上 下
7 / 45

6. 本当に“優しい”人は

しおりを挟む



「お嬢様、顔色が悪いですけど大丈夫ですか?」
「え?  そ、そうかしら?」

  シイラが私を見て心配そうな顔をしている。

「ちょっと元気も無いですし……」
「そ、そんな事無いわ!  私は元気よ!」
「……お嬢様」

  シイラは全く信用していない目で私を見る。
  あぁ、なにもかもお見通し……なのね。さすがだわ。

「今日は入学式ですけどお嬢様には関係ない事ですし……だとすると一体何が……?」
「……!」

  シイラがボヤいている、まさにその入学式のせいで気分が沈んでるの……とは言い難い。



  そう。ついにやって来てしまった入学式。

  (結局、何も出来なかった……)

  変わった事と言えば、フォレックス様が留学しなかった事くらい。
  私は未だにスチュアート様の婚約者のまま。


  なのに、とうとうミリアンヌさんがやって来る。
  こうなったら過去の記憶を引っ張り出してとにかく彼女とは関わらないようにする!  それに限る。


「悪役令嬢……」
「お嬢様?  今、何か?」
「……ねぇ、シイラ。“悪役令嬢”って知ってる?」
「悪役令嬢……ですか?  悪役……と言うからには何かの物語の役でしょうか?」

  ……物語だったら良かったのになぁ。そう思わずにはいられない。

「想い合う男女の仲を悪事を働いて邪魔する人なんですって」
「まぁ!  それは確かに嫌な女……悪役ですね」
「……そうね」

  やっぱりどんなに記憶を引っ張り出しても言うほど二人の仲を邪魔した……記憶は無いのよね。
  当たり前だけど確かに仲良くなっていくスチュアート様とミリアンヌさんの二人を見ていて面白くは無かった。

  (だから、ミリアンヌさんにお小言はたくさん言った。スチュアート様にも婚約者がいる身なのだからとよく口にはしたし咎める事はあった)

  それは邪魔だったと言えばそうかもしれないけれど……何だか納得がいかない。

  ──そう言えば……

「嫌がらせ……」
「嫌がらせ?」
「そう。その“悪役令嬢”というのは嫌がらせをして邪魔をするみたいなの」
「本当に凄い悪役っぷりですね……」
「……そうね」

  (今なら分かる。あれはおかしい。どうして皆、あっさり騙されてしまったのだろう?)

  明らかにあの時のミリアンヌさんの中には私を陥れる意図があった。
  特に殺人未遂とまで言われた階段落下の話……
  何故、あんな無茶苦茶な論理でおかしいと誰も思わなかったの?

  (それに実行犯は誰だった……?)

「……」
 
  ミリアンヌさんが得体が知れなくて怖い……なんとなくそう思った。
  やっぱり関わってはいけない。

「お嬢様、大丈夫ですか?」
「な、何?」
「いえ、心ここに在らずのようだったので……今日はお休みされた方が」
「ううん、大丈夫よ……」

  私は慌てて無理やり笑顔を作った。

  (そうだ、シイラの事も何とかしないと)

  考える事、やる事は山積みだった。



***



「何だ?  その顔色は」

  朝、顔を合わせるとスチュアート様が怪訝そうな顔でそう言った。
  やっぱり誰が見ても分かる酷い顔色をしているみたいだ。

「すみません……」
「いいか?  自己管理は大事な事であって……」
「……」

  (この人は“心配”するよりもお説教になってしまうんだ……)

  おかしいな……ずっと“優しい人”だと思っていたはずなのに。

「おい、聞いてるのか?  リーツェ」
「……」
「全く、本当によくそんなんで俺の婚約者を……」

  スチュアート様がそこまで言いかけた時、後ろから声がした。

「そういう時はまず“心配”するのが先なんじゃないのか?」

  (この声は……)

  何故か胸がドキッとした。

「ん?  フォレックスか……」
「スチュアート。ここまで顔色が悪いところにくどくど説教なんて何を考えている」
「俺は当たり前の心構えを言ったまでだ」
「だとしても、今じゃないだろ?」

  (……フォレックス様)

「お前には関係な……」
「スチュアート。リーツェを医務室に連れて行く。いいな?」

  反論しかけたスチュアート様を無視してフォレックス様がそう言った。

「医務室?  そこまでする必要があるかは分からないが好きにすればいい。あと何故、俺の許可をー……」
「……許可したな?  それなら、遠慮なく。こういう事だよ」
「え?  ひゃあっ」
「なっ!?」

  そう言うなりフォレックス様が私を抱えて横抱きにする。
  驚いた私とスチュアート様の声が重なる。

「リーツェ、頼むから暴れるな。君を落としたくない」
「……!」
「そう。俺の首に腕を回して」
「は、はい……」

  私は言われるがままに腕をフォレックス様の首に回す。
  何だか密着度が高くなってしまい胸がドキドキする。

「よし、それじゃ医務室に行くぞ。ではな、スチュアート」
「……」

  フォレックス様はそれだけ言って私を抱えたまま歩き出す。
  スチュアート様は唖然とした表情をしていて何も言葉を発さなかった。




「あ、あの、フォレックス様」
「どうした?  落としたりはしないぞ?」
「そういう事ではなくてですね……!」

  (恥ずかしい……それに重くないのかしら??)

