ様……」
「……ミリアンヌさん」
そこに居たのは、久しぶりに見るミリアンヌさんだった。
19
お気に入りに追加
4,675
あなたにおすすめの小説
【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~
イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」
どごおおおぉっ!!
5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略)
ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。
…だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。
それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。
泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ…
旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは?
更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!?
ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか?
困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語!
※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください…
※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください…
※小説家になろう様でも掲載しております
※イラストは湶リク様に描いていただきました
【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。
yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~)
パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。
この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。
しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。
もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。
「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。
「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」
そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。
竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。
後半、シリアス風味のハピエン。
3章からルート分岐します。
小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。
https://waifulabs.com/
どう頑張っても死亡ルートしかない悪役令嬢に転生したので、一切頑張らないことにしました
小倉みち
恋愛
7歳の誕生日、突然雷に打たれ、そのショックで前世を思い出した公爵令嬢のレティシア。
前世では夥しいほどの仕事に追われる社畜だった彼女。
唯一の楽しみだった乙女ゲームの新作を発売日当日に買いに行こうとしたその日、交通事故で命を落としたこと。
そして――。
この世界が、その乙女ゲームの設定とそっくりそのままであり、自分自身が悪役令嬢であるレティシアに転生してしまったことを。
この悪役令嬢、自分に関心のない家族を振り向かせるために、死に物狂いで努力し、第一王子の婚約者という地位を勝ち取った。
しかしその第一王子の心がぽっと出の主人公に奪われ、嫉妬に狂い主人公に毒を盛る。
それがバレてしまい、最終的に死刑に処される役となっている。
しかも、第一王子ではなくどの攻略対象ルートでも、必ず主人公を虐め、処刑されてしまう噛ませ犬的キャラクター。
レティシアは考えた。
どれだけ努力をしても、どれだけ頑張っても、最終的に自分は死んでしまう。
――ということは。
これから先どんな努力もせず、ただの馬鹿な一般令嬢として生きれば、一切攻略対象と関わらなければ、そもそもその土俵に乗ることさえしなければ。
私はこの恐ろしい世界で、生き残ることが出来るのではないだろうか。
【完結】殿下! それは恋ではありません、悪役令嬢の呪いです。
Rohdea
恋愛
───婚約破棄されて追放される運命の悪役令嬢に転生ですって!?
そんなのどんな手を使っても回避させて貰うわよ!
侯爵令嬢のディアナは、10歳になったばかりのある日、
自分が前世で大好きだった小説の世界の悪役令嬢に転生した事を思い出す。
(殿下が私に冷たいのはそういう事だったのね)
だけど、このままではヒロインに大好きな婚約者である王子を奪われて、婚約破棄される運命……
いいえ! そんな未来は御免よ! 絶対に回避!
(こうなったら殿下には私を好きになって貰うわ!)
しかし、なかなか思う通りにいかないディアナが思いついて取った行動は、
自分磨きをする事でも何でもなく、
自分に冷たい婚約者の王子が自分に夢中になるように“呪う”事だった……!
そして時は経ち、小説の物語のスタートはもう直前に。
呪われた王子と呪った張本人である悪役令嬢の二人の関係はちょっと困った事になっていた……?
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?
【完結】あなたからの愛は望みません ~お願いしたのは契約結婚のはずでした~
Rohdea
恋愛
──この結婚は私からお願いした期間限定の契約結婚だったはずなのに!!
ある日、伯爵令嬢のユイフェは1年だけの契約結婚を持ちかける。
その相手は、常に多くの令嬢から狙われ続けていた公爵令息ジョシュア。
「私と1年だけ結婚して? 愛は要らないから!」
「──は?」
この申し出はとある理由があっての事。
だから、私はあなたからの愛は要らないし、望まない。
だけど、どうしても1年だけ彼に肩書きだけでも自分の夫となって欲しかった。
(冷遇してくれても構わないわ!)
しかし、そんなユイフェを待っていた結婚生活は……まさかの甘々!?
これは演技? 本気? どっちなの!?
ジョシュアに翻弄される事になるユイフェ……
ユイフェの目的とは?
ジョシュアの思惑とは?
そして、そんなすっかり誰も入り込めないラブラブ夫婦(?)
な結婚生活を送っていた二人の前に邪魔者が───
半月後に死ぬと告げられたので、今まで苦しんだ分残りの人生は幸せになります!
八代奏多
恋愛
侯爵令嬢のレティシアは恵まれていなかった。
両親には忌み子と言われ冷遇され、婚約者は浮気相手に夢中。
そしてトドメに、夢の中で「半月後に死ぬ」と余命宣告に等しい天啓を受けてしまう。
そんな状況でも、せめて最後くらいは幸せでいようと、レティシアは努力を辞めなかった。
すると不思議なことに、状況も運命も変わっていく。
そしてある時、冷徹と有名だけど優しい王子様に甘い言葉を囁かれるようになっていた。
それを知った両親が慌てて今までの扱いを謝るも、レティシアは許す気がなくて……。
恵まれない令嬢が運命を変え、幸せになるお話。
※「小説家になろう」「カクヨム」でも公開しております。
【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!
美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』
そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。
目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。
なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。
元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。
ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。
いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。
なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。
このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。
悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。
ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる