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第30話 愛しい人を守りたい!(エミール殿下視点)

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(ようやく……!  “フィオナ”って呼べた!)

 毎日毎日、ジュラールを前にして名前を呼ぶ練習をして来た甲斐があったなぁって僕は内心で喜んだ。
 付き合い続けてくれたジュラールは日に日に死んだ魚のような目になっていったけど、ちゃんと呼べたと報告すればきっと喜んでくれるはずだ。

(フィオナ、フィオナ、フィオナ……)

 そんな彼女の名前を頭の中でも繰り返し呼んでみた。
 ぐんっと彼女との距離が縮まった気がして胸の奥がほわっとする。
 ……だが、そうも浮かれてばかりではいられない。
 ダーヴィットはとっくに来ているというじゃないか!  彼女は酷い目に合ったりしていないか?  ……と、とにかく無事なのか!?
 そう思って彼女の両肩をがしっと掴む。

 ───ピリッ

(あ、この感覚……また、静電気が流れた!)

 本当に彼女に触れると流れるこの電流の原因は……いったい……?

(僕の想いが放電でもしているのかな?)

 それだと一生、ピリピリしちゃうよなぁ、どうしよう。
 でもこれから、もっともっとたくさん色々な所に触れたいし……

「だ、大丈夫……です、私はこの通りで何ともありません」

 そんな若干、不埒なことを考えていたら、彼女がピンピンしている姿を見せてくれたので僕は安心して微笑んだ。

「……そ、そうか。では、ダーヴィットは?」
「あ、今は別室で修羅場を───」

(修羅場だって?)

 フィオナはここにいるのに……いったいどこの誰とダーヴィットは修羅場を迎えているんだ?
 いったい僕が来る前に何があったのだろう?
 それに“婚約解消”の話は無事に済んだのだろうか?

(君の婚約が無事に解消されたなら……僕は君に婚約を申し───)

 そんなことを考えていた時だった。
 フィオナが突然、パッと後ろを振り返る。そして苦々しい表情を浮かべた。

「……耐え切れずに、暴れ出してしまったようね」
「え?」
「本っ当に迷惑しか巻き起こさない人だわ」
「え?  えっと?」
「はぁ、ここはもう一発くらい必要なのかしら?」

(……んん?)

 ……ゴシゴシと僕は自分の目を擦った。

 気のせいかな?
 僕の目の前の可愛いフィオナが、とんでもない猛者と言いたくなるくらいかっこいい顔付きになったように見えるんだけど。
 ゴシゴシ……
 うん、もう一度擦ってみても彼女はそんな顔付きをしている。

(……こ、こんなにも可憐で可愛い顔をしているのに……勇ましくてかっこよくもなれるとか!  …………やっぱり彼女はすごい!!!!)

 あのパーティーの時に声を聞き分けている時の彼女の姿もかっこよかったけど……今はもっとかっこいい。
 ……キュン!
 そのあまりの見た目とのギャップに僕の心が大きく撃ち抜かれた。

「あ、せっかくなので殿下も殺……やりますか?  拳!」
「!」
「ボコボコにしたいと仰っていましたよね?」

 フィオナが自分の拳を見せつつ、最大級の可愛い微笑みを向けながら僕にそう言った。
 その可愛さに胸が盛大にときめく。
 だけど、今はとりあえず落ち着け……と言い聞かせて僕は彼女に訊ねる。

「えっと?  それってダーヴィットにだよね?  というかダーヴィットが暴れているの?」
「もちろんダーヴィット様です!  何だか修羅場に耐えられなくなって騒ぎ出しちゃったみたいでして……」
「……うん?  そうなんだ……」

 今いち、状況が掴めなかったけれど、僕は頷いた。
 とりあえず、ダーヴィットが何らかの理由で暴れているなら止めなくては!

(───そして、フィオナを守るんだ!)

「フィ、フィオナ!  僕の身体はまだペラッペラで頼りないかもしれないけど、必ず君を……」

 ───守るよ!  僕がそう言いかけた時だった。
 廊下の向こうからバタバタと人が走ってくる音がして───

「────見つけたふぉ!  フィオナ!  やはひ、おまへはへはゆふへはい! (見つけたぞ!  フィオナ!  やはり、お前だけは許せない!)」

(……ん?)