「そんなに顔色が悪いのに歩かせるわけにはいかない」
「っ!」

  フォレックス様は私を抱えたままそう言う。

「だから嫌……かもしれないけど今は俺に身を任せて欲しい」
「……嫌!  なんて事はないです!  あ、りがとうございます……」

  私がそう言ったら、フォレックス様はちょっと驚いた顔をして、嬉しそうに「良かった」と笑った。
 
  (フォレックス様が、私に笑った……)

  その笑顔を見たら、また胸がドキンッと鳴った気がした。

  (どうして?  ……あぁ、この体勢だから……よね?  だからドキドキするのよ)

  こうして私は何だか落ち着かない気持ちを持て余す事となった。







「先生、いないな」

  医務室に着いたもののそこに先生はいなかった。

「……入学式だから会場に行っているのかもしれません」
「あぁ、そうか」

  体調不良の生徒が現れたりするから待機しているのだろう。

「ほら、横になれ」

   フォレックス様がそっと私をベッドに降ろす。

「フォレックス様……」
「うん?」
「ありがとうございます……」

  私がそう口にすると、フォレックス様がベッドの脇の椅子に腰掛けて私の頭を優しく撫でた。

「俺は当たり前の事をしただけだ。礼を言われる事じゃない」
「でも……」

  (スチュアート様は心配してくれなかったのに……)

  それにフォレックス様は私の事を嫌ってるはずでは?  
  なのに、そんなに優しく頭を撫でてくれるのはどうして?

  聞きたいのに聞けない。

  (……嫌いだと言われるのが…………怖いから)

  自分はこんなにも臆病だったのかと初めて知った。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~) パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。 この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。 しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。 もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。 「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。 「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」 そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。 竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。 後半、シリアス風味のハピエン。 3章からルート分岐します。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。 https://waifulabs.com/

婚約者は妹の御下がりでした?~妹に婚約破棄された田舎貴族の奇跡~

tartan321
恋愛
私よりも美しく、そして、貴族社会の華ともいえる妹のローズが、私に紹介してくれた婚約者は、田舎貴族の伯爵、ロンメルだった。 正直言って、公爵家の令嬢である私マリアが田舎貴族と婚約するのは、問題があると思ったが、ロンメルは素朴でいい人間だった。  ところが、このロンメル、単なる田舎貴族ではなくて……。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜

晴行
恋愛
 乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。  見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。  これは主人公であるアリシアの物語。  わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。  窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。 「つまらないわ」  わたしはいつも不機嫌。  どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。  あーあ、もうやめた。  なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。  このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。  仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。  __それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。  頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。  の、はずだったのだけれど。  アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。  ストーリーがなかなか始まらない。  これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。  カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?  それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?  わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?  毎日つくれ? ふざけるな。  ……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?

今度こそ穏やかに暮らしたいのに!どうして執着してくるのですか?

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のルージュは、婚約者で王太子のクリストファーから、ヴァイオレットを虐めたという根も葉もない罪で、一方的に婚約解消を迫られた。 クリストファーをルージュなりに愛してはいた。それでも別の令嬢にうつつを抜かし、自分の言う事を全く信じてくれないクリストファーに嫌気がさしたルージュは、素直に婚約解消を受け入れたのだった。 愛していた婚約者に裏切られ、心に深い傷を負ったルージュ。そんな彼女に、さらなる追い打ちをかける事件が。 義理の兄でもあるグレイソンが、あろう事かヴァイオレット誘拐の罪で捕まったのだ。ヴァイオレットを溺愛しているクリストファーは激怒し、グレイソンを公開処刑、その家族でもあるルージュと両親を国外追放にしてしまう。 グレイソンの処刑を見守った後、ルージュは荷台に乗せられ、両親と共に他国へと向かった。どうして自分がこんな目に…絶望に打ちひしがれるルージュに魔の手が。 ルージュに執拗なまでに執着するヴァイオレットは、ルージュと両親を森で抹殺する様に指示を出していたのだ。両親と共に荷台から引きずりおろされ、無残にも殺されたルージュだったが… 気が付くと10歳に戻っていて… ※他サイトでも同時投稿しています。 長めのお話しになっておりますが、どうぞよろしくお願いいたしますm(__)m

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

どう頑張っても死亡ルートしかない悪役令嬢に転生したので、一切頑張らないことにしました

小倉みち
恋愛
 7歳の誕生日、突然雷に打たれ、そのショックで前世を思い出した公爵令嬢のレティシア。  前世では夥しいほどの仕事に追われる社畜だった彼女。  唯一の楽しみだった乙女ゲームの新作を発売日当日に買いに行こうとしたその日、交通事故で命を落としたこと。  そして――。  この世界が、その乙女ゲームの設定とそっくりそのままであり、自分自身が悪役令嬢であるレティシアに転生してしまったことを。  この悪役令嬢、自分に関心のない家族を振り向かせるために、死に物狂いで努力し、第一王子の婚約者という地位を勝ち取った。  しかしその第一王子の心がぽっと出の主人公に奪われ、嫉妬に狂い主人公に毒を盛る。  それがバレてしまい、最終的に死刑に処される役となっている。  しかも、第一王子ではなくどの攻略対象ルートでも、必ず主人公を虐め、処刑されてしまう噛ませ犬的キャラクター。  レティシアは考えた。  どれだけ努力をしても、どれだけ頑張っても、最終的に自分は死んでしまう。  ――ということは。  これから先どんな努力もせず、ただの馬鹿な一般令嬢として生きれば、一切攻略対象と関わらなければ、そもそもその土俵に乗ることさえしなければ。  私はこの恐ろしい世界で、生き残ることが出来るのではないだろうか。

処理中です...