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第20話 手紙

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 いざ、読むわよ……
 となったところでピタッと私の動きが止まる。

(これ、のエミール殿下からの手紙……なのよね?)

 ついつい、疑ってかかってしまいそうになった。

「あ、でも……きっと本物のジュラール殿下から、私が入れ替わりに気付いていたことは、もう話を聞いているはずよね……?」

 だから、ちゃんと本当の自分である“エミール”の名前で私に手紙を書いたのだと思った。

 しかし……

「……あら?」

 なぜか、その手紙の書き出しは“初めまして”だった。

「初めまして!?  ───律儀!  エミール殿下、律儀すぎるわよ!?」

 ついつい手紙に突っ込みを入れてしまう。もうお互い分かっていることなのにまさか、ここに来て初めましてだなんて。

「こんなにも律儀で優しい性格の人が……」

 ダーヴィット様を殴り、しかも騎士団長に弟子入りして身体を鍛え始めただなんてどんな心境の変化があったというのかしら?

「いったい殿下に何が───……って、ハッ!  ま、まさか、人を殴ることに快感を覚えてしまった……?」

 次に彼と会う時……名目上の初めてのエミール殿下との対面となるであろうその時、面影を残さないくらいムキムキになっていたらどうしましょう……?  お祖母様は大喜びするでしょうけど。
 私は吹き出さずにいられるかしら?
 でも、もう入れ替わりは出来なくなるわよねーー……構わないのかしら?
 そんなことを思いながら手紙を読み進める。

「……うん?」

 その先も読み進めると、どうやらエミール殿下は“初めまして”をとことん貫くつもりらしい。
 他人行儀な言葉が続いていた。

 ───突然の手紙をお許しください。ジュラールから、貴女が置かれている状況の話を聞いて居ても立ってもいられずこうして筆をとりました。

「いやいや……ジュラール殿下……ではなくあなたが直接その話、聞いているわよ?」

 無駄なことだと分かっていても、やはり突っ込まずにはいられない。

 ───あなたはダーヴィットに酷いことを言われたのに、気丈に振舞っているとも聞きました。そんなあなたの助けに僕もなりたいと思っています。

「……殿下、嬉しいわ。でも、これあなた(たち?)の作り上げた“エミール殿下”という人間が完全に崩壊しているわよ?  ……どこにも“奔放な性格”が感じられないもの……」

 ───僕のことについては、よくない面も含めて色々と耳にしているとは思いますが───……

 ───そんな貴女の力になれるよう、マーギュリー侯爵にとあるリストをお渡ししました。
 これは、ジュラールから話を聞いた後に僕が独自で調べたものです。

「……もう!  分かったわよ!  手紙でもその“設定”に付き合えばいいのね!?  それなら、私も初対面の振りをして返事を書きますからね!?」

 まさか、ジュラールが“大事な話”を伝え忘れているなどと思ってもいない私は、プンプンしながら筆を手に取る。

「全く!  ……ここはもうとことん開き直ってしまって、訳あってジュラールの振りをしていたエミールです、で始めてくれればいいのに!」

(こんな他人行儀な手紙は寂しいじゃない……)

 それでも、ようやく“エミール殿下”と自分の間に繋がりが出来たことに胸が温かくなる。

(どうして私はこんなに嬉しいと思っているのかしら?)

 チラッと私はお父様から預かったリストに視線を向ける。
 このリストは公爵家を潰すのには欠かせない情報がたくさん書かれていた。
 お父様のことだから、これをうまく活用して下っ端を捻り潰してくれるに違いない。
 そうして、じわじわと公爵家もろともダーヴィット様を追い詰めることが出来る……
  
(だけど、これだけの情報……)

「……もしかして、パーティーの日に、ダーヴィット様のあの話を一緒に聞いた後から調べてくれていたの?  力になると言ってくれていた、し……」

 そう思ったら私の胸がトクンッと高鳴る。

(……また!)

