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第34話 愚か者と最恐令嬢

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◆◆◆


「ダーヴィット。ジュラール殿下が今度、パーティーを開催するらしい」
「───ジュラール殿下が、ですか?」
「お前の復帰に丁度良いのではないか?」
「父上……」

 屈辱を受けたあの日───平凡でつまらない地味令嬢どころか、正体が暴力女だったフィオナと何故かあの場に居合わせた阿呆王子に殴り飛ばされ、ボロボロになった時以来、社交界に顔を出してはいなかった。

「復帰……」

(あの奔放阿呆王子主催なら絶対に行かないが、ジュラール殿下主催のパーティーなら……)

 あの阿呆な第二王子が無能すぎるので、ジュラール殿下が将来この国の王になることはもはや既定路線。それならば次期公爵として心証が悪くなるようなことは避けなければ。

「もう顔の腫れも引いたし人前に出ても大丈夫だろう」

 父上の言う通り、あいにく欠けた歯は戻らないままだが、パンパンに腫れていた顔面も戻り、ようやく女性に大人気の甘いマスクが復活したダーヴィットは、確かにそろそろ顔を出さないと令嬢たちが寂しがっているかもしれない……と、思った。

(……くるくる髪と侯爵令嬢には振られたが、俺にはまだまだ遊ぶ女はたくさん居る)

 それに、あの暴力女……フィオナには何が何でも復讐しないと気が済まない。

「そうですね、ところでマーギュリー侯爵家からの返事は?」

 ダーヴィットが訊ねると、父親の公爵は苦々しい顔をして吐き捨てた。

「相変わらずだ。婚約解消には同意するが慰謝料の支払いには応じないの一点張り」
「強情ですね」

(この俺様の顔をあんなめちゃくちゃにしておいて慰謝料の支払いを拒否だと?  あの暴力女……殴ったあげく、ヒールの踵で踏み潰しやがった……あの屈辱は絶対に忘れん!)

「チッ……いいように使えて“便利”な女だと思ったのに……」
「大人しくて控えめな公爵家に相応しい令嬢だとばかり思ったのだがな。騙しおって!」

 フィオナの外見と雰囲気にすっかり騙されていた父親の公爵も怒っていた。

「……そういえば、気絶した俺を公爵家まで運んで来た伯爵という人物には父上もお会いしていないんですよね?」

 ダーヴィットのその言葉に公爵も頷く。

「ああ。あの日はお前がボロボロになった状態で家に運ばれて来たと早馬で連絡を受けて慌てて帰って来たからな」
「……使用人たちにどんな人物だったのか聞いても皆、脅えるばかりで要領を得ない。どういうことなんだ!」
「アクィナス伯爵は、昔からあまり社交界に出て来なくてよく分からない人物だと言われている。ただ……」
「ただ?」
「昔、同世代の私の父が言っていたのは、アクィナス伯爵に関わると命が削られる……だったな」

(はぁ?  命が削られるだと?  まるで死神のようじゃないか!)

 だが、実際にダーヴィットが使用人たちにあの日、公爵邸に自分を連れて現れた伯爵について何を聞こうとしても使用人たちはひたすら怯えるばかり。さらに追求しても皆、涙目で口を揃えてこう言う。

 ───く、詳しいことは……い、命が惜しいので……勘弁してください……

 よって伯爵については未だに謎のままだ。

「畜生!  なんなんだあの一家は!  どれだけ俺をバカにすれば気が済むんだ!」

 だが、やはり一番許せないのはフィオナ。

「父上、そのパーティーはきっとマーギュリー侯爵家の面々も参加されますよね?」
「まぁ、殿下主催となると高位貴族は招待されているだろう」

 ダーヴィットはニヤリと笑う。

「では。そのパーティーで、とある一人の令嬢が不幸にもちょっと痛い目に合っても……父上の力で握り潰せますよね?」
「ん?  殿下の主催のパーティーなので、出来れば厄介事は避けて欲しいが……まぁ、周りの協力もあれば……いつものように揉み消すのはなんてことないだろう……ハッ!  まさかお前!」
「そのまさかですよ、父上」

 ますますダーヴィットは怪しく笑う。公爵は息子の本気を悟った。

「父上!  腹心のリュドン候爵家、ミクセル候爵家、シャークス伯爵家、ブラダン伯爵家、モリス子爵家に連絡してください」
「なぜだ?」
「もちろん、各家の息子たちに当日、協力してもらうためですよ」

(ははは!  さすがの暴力女のフィオナも俺を含めて六人の男相手なら敵わないだろう)

 ───二度とこの俺様に逆らえないように、そして、社交界に出れないような目に遭わせてやる!

