上 下
21 / 45

16. それは記憶にある香り (フォレックス視点)

しおりを挟む


  ──大事な話があるのです。

  そう言ってこちらに近付いて来るこの女……ミリアンヌからは、いつかどこかで嗅いだ覚えのある香りがする。

  (……どこでだ?  この嫌な感じのする香りは以前もどこかで……)

  必死に記憶の糸をたぐる。

  (……あぁ、そうだ。あの時に……)

  前の人生で、この女と対峙した時にも嗅いだ香りだ!

  
  そう、あの日──
 

『お前のせいでリーツェは死んだ。リーツェを返せ!  俺は絶対にお前だけは許さない!』
『……!』

  そう怒鳴った俺に、ミリアンヌは一瞬動揺を見せたが、直ぐに気を取り直したのか微笑みを浮かべて言った。

『フォレックス殿下。何故、あく……コホッ……リーツェ様が亡くなられたのが私のせいになるのですか?  リーツェ様は罪を犯したから刑を受けただけですよ?』
『その罪を捏造したのがお前だろ!  いや、正確にはお前とそこで蹲っているスチュアートだ!』

  スチュアートは俺が殴ったせいで、その場で蹲っていた。相変わらず弱い奴だ。
  コイツは勉強は好きだが武力系は昔からからっきしだ。
  あれだけ鍛錬もしろと言われていたのに。

『そんな証拠がどこにあるんですか?  酷いです!』
『必ず見つけてやる!  そして俺はお前をそこのスチュアートと共に必ず処刑台に送ってやる!』

  俺がそう叫んでいた時も、ずっとミリアンヌからはこの香りがしていた。
  そんなミリアンヌは言われた事を気にする様子も無く俺に近付いて来て……

  





──────……
 



『フォレックス殿下。リーツェ・ミゼット公爵令嬢が処刑されたそうです』
『……は?』
『理由は同じ学園に通う平民の女性を苛め続け、終いには殺害未遂まで起こしたと。本人も当初は否定していたようですがその後ー……』
『嘘だ!  嘘をつくな!!』

  その報告を俺は最後まで聞けずに叫び出していた。

  (何を言っている?  リーツェが処刑?  嘘だろう!?)

  留学先でそんな報せを聞いた俺は信じられない気持ちで大慌てで帰国した。 
  何かの間違いであってくれ、と願って。

 

  ──フォレックス様!
  俺に向けてくれていたあの可愛い笑顔。
  
  あの日を境にリーツェから俺との記憶は消えてその笑顔は俺に向けられるものでは無くなってしまったけれど。
  俺に向けられていた笑顔と想いが何故かスチュアートへと向かってしまっていても、俺はいつだってリーツェの幸せを願っていた。

  (それが……何でこんな事になったんだ!?)

  俺の願いも虚しく、帰国した俺を迎えたのは冷たくなったリーツェだった。



  帰国した俺はまずミゼット公爵家に向かった。
  なんでこんな事になったのかを知りたかったから。

  そんな俺に最愛の娘を喪ったはずの公爵は言った。

『信じたくは無かったが、リーツェは許されない罪を犯していた』
『平民の娘に誑かされたスチュアート殿下の虚言だと思いたかったが、証拠も証人もしっかりあったので罪が確定した』
『最後はスチュアート殿下が自ら手を降した』
『リーツェも最期、愛した男の手で死ねたなら幸せだろう……』

  大事にしていたはずの娘を喪ったにしてはどこかおかしく冷静に語る公爵に違和感を覚えつつも、納得出来なかった俺は他の人間の聞き込みに回る事にした。

  証拠とはなんだ?  証人はどこだ!
  そうして、どうにか手に入れた証拠は、リーツェの罪とされるものが動機や状況と共にツラツラ書き連ねてあったが俺の中のリーツェとは決して結びつかない内容だった。

  (何だこれは!  リーツェはこんな事をする子じゃない!)
 
  ようやく見つけた証人も、何だか肝心な所がボヤっとした証言しかしない。
  何故、この証言で処刑判決になる!?
  不自然な点も多く、誰かの……いや、考えなくてもその人物が誰かは分かるが、手が入っている事は明らかだった。

  ──リーツェはわざと罪を着せられて殺されたんだ。

  (それと、公爵もそうだが何だか皆の様子がおかしい気がする)

  とにかく不審な事が多すぎて、俺は我慢がならずスチュアートの元へ向かった。



『スチュアート、どういう事だ』
『どうもこうも無い!  リーツェは俺の真実の恋の相手であるミリアンヌを殺そうとしたんだ。死んで償ってもらって何が悪い?』

  問い詰める俺にスチュアートはその一点張り。
  スチュアートはここまで愚かだったか?
  何も知らずに俺の最愛だったリーツェを手に入れて、ミゼット公爵家の後ろ盾が出来たと呑気に喜んでいたじゃないか!
  そのリーツェを殺してまでその女は手に入れるべき女なのか!?

『ふざけるな!』
 
  怒りに任せてスチュアートを殴った時、覚えのない香りがスチュアートからした。

  (なんだこの香りは……)

  胸がザワザワする。
  この香りを嗅いではいけない。本能がそう言っていた。

『スチュアート、お前……』
『……』

  何かが変だ。そう思って問いかけた時、その女……ミリアンヌが現れた。

『きゃぁぁぁ、スチュアート様!?  え?  いったい何をしているのですか!?』

  現れた女は顔を真っ青にして俺に殴られ蹲っていたスチュアートに駆け寄る。

  (コイツがスチュアートと一緒にリーツェを手にかけた女か……ん?)