 聞きなれたダーヴィットの声のはずなのに、何だかとっても間抜けなセリフが聞こえてきたので僕はそろっと振り返る。
 そして、その声の主であるダーヴィットの姿を見て僕は絶句した。

「!?!?!?」

(な、なんだ?  ダーヴィットのあの見るも無惨な顔面崩壊した顔は……!)

 甘いマスクを売りにしていたはずの男の姿はもうそこには無い。
 前に僕が殴った時以上に頬は腫れていて鼻からは血が流れている。
 誰があそこまでダーヴィットをボコボコに?  と、僕は慄いた。

 だけど、僕の隣にいるフィオナはそんな彼の姿に驚く様子もなく淡々とダーヴィットを迎え撃つ。

「しつこいですわよ、ダーヴィット様。まだ、やられ足りなかったんですの?」

(え?  フィオナは全然、動じてない……?)

「う、うふふぁーーい!  きひゃまのせひへ、おへは!  ふあへたんだ!!  (う、うるさーーい!  貴様のせいで、俺は!  振られたんだ!!)」

(……ぜ、全然、何を言っているのか分からないんだが)

 僕は眉をしかめる。
 だけど、僕の横にいるフィオナには伝わっているようで彼女は普通に受け答えをしていた。
 さすがフィオナだ!  耳がいいだけあるなぁ、と僕は心の底から感心した。

「まあ!  振られたんですの?  彼女たちの目が覚めたようで大変良かったですわ。少々、強引でしたけど本日、この場にお呼びしたかいがありましたね」
「き、きひゃま!  ふ、ふはへるなーーー! (き、貴様!  ふ、ふざけるなーーー!)」

 状況はよく分からないけど、彼女たち?  とやらに振られたらしいダーヴィットが、それをフィオナのせいにして激昂している……ということなのだろう。

(───つまり、これはそもそも浮気三昧だったダーヴィットの自業自得!)

 今日までフィオナに倣って“野生の勘”も鍛える努力をして来た僕は瞬時にそう思った。

(そんな自業自得でしかない逆恨みで彼女を傷付けさせてなるものか!)

「───フィ、フィオナ!」

 僕はフィオナを庇うようにして彼女の前に出た。

「え……!  殿下?」

 フィオナが驚きの声を上げる。僕は後ろを振り向くと安心して欲しくてそっと微笑みを向けた。
 ここは男らしく余裕の笑みってやつだ!

「フィオナは危ないよ?  だから下がっていて?」
「エ、エミール……殿下」

(……びっくりした目で僕を見るフィオナの頬がほんのり赤くなっている気がする…………これは僕の願望かな?)

 願望でも何でも、これは噂とは違う僕を知って貰う大きなチャンスだ!

「……は?  エミールへんは……?  い、いふ……なんへほほひ? (……は?  エミール殿下……?  い、いつ……なんでここに?)」

 ダーヴィットは突然現れた僕の存在に驚いて目を白黒させている。

「ダーヴィット!  マーギュリー侯爵令嬢を傷付けようとするなら僕が許さない!」
「はぁ?  ほふ見ろ!  きふふけられひゃのは、ほうひへも俺のほうひゃほう!?  (はぁ?  よく見ろ!  傷付けられたのは、どう見ても俺の方だろう!?)」
「……?」

(うーん?)

 全く何を言っているのかサッパリだ。まぁ、何を言っていたとしても、僕がダーヴィットをボコボコにしたい気持ちに変わりは無い。
 ダーヴィットがフィオナをいいように利用して傷付けたことに変わりはないのだから!

「……ダーヴィット」
「な、なんひゃ!?  (な、なんだ!?)」

 僕がゆらりと近付くと、ダーヴィットがビクリと身体を震わせた。

「フィオナ・マーギュリー侯爵令嬢は、お前なんかにはもったいないほどの素晴らしい女性だよ」
「ふははひいほへいらほ!?  ははのほうひょふおふなはほ!  (素晴らしい女性だと!?  ただの暴力女だろ!)」
「……」

 何を言ったかは分からないが、フィオナをバカにしたことだけは分かった。(野生の勘)
 彼女への暴言を許せなかった僕はダーヴィットを睨む。
 すると、睨まれたダーヴィットも負けじとここぞとばかりに言い返す。

「はんへいないふへに、くひをはふな!  あほおうひ!  (関係ないくせに、口を出すな!  阿呆王子!)」
「あ、きゃっ!  あ、危ないです!  エ、エミール殿下っ!」
「!」

 フィオナの小さな悲鳴と同時に、ダーヴィットの拳が僕に向かって飛んで来ていた。
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