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第35話 準備は万端です!
しおりを挟むパーティーの開催までまだ日にちがあったので、殿下にもダーヴィット様のとっても愚かな良からぬ企みについては報告しておくべきよね?
(ジュラール殿下主催と言っても、実際はエミール殿下が主催のはずだもの)
そう思った私はエミール殿下に手紙を送った。
───ダーヴィット様は、やはり諦めが悪くて、友人に協力を仰いで私を陥れるつもりでいるようです。
ここは話に乗った振りをして現行犯として捕まえてもいいかな? と、思うのですが。
ちなみにダーヴィット様は友人たちと共謀して私を……
「……あら? 返事が届いたのはいいけれど殿下の字が乱れに乱れまくっているわ」
───待って待って待って待って! そんな危険なところに自ら突っ込んでいかないでくれ!
「ふむ……そこまで分かっているなら、“それなら危ないから絶対に一人にならないようにしなくっちゃ!”と決めて当日は危険のないように行動するものだから! ……かぁ。なるほど」
お祖母様の愛読書のヒロインの愛されお姫様は、いつなんどきでもフラフラしていてすぐに悪い人に攫われてしまう。
そこをムッキムキのヒーローが助けに来て悪人ごと成敗するというのが日常すぎて、私の感覚がおかしくなっていたのかもしれない。
「……そうよね。現実は物語と違って何が起きるか分からないものね。それに……」
私はもう一通、届いていた手紙を手に取る。
そこには、
───頂いた情報を元に全員に声をかけました! 皆、騙されていたと知って怒り心頭です! 本当に許せません。あの顔だけ男!
そう書かれている。これはこれは相当お怒りのご様子。
(弄ばれた令嬢たちも集結するようね───)
「ふふ、ダーヴィット様? あなた怪我が治っていないから……などと言って令嬢たちからの“お誘い”をのらりくらりとかわしていたそうですけれど……パーティーでは逃げられませんね?」
この様子だと、当日のダーヴィット様には私に構っている余裕など無いかもしれない。
───フィオナ。僕はとにかく君がどこに走っていくのか心配で心配でたまりません。決して決して決して無茶だけはしないでください。
僕もいます。忘れないでください!
(エミール殿下……すごく私のことを心配してくれているわ)
「忘れるわけないじゃない…………くっ……! 胸が……」
殿下を想うだけで私の胸がキュンとする。
「好き…………早く伝えたいわ」
私はそれだけ呟いて、殿下からの手紙を抱きしめた。
◆◇◆
そして────……
「───とうとう来たわ、この日が!」
「お、お嬢様、落ち着いてください」
「───待ちに待った、公爵家をボッコボコにするぞパーティーの開催よ!」
「……お嬢様! そんなに動いたら髪が結えません!」
「あ……」
支度をしてくれているメイドに怒られた。
「ごめんなさい、ちょっと血が騒いでしまって」
「……今更ですけど、その言葉は令嬢が使う言葉ではない気がいたします」
「そうかしら?」
でも、騒ぐんだもの。これは仕方がないわよね?
「……色々あったけれど、今日で全て終わらせるわ! あ、可愛さを重視するより、動きやすさ優先でお願いね!」
「お嬢様……もったいない……」
メイドは少し残念そうな表情をしていた。
「よーーーし! 殺る……やるわよーー!」
気合いを満タンにして私は馬車へと乗り込む。
座って窓の外を見ようとしたら、いつもよりめかしこんだ自分の姿が窓に映った。
動きやすさを優先しつつも可愛いらしさも忘れない我が家のメイドは出来るわね……と思った。
“何故か皆、平凡とか地味とか言っていますが、お嬢様はすごく綺麗で可愛いんです!”