  スチュアートからしていた不快な香りがこの女からする。
  なるほど……この女からの移り香だったのか。
  すごく不快な香りで、また胸の奥がザワついた。

『フォレックス殿下、何故、スチュアート様を殴ったりしたのですか!』
『……っ』

  (く……何だこれ……)

  そう言って俺に近付いて来るこの女の香りを嗅いで自分もおかしな気持ちになりかけた。
  これは薔薇の香り……か?

  薔薇……あぁリーツェが好きだった花だ……

  ──フォレックス様、今日も薔薇の花をありがとうございます!

  リーツェと想いを通わせた後、俺は毎日リーツェの顔を見に行く度に薔薇の花を一輪贈った。リーツェは照れくさそうに受け取ってはいつも笑ってくれた。
  俺はリーツェのその笑顔が大好きで、その顔が見たくて薔薇を贈り続けた。
  ……リーツェが記憶を失くすまで。 
  もう戻らない俺だけの大切な思い出だ。

  この香りを嗅いでいると、そんな大切な思い出まで穢されたような気持ちになる。

  ──俺からリーツェを奪ったくせに大事な思い出にまで手を出すな!

  気付くと俺はリーツェを返せと叫んでいた。
  そして、必ずこいつらを処刑台に送ってやると決めそう叫んだ。

  あの不快な香りはもう気にならなかった。

  けれど、そんな俺の叫びもこの女は不敵な笑みで完全に受け流そうとする。
  ただただ、気味が悪かった。

『ふふふ、フォレックス殿下ったら、強がりもそこまでにして貴方も……』
『俺に近付くな!』
『え?  どうして?  何で正気でいられるの……?』

  近付いて来たミリアンヌの手を振り払った時、驚いたミリアンヌはそう口にした。
  


────……




  (そうだ!  これはやはりあの時の香りと同じだ!)

  “何で正気でいられるの?”

  そう言っていた。
  まさかとは思うが……この香りで人の心を惑わしていたのか?

  ……前の人生のあの時も、そして今も……
  スチュアートはこの香りにやられてあんな風に豹変したのか?
  当時の他の人達がおかしかったのも、もしや……
 
  (そして、ミリアンヌはこの香りを纏って俺の元に来た……つまり俺をスチュアートみたいにしたい……そういう事だろう)

  どこまで強欲な女なんだ?

  しかし、この香りは危険だ。
  そこでハッと気付く。

  ──リーツェ!

  しまった、今この場にはリーツェがいる。

「!」

  大丈夫だろうかと慌ててリーツェの様子を見ると、リーツェは硬直したまま真っ青な顔をして身体を震わせていた。

しおりを挟む
感想 182

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢ってこれでよかったかしら?

砂山一座
恋愛
第二王子の婚約者、テレジアは、悪役令嬢役を任されたようだ。 場に合わせるのが得意な令嬢は、婚約者の王子に、場の流れに、ヒロインの要求に、流されまくっていく。 全11部 完結しました。 サクッと読める悪役令嬢(役)。

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!

仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。 ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。 理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。 ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。 マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。 自室にて、過去の母の言葉を思い出す。 マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を… しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。 そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。 ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。 マリアは父親に願い出る。 家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが……… この話はフィクションです。 名前等は実際のものとなんら関係はありません。

悪役令嬢はざまぁされるその役を放棄したい

みゅー
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生していたルビーは、このままだとずっと好きだった王太子殿下に自分が捨てられ、乙女ゲームの主人公に“ざまぁ”されることに気づき、深い悲しみに襲われながらもなんとかそれを乗り越えようとするお話。 切ない話が書きたくて書きました。 転生したら推しに捨てられる婚約者でした、それでも推しの幸せを祈りますのスピンオフです。

悪役令嬢とバレて、仕方ないから本性をむき出す

岡暁舟
恋愛
第一王子に嫁ぐことが決まってから、一年間必死に修行したのだが、どうやら王子は全てを見破っていたようだ。婚約はしないと言われてしまった公爵令嬢ビッキーは、本性をむき出しにし始めた……。

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

捨てられたなら 〜婚約破棄された私に出来ること〜

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
長年の婚約者だった王太子殿下から婚約破棄を言い渡されたクリスティン。 彼女は婚約破棄を受け入れ、周りも処理に動き出します。 さて、どうなりますでしょうか…… 別作品のボツネタ救済です(ヒロインの名前と設定のみ)。 突然のポイント数増加に驚いています。HOTランキングですか? 自分には縁のないものだと思っていたのでびっくりしました。 私の拙い作品をたくさんの方に読んでいただけて嬉しいです。 それに伴い、たくさんの方から感想をいただくようになりました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただけたらと思いますので、中にはいただいたコメントを非公開とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきますし、削除はいたしません。 7/16 最終部がわかりにくいとのご指摘をいただき、訂正しました。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

婚約者は妹の御下がりでした?~妹に婚約破棄された田舎貴族の奇跡~

tartan321
恋愛
私よりも美しく、そして、貴族社会の華ともいえる妹のローズが、私に紹介してくれた婚約者は、田舎貴族の伯爵、ロンメルだった。 正直言って、公爵家の令嬢である私マリアが田舎貴族と婚約するのは、問題があると思ったが、ロンメルは素朴でいい人間だった。  ところが、このロンメル、単なる田舎貴族ではなくて……。

処理中です...