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5. 何故か、私の胸が騒いでいる

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「フォレックス様……?  すみません、もしかして私、変な事を?」
「……違う」

  ならどうしてそんな顔をするの?

「……」

  そんなフォレックス様の顔を見ていたら、私の胸の奥が疼いた気がした。

  フォレックス様はしばらく下を向き何かを考えている様子だったけれど、次に顔を上げた時にはもういつものフォレックス様だった。

  (いつもの顔に戻ってしまった……あの表情は何だったのかしら……)

「ミゼット公爵が留学について訊ねてきたのはそういう事だったのか。何故だろうと不思議に思っていた」
「そうです、私が相談していました」

  私は大きく頷く。

「……留学したいのはそこまで本気だったのか」
「もちろんです!」

  不純な動機で勉強が第一の目的では無かった事が心苦しいけれど。

「なら悪かったな」
「いえ……それは仕方のない事ですから」
「……」

  そして再び訪れる沈黙。
  だけど、少ししてフォレックス様は静かに口を開いた。

「…………どうしてもあるんだ」
「え?」

  聞き返した私にフォレックス様はどこか寂しそうに笑う。

「留学してしまったら、絶対に守れない。だから無茶を言って留学を止める事にした」
「フォレックス様?」

  それがお父様が言っていた留学より優先してやらなければならない事?
  何かを守る事が……?

「そんなに大事な物なのですか?」

  (留学を取り止めてまで守りたい物って何?  それほどまでにフォレックス様にとっては大事なことなの?)

  私の聞き返した質問にフォレックス様はまたまた寂しそうに笑いながら言う。
  それはまるでどこか遠くを見るように。

「あぁ、何よりも大事
「だった?」
「……あ、いや、大事……なんだ」
「そうでしたか」

  分かるような分からないような答えだった。

「ですが、留学をしなくても構わないのですか?   勉強したかったのでは……?」
「構わない、別にもともと俺が留学したかった理由は……あ、いや……何でもない」

  フォレックス様が何かを言いかけて首を振る。

「なぁ、リーツェ。俺は……」
「?」

  そう言ってフォレックス様が私に手を伸ばす。
  あと少しで私に触れる……その直前でフォレックス様は、何かに気付いたようなハッとした顔をして慌ててその手を引っ込めた。

「フォレックス様?」
「……悪い。婚約者のいる女性に何をしようとしてるんだろうな……」

  ははは、と力無く笑うフォレックス様。
  
   ──どうして、さっきからそんな寂しそうな顔を見せるの?
  なんだか私まで寂しくなる。

  そんな事を思ったと同時に予鈴の鐘が鳴った。

「あ……」

   教室に行かないと授業が始まってしまう。

「授業が始まるな」
「え、ええ」
「戻ろう」
「はい」

  私達は屋上を出て歩き出す。


  ──フォレックス様が留学を取り止めた。
  その事でこの先の未来は何かが大きく変わったりするのかな?


「フォレックス様」
「何だ?」
「えっと…………守れるといいですね、その大事な物」

  私のその言葉にフォレックス様はちょっと驚いた顔を見せながらも「そうだな……」と小さく頷いた。

  教室に戻る途中も基本は沈黙していた私達だったけど、フォレックス様が「そう言えば……」と話を切り出してきた。

「リーツェはどうして、俺が屋上あそこにいると分かったんだ?」
「はい?」
「俺は誰にも言わずにあそこに居たんだが……」

  フォレックス様は不思議そうに聞いてくる。

「……フォレックス様は昔から空を見上げるのが好きでしょう?」
「え?」

  (あら?  知られていないと思っていたの?  子供の頃から空ばっかり見上げていたのに)

「だから、絶対に屋上あそこにいるような気がして、深く考えず屋上に向かっていました」
「……空を」
「好きですよね?」
「…………あぁ、そうだな。好きだ」
「っ!」

  何故か、私の瞳を見つめたままフォレックス様がそんな事を言ったので胸がドキッとした。

  (びっくりした。見つめられていたせいで、バカみたいな勘違いしそうになってしまった)

  瞳を見つめてそんな事を口にするのは反則だと思うわ!
  そこからは互いに何かを話すこともなく教室の前で別れた。


  (だけど、思っていたよりも普通に話せた気がする……)


  その事をちょっとだけ嬉しく思う自分がいた。






***



「……朝、フォレックスと一緒にいる所を見かけたが」
「はい?」

  お昼休み、食堂でお会いしたスチュアート様が開口一番にそう言った。

「珍しく二人で廊下を歩いていたな」 
「えぇ、フォレックス様に聞きたい事がありお話をしてました」

  スチュアート様は「そうか」と言いながらも難しい顔をしている。

「何か?」
「いや、いくら相手がフォレックスであってもあまり婚約者以外の男と過ごすのは感心しないと思ってな」
「はい?」
「そういうのは不貞を疑われるだろう?」
「!?」

  思わず、飲んでいた水を吹き出しそうになった。

  (あなたがそれを言うの!?)

  と、口に出しそうになり慌てて口を押える。

  (落ち着くのよ、私!  ……今のスチュアート様はミリアンヌさんと出会っていないのだから彼はまだ何もしていない)

  そうよ……前の私が何度も何度も今のスチュアート様と同じ事を口にしても「うるさい!  やましい事など何も無いのだから構わないだろう!」と、言い張って一切聞く耳を持たなかった彼とは違う…………やましさ満載だったくせに!!

  (と、言うよりも、スチュアート様は元々こういう性格だったのよ。本当は前の時だって。なのに……)

「……まさか、お前、婚約破棄をしたいとか何とか言っていたが……わざと不貞を働いて婚約破棄を狙ってるんじゃあるまいな?  いいか?  そういうのは醜聞となってだなー……」

  (また始まった)

  ここからがまた長そうだわ。
  と、私は人知れずため息をつく。
  確かに屋上でフォレックス様と二人だけで会っていた事は良くなかった。それはその通りなのだけど。何だか言い方が……

   (……困ったわ)

  殺された記憶がそうさせるのか、スチュアート様の前の人生ではそこまで気にならなかった所にいちいち嫌悪感を覚えてしまう。

  (私、いつ恋に落ちて彼のどこを好きだと思っていたのかしら?)

  そうよ、あれは確か…………あれ?

「……?」

  おかしいわ。また、うまく思い出せない。
  そして、何故か心も落ち着かない。……そう言われているような。
  どうしてこんなに胸がザワザワするのだろう?

  (これはやっぱり時を遡ったせいなのかしら?)

「おい、リーツェ。聞いているのか?」
「え?  あ、はい」

  その言葉でハッとして顔を上げる。

「俺の話を全然、聞いていなかっただろう?  全く何をぼんやりしているんだ!」
「ご、ごめんなさい……」
「本当に相変わらずダメな奴だな。まぁ、いい。それよりも」
「……」

  サラッと酷いことを言われた気がする。
  だけど、そんな気持ちはスチュアート様の次の言葉で吹き飛ぶ。

「知っているか? 今度の入学生の中には平民の女性がいるらしいぞ」

  ──ミリアンヌさんの事だ!

  急がないと!  確実に時は迫っている。
  まだ私は何も出来ていない。
  変えられる未来は変えたいのに。
  だってそうしないと、またあの1年間が始まってしまう。

  (やっぱり、どうせ戻るならもう少し前に時を戻して欲しかった!)

  嘆いても仕方ないと思いつつも、心の底からそう思った。

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