そう言ってくれた。
身内は優しいわね、と苦笑しながらも、これからはもう少し可愛いなるものも追究していきたい。
ダーヴィット様を排除したら、次はエミール殿下を巡って美しい令嬢たちとの戦いが待っているはずだから。
(──そういえば、殿下にお会いするのもあの日以来になるわ)
報告のための手紙のやり取りはしていたものの、私と王族であるエミール殿下がお会いする機会なんてそうそう無い。
「はやく……会いたいなぁ」
私がそう呟くと、目の前に座っていたお母様がクスクスと笑う。
「ふふ、エミール殿下に会いたいの?」
「あ……はい」
「カイン様が聞いたらどんな顔をするかしら?」
私が照れながら頷くと、お母様はどこか楽しそうに笑った。
「アディオレ公爵家の令息と婚約している時とは全然違うわね」
「……そう、ですね」
「あら、浮かない顔」
「だって、私が安易に婚約の話を受けたから皆にも迷惑を────」
ビビビッではなくゾワッとしていたのに……
「彼は、遅かれ早かれ破滅の道を辿っていたと思うけれど……なんであれ、女性を便利扱いして利用しようとするのはろくな男ではないわ!」
「お母様…………それって米俵1号のことですか?」
私が聞き返すと、お母様はふふっと吹き出した。
「ええ、そうよ。お父様がボッコボコにして、浮気相手の元に運ばれていった……彼も私をいいように利用しようとしていたから……私も見る目が無かったわね」
「でも、お父様と出会えた、ですよね?」
「そうよ。カイン様はとっても優しくて───」
お母様がそう言いかけた時、ちょうど支度を終えたお父様が馬車に乗り込んで来た。
「僕がどうかした?」
「内緒です!」
「秘密!」
ん~? と、不思議そうな顔をするお父様。
そんなお父様を見て私とお母様は顔を見合せて小さく笑った。
「…………妻と娘が今日も可愛い。なぁ、リーファ。僕はフィオナをまだ嫁にはやりたくないよ」
「カイン様、気が早いですよ?」
「そうです、お父様」
(私はこれからムッキムキのいい女になって、エミール殿下に好きになって貰うんだから! まだまだお嫁にはいけないわ)
「そ、そうか……まだ」
そんな話をしているうちに、馬車はあっという間に王宮に到着した。
「そういえば、今日はお祖父様たちも参加するのですよね?」
「ええ、お父様たちは普段は滅多に社交界に顔を出さないけれど、さすがに今日はね」
二人はあまり社交界に顔を出さない。
理由は、昔からお祖父様がお祖母様を目立たせずにそっとしておきたい! などと言っていたと聞いたけれど……
(お祖母様は孫の私から見ても美人で綺麗な人だもの。心配だったのかしら?)
そんなことを考えつつ、私は会場に足を踏み入れた。
─────
(ダーヴィット様はまだ来ていないようね)
私は会場内をざっと見渡し、一人一人の顔を確認していく。
────なるほど。
さすがエミール殿下。満遍なくいい感じに招待してくれているわ。
あそこで固まっている令嬢たちは表情が強ばっている。
耳を澄ますと、“ダーヴィット”と会話をしているのが聞こえるから、殺……やる気満々の令嬢たち。
逆に反対側で固まっている令嬢たちは、噂を広げる要員として招待されたダーヴィット様の被害に遭っていない令嬢たち。
私がそんな人間観察をしていた時だった。
会場がザワリと騒がしくなる。振り返らなくても足音で分かった。
(……来たわね? ダーヴィット様)
久しぶりに公の場に現れたアディオレ公爵令息の姿に一気に会場内の視線が集中していた。
私もそっと静かに振り返る。
残念ながらすっかり怪我は癒えたらしく、いつもの顔をした彼は微笑んでいた。
「……」
(“ははは、さすが俺、皆が見惚れてるぜ!”って言っている気がする……)
その視線の半分くらいは殺意なのに……おめでたいわね、と思ったところでパーティーの開始時刻となった。
「……!」
そして廊下からこちらに近付いてくる足音。
私には分かる。これは、間違いなくエミール殿下の歩いている音だ。
(ドキドキする……)
久しぶりに会えるわ! と、エミール殿下のことばかり考えて浮かれていたこの時の私はすっかり忘れていた。
───このパーティーの主催者は“ジュラール殿下”だということを。
「それでは、本日のパーティーの主催者であります、ジュラール殿下の入場です」
(……あ!)
私の目に映るのは、間違いなく愛しいエミール殿下本人なのに。
今日の彼は、ジュラール殿下として皆の前に現れた。
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