 エミール殿下が絡むと私の胸はいつもおかしい。
 ドキドキしたりトクンッと高鳴ったり……

「……本当に調子が狂うわ」

 そんなことを思いながら、私も“初めまして”の返事を書いた。


◆◆◆


「ジュラール!  見てくれ!  マーギュリー侯爵令嬢から手紙が……返事が届いた!」
「お、おう……」

(破壊級のキラキラな笑顔だ……)

 ジュラールは、こんなに嬉しそうなエミールの姿を見るのは何年ぶりだろうかと驚いた。
 昔はこんな風に明るく笑っていたエミールは、いつしか自分たちに向けれられる視線……その意味や裏で起きていることを理解すると苦悩し始めた。
 そしてある日───

『───僕がバカになればいいんだよね?』
『は?  エミール……?  何を言っているんだ!』
『第二王子は阿呆過ぎて将来の王としては無能──そう周囲に思わせられればこのゴタゴタは解決するかなって』
『……なっ!  待て、それだとエミールの評判が……』

 自分だけが評判を上げて弟だけを犠牲にするのは違うだろう!?  
 そう思って反論しようとしたけれど──

『別に構わないよ。それに、その方が不穏な考えを持ってる人たちも炙り出せると思わない?』
『不穏なって』
『“無能”な僕……第二王子を傀儡の王にして後ろから操ろうと企む者とかね』
『エミール……』

 実際、僕たちがそれぞれの“役割”を演じ始めると、急にエミールへと近付く者、自分の娘を婚約者にと進める者たちが増えた。

『この人たちの汚職事情を明らかにして、ジュラールの名前で処分すれば、ジュラールの評判も上がるよね?』
『なぁ、少しはお前の功績にしても……』

 ジュラールが何度申し出てもエミールは決して頷かなかった。
 むしろ、にこにこした顔でこんなことを言っていた。

『だって僕は王位に興味が無いんだよ。だから、乗せられても困る。僕はジュラールの治世をそばで支えて働きながら妻や子供とのんびり過ごすのが夢なんだ』
『えぇー……』

 エミールらしい夢だが、そこには問題が一つ。

『人のことは言えないが、お前に近付いてくる令嬢は、お妃狙いのギラギラした令嬢ばかりだと思うが?』
『ははは、そうなんだよねー……』

 エミールもがっくり肩を落としていた
 とてもじゃないが、のんびり過ごすことに納得してくれるような令嬢はなかなかいないだろう。
 自分の令嬢としての地位の向上のため、家のため……“エミール”の気持ちなど考えずに王位を狙えと炊きつけようとする令嬢ばかりだ。
 誰も僕たちのことなど見ていない。

(実際、僕たちが入れ替わっていても誰一人気付きもしない……)

 自分がエミールを演じる機会は殆どなく、圧倒的にエミールが“ジュラール”を演じることが多い。
 そんな日々が続いたせいか、エミールはいつしか“妻や子供とのんびり過ごしたい”ということは口にしなくなっていた。

(いつかエミールの“真実ほんとう”を分かってくれる令嬢が現れたらいいのに──)

 僕はそう願わずにはいられなかった。




「綺麗な字だなぁ……これ一日中眺めていられる気がする」

 エミールは手紙に書かれた自分への宛名の字を見つめてうっとりしている。

「エミール!  早く中を読め!  中身の方が大事だろう!」
「ん?  あ……」

 そう言って嬉しそうにいそいそとエミールはようやく封筒を開けた。
 その頬は赤く、口元も緩みっぱなし。もはやその様子はどこからどう見てもただの恋する乙女───……

「良かった……突然の手紙だったのに、嫌悪感は抱かれていないみたいだ」
「それは良かったな」
「この先も、ダーヴィット情報を送るので手紙を書いてもいいですか?  と訊ねていたのだけど“よろしくお願いします”だって!」
「お、おう……」

 ジュラールはこれで二人がどうにか繋がりを持てそうでホッとしていた。
 そんなエミールは手紙を嬉しそうに抱きしめている。

「ああ、すぐに返事を書かなくては……なぁ、ジュラール。女性はどんな話題を好むのかな?」
「僕に聞くな!」

 未だに婚約者のいない自分に聞かれても困る!  と、ジュラールは思った。

「あ!  今、ムキムキになろうと騎士団長に弟子入りしてますって書いたらどんな反応するかな?」
「───ドン引くだろ!  ……普通の令嬢なら………………だが」
「普通の……」
「……ああ、普通なら」

 二人は顔を見合せて互いに思った。

(あのマーギュリー侯爵令嬢なら、喜ぶ気が……する……なんとなく)


 ────こうして、第二王子エミールとマーギュリー侯爵令嬢フィオナの、一応情報交換という名目のついた文通が始まった。

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