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第17話 殴ったのは……

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(えーーー!)

 ダーヴィット様の腫れた頬を見た私は真っ先に、お祖父様が怒りのあまり先走ってしまったの!?
 なんて思ってしまった。
 そう思っちゃった私は多分……悪くないと思う!

 だけど、ダーヴィット様のその頬をよーく見てみた。
 ───なるほど。
 殴られたのは数日前ってところね。今もまだこうして腫れているけれど、最初はもう少し酷かったのでは?
 そして、肝心の誰に殺ら……やられたかだけれど……

(……これはだいぶ手ぬるい。お祖父様ではないわね)

 お祖父様の力ならたとえ加減していたとしても、もっともっと腫れ上がるはずよ。
 むしろ顔面崩壊すると思うの。
 だから、これをやったのは別の人で、きっと、人なんて殴り慣れていない人。
 そんな感じがする。

(そうね、ダーヴィット様のことだから──……)

 あれかしら?  婚約者持ちの令嬢に手を出してその婚約者辺りにバレて殴られた……とか?
 それなら自業自得だけど……
 でも、結局公爵家で揉み潰してしまうわけで……

(───うん、やっぱり許せない!  絶対に公爵家も潰さなくちゃ!)
  
 私は改めてそう決意した。



「…………フィオナ。君はさっきから俺の顔をじっと見つめているが、これを見て何か思うことや言いたいことは無いのか?」

 私はダーヴィット様の腫れた頬をじっと見つめながら、冷静に色々と頭の中で分析していたのだけど、ダーヴィット様がついに痺れを切らした様子で訊ねてくる。

「え?」
「これだ、これ!  何かあるだろう!?」

 そう言って自分の頬を指さしている。

(思うことや言いたいこと?)

 ──そんなの決まっているわ!  ざまぁみ……

「コホッ……えっと、そうですね…………と、とても痛そうですね?」
「……ああ。かなりな」

 ダーヴィット様の表情はむっつりしていて明らかに機嫌が悪そうだった。
 だけど、なぜかチラチラと何か言いたそうに私の顔を見てくる。
 何だかその仕草を見ているだけでゾワッとする。

(……まさかとは思うけれど、この動き……心配して欲しいとか思っているのでは……?)

 もしかして、そのために今日訪問してきた……?  
 そう思った時、ダーヴィット様からフワッといつもの女性向けの香水の匂いがする。
 これが香るということは、ダーヴィット様はすでにどこか他の令嬢の元に行った後で……
 と、言うことは……

(──もしかして、その顔を見せながら、女性のところを渡り歩いて慰めてもらっているんじゃ……)

 そう思ったらますます寒気がした。

「そ、その頬は……だ、誰に殴られてしまった……のですか?」
「……」
「喧嘩……ですか?」
「……」

 私の質問にダーヴィット様は、苦虫を噛み潰したような表情になった。
 そんな表情になる相手とはいったい……?
 そう思った時、ダーヴィット様がポツリと呟いた。

「───フィオナは第二王子のエミール殿下と面識はあるか?」
「……えっ!!?」

 私は思わず息を呑んだ。
 同時にその名前に胸がドキンッと大きく跳ねた。

(どうして、ここでエミール殿下の名前が出てくるの?)

「エ、エミール殿下と、め、面識ですか……?」
「そうだ!  あの噂にもあるように、野蛮かつ奔放な性格で、王族としての品性や欠けらも無く、いつも空気を読まない発言をしては皆を呆れ返させているあの王子だ!」
「……」

(は?  それ───誰のことよ!)

 思わずそう突っ込みたくなった。
 同時になんて酷いことを言うのかと腹立たしくなる。

「……どうなんだ?  フィオナ」
「どうって仰られても……」

 “エミール殿下”との面識?  そんなの……

「──ありませんわ」
「無いのか!」
「ええ。第一王子のジュラール殿下とは、お会いして話をする機会がありましたけど、エミール殿下とは話しどころかお会いしたことすらございません」

(…………嘘ではないはずよ?)

 だって、私はジュラール殿下の振りをしたエミール殿下とはお会いしているけど、“エミール殿下”とは会ったことないもの。ついでに言うなら、エミール殿下の振りをしたジュラール殿下とも会ったことがないわ。

(ややこしいけど……要するに、私と“エミール殿下”に正式な面識は…………無い!)

 私はそう結論づけた。

「そうか……無かったのか……俺はてっきり面識はあるのかと…………くっ、なら、何故だ!」
「どういうことですか?」

 私が不思議に思って問いかけるとダーヴィット様はチッと悔しそうに舌打ちをしながら言った。

「そんなの決まっているだろう!  ───この俺を殴ったのが、その奔放王子のエミール殿下だからだっ!」

(───は?)

 私の頭の中に、子犬のような顔をしたエミール殿下の顔が浮かんだ。



◆◆◆


 その頃の王宮では────……


 エミールの部屋にジュラールが訪ねていた。
 声をかけているのにエミールが全く反応せず、ジュラールは困っていた。

「エミール」
「……」
「エミール!」
「……」
「おーい、エミール!」
「!」

 ようやく、エミールはジュラールの呼びかけにハッと気付く。

「ジュラール?  よ、呼んだ?」
「さっきから、何度も呼んでいるが?」
「あ……」

 少々、怒り気味のジュラールに対してエミールは、ぼんやりしていた自覚はあるので申し訳なく思う。

「ごめん、ボーッとしてた」
「お前が珍しいな」
「……」

 そこでエミールは、ははは……と笑うとそのまま黙り込む。
 そんなエミールを見ながらジュラールは心配顔を向けた。

「ここ最近のエミールはどうしたんだ?  お前らしくないことばかりだぞ?  声を荒げて怒ったり……この間は……」
「……っ」

 ───初めて人を殴った。

 エミールはパッと顔を上げた。その表情は明らかに再び怒りが再熱していた。

「ジュラールだって聞いただろ!?  あいつ……ダーヴィットは……!」
「──ああ。お前がパーティーの日に聞いた、とかいう話、は本当だったんだな、と実感したよ」
「だって許せない!  ……マーギュリー侯爵令嬢のことを……あいつは……!」
「落ち着け、エミール」
「……っ!」

 ジュラールに宥められてエミールは黙り込む。
 そんなエミールにジュラールは問いかける。

「なぁ、エミール。そんなにもお前がマーギュリー侯爵令嬢に肩入れするのは……さ」
「……?」

 エミールは首を傾げる。
 ジュラールはいったい何をそんなに言いにくそうにしているのか。

「……やっぱり、その……マーギュリー侯爵令嬢に、惚れているからなのか?」
「惚……?」
「お前は、彼女のことが好きなんじゃないのか?」
「す……!」

 エミールの顔は、みるみるうちにどんどん赤くなっていった。

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