「……やれやれ、揉み消すのはこっちなんだぞ?  ダーヴィット」
「父上だってマーギュリー侯爵家に対して怒っていますよね?  だって、のにあんな目に遭わされたんです」
「…………分かった。連絡を取ろう」

 息子可愛さに公爵は自ら破滅の道へと足を踏み入れた。


◆◇◆


「───フィオナ。公爵家から寝返った家から連絡が来たよ」
「連絡?」

 その日、お父様が黒いオーラを撒き散らしながら私にそう言った。

「今度行われるジュラール殿下主催の、我々がつけた別名“公爵家をボッコボコにするぞパーティー”の件なんだが」
「何かあったのですか?」

 私が訪ね返すとお父様は黒いオーラを更に黒くしながら言った。

(……怒っている。これは確実に静かにだけど怒っている!)

「公爵家のボコボコ対象が、フィオナに対してよからぬことを企んでいるそうだ」
「よからぬこと?  ……ダーヴィット様は何度殴られて踏みつけられても懲りないのですね」

 ダーヴィット様の性格的に大人しくしているはずがない……そう思ったけれどやっぱり正解だったみたい。
 そして……

「まさか、彼らが寝返っているとは思ってもいないから、派閥の家に私を陥れる為の協力を頼んだわけですね?」
「そういうことだ」

 お父様がウンウンと頷く。

「筒抜けなのに……」
「ああ。全部筒抜けだ」

 ダーヴィット様の計画とは何かしら?  と、やれやれとした気持ちで手紙の内容に目を通す。

 どうやら、私を空き部屋に誘い込んで皆で汚すつもりらしい。
 女性としても貴族令嬢としても屈辱を与えてやるんだ、と息巻いています───と、そこには書かれていた。

(なんて最低な考えを……)

「なるほど……一人ではまた私に返り討ちにあってボコボコにされると思い、お友達に協力を仰いだというわけですね?」
「さすがのフィオナも男六人を相手するとなれば無理だろうと思ったのだろうね」
「……」

(なよなよしていて、全く鍛えてなさそうな貴族男性六人を相手するより、お祖父様一人を相手にする方が厳しい気がするけれど……)

 顔を思い出してみるも、ダーヴィット様に紹介された彼の友人の中にムッキムキした男はいなかった。

「随分と甘く見られてますねぇ……」
「フィオナ……」

 私が微笑みを浮かべながらそう口にすると、お父様は横にいるお母様に視線を向けた。

「……! (リ、リーファ!)」
「……? (どうしましたか?)」
「……!? (男六人と聞いても、フィオナが全く動じていないんだけど!?)」
「……! (さすがカイン様と私の子ですね!)」
「……!!  (そ、そんな可愛い笑顔で……う、うん……それはそうなんだけど!!)」

(──お父様、お母様?  ……全部、聞こえてますけど?)

「……! (ふふ、それに今、フィオナは恋する乙女ですから更に強いですよ!)」
「……!?  (こここここ恋!?  フィオナが!?)」
「……! (そうですよ!  最近は顔つきが前と全然違いますからね。すぐ分かります)」

(───なっ!?)

 自覚したばかりのエミール殿下への恋心がお母様にすっかり見抜かれていることに衝撃を受けた。

(さすが、お母様……)

 そんなお母様の言葉を受けたお父様は、うーんと悩んだ顔になる。

「……! (フィオナは、今度こそ幸せになってくれるだろうか?)」
「……! (勿論、なりますよ!  私がカイン様と出会えて幸せを知ったように、ね)」
「……!!   (リーファ!!)」
「……! (カイン様!)」

(……あ!  これは二人の世界に入っちゃった)

 私はそっと椅子から立ち上がる。
 今でも仲睦まじい二人は、放っておくとすぐに二人の世界に入ってしまう時がある。
 そして、こうなると中々戻って来ないので、私は自分の部屋に戻ることにした。



「……恋する乙女は強い……ふふ」

 不思議なのだけど、お母様の言うように今の私はエミール殿下のことを思うだけで力がどんどん湧いてくる。

「すごいわ。世の恋する乙女たちは皆こんなにも恐ろしい力を秘めていたのね……おかげで今の私は最強よ!」

 ダーヴィット様がコソコソと何を企もうともこれなら絶対に私は負けない!
 そんな確信を持って私は微笑んだ。
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